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病弱くん、お仕事を見学しに行く/その5

      「あーぁ、今日は疲れたなぁ〜。」 「え……やっぱり、僕も何か手伝うよ……?」 「あぁ、いいのいいの。かずくんは休んでて? かずくんのご飯を作るのは、俺の生きがいなんだから♥」  そう言って僕をキッチンから追い出すこーくん。    僕たちは、特にこーくんが山下さんに怒鳴られて解散したが、こーくんはそれについて何とも思っていなかった。いつものように「はぁーい。」と反抗的な返事をして、僕を連れてさっさと車に乗り込んだのだった。  帰宅して、こーくんはすぐに夕飯の準備に取り掛かってくれていた。僕も手伝うと言っても、全く取り合ってもらえず、リビングのソファに座らせられてしまうのだった。   「今日はどーだった? あいつら、というか特に啓太、うるさくて疲れたでしょー?」 「い、いや……二人とも優しくて……楽しかったよ。あんなに賑やかな日も、久しぶりだったし……。」  本当に、今日は一日を通してよく喋った気がする。身体的にも精神的にも疲れていたようで、ここに帰ってきたら何だかほっとした。  夕食を食べ終わり、風呂を済ませるとかずくんが髪を乾かしてくれた。彼もきっと疲れているだろうに、いつも通りに色々と手を焼いてくれている。普段から彼はこの生活を送っているのかと思うと、僕だったら到底やっていられない。疲れる。そう思うと、やっぱり僕も何かしなければいけないのでは、とそわそわしてしまう。  その後、先に寝室に移動して僕がベッドの真ん中に座っていると、後から飲み物を持ちながらやってきた彼がベッドの端に座った。 「そっかそっか。かずくんが二人と仲良くしてくれて良かったよ。雅人と啓太から、かずくんのLINE教えてってさっきメッセージ来ててさ、ほんとめちゃくちゃ不本意だけど、かずくんが良いなら教えても良いかな?」 「う、うん……ぜひ、……お願いします。」  彼が僕の隣までやってきて、横から僕を抱きしめた。 「んん〜〜〜、ずっとこうしたかったよぉ〜〜〜♥」  彼は僕の頬を撫でて、頭やこめかみ、頬にキスをする。そのまま顎を持たれると、彼の美しい顔が近づいてきた。 「っ……!」  僕は思わず彼の手を逃れ、顔を背ける。すると、また彼の手が僕の頬を撫でた。 「どうしたの? 何か気に触っちゃったかな……?」  彼が寂しそうな表情で、そっぽを向く僕の顔を覗き込だ。僕を抱く腕を離し、不安そうに僕の様子を伺っている。先日の夜のことがあったばかりだからか、彼は僕の行動に敏感になって、不安そうに僕の表情を伺うことが何度かあった。そんなこーくんに、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「あの……ごめんなさい……。怒っているわけじゃなくて……その、今日、こーくんのお仕事見ていたら……。」 「うん……?」  彼が優しく微笑んで、首を傾げた。僕のペースに合わせて、ゆっくりと待っていてくれている。 「か、かっこよかった、から……こーくんが、お仕事してる姿が……。」  そう。だから、家に帰ってきて、二人きりになって、思わず意識して彼のことを見てしまうようになっていた。彼の顔を見ると、撮影現場でのカッコ良い彼を思い出してして、ドキドキしてしまうのだ。   「ふっ……ふふっ、あはははっ!」  すると、目の前のこーくんが大きな声で笑い出した。 「あははっ……うん! ありがと! かずくん大好きっ♥」 「わぁっ、ぐぇっ……!」  そしてまた、僕を、今度は先程のように優しい抱擁ではなく、力強く抱きしめた。頬をちゅっちゅっと音を立てて吸われて、彼の熱い舌にぺろりと舐められる。 「あ、あのっ……だから、こういうことは……っ。」 「やぁだ。こーんなに可愛いかずくんを目の前にして、我慢なんてできないよぉ。これくらいは許して欲しいなぁ〜。」  言いながら、彼は僕の首筋を、ぢゅぅ……と音を立てて吸い上げた。 「っ……!? 今っ……何を……?」  初めての感覚に、驚いて上体を離すと首筋を手で抑えた。 「マーク付けたの。かずくんは俺のだよ〜ってマーク。俺、今日さ、正直あいつらに嫉妬しちゃったんだよぉ〜? 俺がよく知るあの二人じゃなくて、全然知らない赤の他人がかずくんとあの距離でいたなら、俺、マジでぶっ殺してたよ、あははっ。」  あいつらと言うと、雅人くんと啓太くんのことだろうか。面白そうに微笑む彼に、僕はモデルであって大勢の前ではニコニコしているはずの彼の真っ黒な部分を目撃してしまったと、冷や汗をかいた。彼は首筋を抑える僕の手首を掴んで退かすと、手首を引っ張って僕を寄せ、首筋を撫でた。 「ふふっ、見て? ちゃあんと、ここにあるよ。俺が付けてあげたマーク。」 「わぁ…………んんっ……。」  そのまま首筋を舐め上げる。ゾクゾクと身体に甘い痺れが走り抜け、彼の肩を掴む手に力が入る。 「山下と話してるし、ひとりでいなくなっちゃうし、そしたら雅人と啓太に囲まれて帰ってくるし、啓太には懐かれてるし、雅人には連れて行かれちゃうし…………あ〜もう! こんな小さいマーク一個じゃ足りないよぉ〜!」  僕の顔を両手で挟んで、不安そうに僕を見る。 「うぅ……迷子になっちゃって……ごめんなさい……心配も、かけちゃって…………あと、……。」 「んー?」 「あの、女の人が来たとき、か、悲しそうな顔をしてたから……何か、傷付けちゃったのかと……ぼ、僕、……頑張って気を遣ったつもりだったんだけど…………。」  彼は僕の言葉に、「あぁ……。」とだけ漏らして、僕を押し倒した。   「うーうん。かずくんはちーっとも悪くないよ? あれはね、俺が悪いんだぁ……。」  そう言って僕にのしかかると、彼は僕の耳に唇を寄せる。彼の吐息がかかって、また身体がビクッと震えた。 「心配させちゃったね。ごめんね。大丈夫だよ。むしろ、もっと頑張ろうって思えたしさ。」 「っ……んっ……。」  こーくんが、僕の耳をはむはむと唇で挟んで愛撫をしてから、甘噛みをした。あの夜から、彼に触られると、その部分から身体が熱を持ってしまって、僕の身体はすっかり変だ。でも、彼は約束通り、それ以上手を出してくることはなかった。 「ね、だから、今日のご褒美、そろそろ欲しいなぁ。俺、お仕事頑張ってたでしょ……?」  僕の唇を、彼の親指が撫でる。彼のギラギラとした双眸は、僕の唇を見つめていて、欲しくて仕方ないというような表情をしている。 「ぁ……えっと…………、んっ……んぅっ……。」  くちゅ……ちゅぱっ、ちゅっ……  僕が答えあぐねていると、半開きだった口から彼の舌が侵入してきた。気付いた時にはもうすでに、彼に唇を塞がれていたのだ。下唇を舐め、吸われ、舌を絡めとられ、すっかり彼の唇を受け入れてしまっている自分が、本当に恥ずかしい。唾液が口の端から垂れていくのも構わずに、次第に頭がぼんやりとしてきて彼を感じることで精一杯になってしまう。  ちゅっ……ちゅぷっ……  しかし、その中で頭を過ぎったのは、雅人くんから向けられた言葉だった。    「先生は宏輝のこと好きじゃないんですか?」    瞬間、手放しかけていた理性が戻ってきて、でも、がっちりと抑えられた頭は彼の舌から逃れることはできない。 「はぁ……はっ……んっ……んぅっ……。」    こんなことをしているのに、僕には気持ちが伴っていない。イマイチ、僕は彼を愛している感じがしない。当たり前だ。それなのに、彼が与えてくれている愛情にされるがままになっている。彼が用意してくれる心地の良い環境に居座って、ただ甘えている。流されている、だなんて、もう何もできない自分が逃げている言い訳にしか聞こえなくなってきた。  ちゅぅ……じゅるっ…… 「んっ……はぁっ……。」    でも、今の気持ちを彼に上手く伝えられる気がしない。小説家のくせに口下手で、本当に困ってしまう。自分でもわからない。彼との関係を、恋愛の方向に考えられない。それがどうしてなのかも。こんなに尽くしてくれて、こんなに僕のことを好きでいてくれているのに。   「はぁ……かずくん、大丈夫?」  唇が離れると、彼の暖かくて大きな掌が、僕の頬を撫でた。この感触は、いつも僕に安心感を与え、眠気を誘う。 「う、うん……。」  こーくんが僕をじっと見つめるので、恥ずかしくて顔を背けた。それは純粋に恥ずかしいのではなく、彼を傷付けるようなことをしている自分への罪の意識もあって、彼と向き合えなかったのだ。 「ふふっ。今日は着いてきてくれてありがと。疲れたろうし、ゆっくり寝ようね。」  彼は僕の隣に横たわると、いつものように僕を抱き寄せた。抱き枕というよりは、大切な物を抱きしめる、という感覚。ふわふわと僕を包み込む彼の匂いが、また僕の思考を弱めた。 「あの……こーくんも……。」 「うん……?」   「こーくんも、お疲れ様……。」  せめて僕からも彼に何か返せないだろうか。  そう思って、眠りに落ちそうな意識の中、力いっぱい吐き出した言葉が、静かな寝室に響いた。                /

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