「かずくん、デート行こっか。」 「……え？」 　こーくんの仕事を見学してから数日が経ったが、僕はあの次の日、見事に体調を崩した。かかりつけの医師に診てもらった結果、恐らくはたくさんの人に出会ったり、緊張状態にあることが続いたせいで身体にいつも以上のストレスがかかってしまったらしい。熱が出てしまって二日ほど寝込んでしまった。その間、こーくんは僕のことをかなり心配してくれて、仕事に行くのも嫌がった。毎朝山下さんがうんざりした様子で連れて出したものだ。僕は熱があるといっても微熱が続いた程度だったので、立ち上がれなくなるほど辛いものではなかった。だからそんなに心配する必要はないと、何度も彼を説得した。むしろ彼の説得中が一番頭がクラクラした。彼が家にいる間は付きっきりで看病してくれていたので長引くことなく二日で治ったし、むしろ彼がずっと泣きそうな顔をしていたので、そちらの方が心配になるくらいだった。「大丈夫？ 辛くない？」と聞いてくる彼に、「だ、大丈夫……こーくんが看病、してくれて、いるから…………辛くないよ……。」と返すと、少し嬉しそうに微笑んで僕の頬を撫でるので、その様子を見て僕も安心した。 　そして、体調が戻って一週間後の夕食中、彼が急に発言したのだ。 「明日お休みもらえたんだ。もちろん、かずくんが疲れちゃうかもしれないし、あんまり連れ回したりしないよ。平日だから人もそんなには……あ、もしかして、何か予定があった？」 「予定は、特には……。」 　僕の言葉に、彼は嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ決定！ うーん……そうだ、映画でも観に行く？ 平日だから人も少なさそうだし、ね？ 何か観たい映画ある？」 「え、映画って……映画館……？」 「うん？ そーだよ？」 　映画館。僕はテレビを見ない生活を送っていたから、もちろん映画を観る習慣もなかった。宣伝のCMも観ることがなかったし、映画館に寄りつくこともなかったから。 「あの……映画館って、行ったこと……なくて……。」 「えっ！ そーなの！？」 　彼が口に入れようとしていたアジの開きを、箸からぽとりと落とした。やっぱり、若者は映画が好きなのだろうか。僕は本当に、物心ついた頃から映画館で映画を観た記憶がなかった。 「そっかぁ……そっかそっか。」 　僕の目の前で満足そうに、うんうん、と腕を組んで縦に首を振るこーくん。その表情は、驚きから、なぜか次第に嬉しそうな表情に変化していった。 「かずくんのはじめて、俺が貰うのかぁ〜♥」 　両頬を自分の手で包み込む。嬉しそうだけど少し頬を赤らめて、羞恥の色が滲み出ていた。なぜそのリアクションになるのか。 「じゃあ、続き物じゃない方が見やすいよねぇ。今何やってるかなぁ〜。」 　彼が着るカーディガンのポケットに入れていたスマホを取り出す。 「あ、トラえもんやってるよ？ かずくん毎週観てるし好きだよね？ あとはぁ〜、アクション映画とかぁ〜？ これは無実の男の人二人が脱獄する話で、こっちはホラーだって。」 　ホラー映画のホームページに飛ぶと、「うわぁ、めっちゃ怖そ〜！ 俺、ホラー系は苦手なんだけど、やっぱ怖いもの見たさでさぁー、見ちゃうよねぇー。あとですごく後悔するんだけどさ〜。」とはしゃぐこーくん。僕もホラー系は大の苦手なので、是非ともご遠慮願いたい。 「……じ、じゃあ、何か恋愛系とか……。」 「恋愛系？ うん、良いよ！ 何があるかなぁ〜♪ あ、これとかぁ〜。」 　僕のリクエストに、意外そうな顔をしつつも手際良く探し出してくれる。僕も本当は恋愛系の映画なんて興味はないのだけど、彼がデートと行っていたし、デートなら流石にトラえもんを観に行くわけには行かないかな……？ と思ったのだ。それに何より、自分も恋愛のお勉強をしようと思った。僕に足りないのは、きっと恋愛を意識する姿勢だ。実際こーくんに出会ってからというもの、彼との距離にドキドキするばかりで、彼のことを好きになっている感じはしない。そういうあれこれもあって、僕らは『彼の肝臓を食べたい』という映画を観に行くことになった。 　 　 　 　 　 　 　 　 「ここが、映画館……。」 　僕は映画館に入るなり、唖然とした。中は暗めで、様々な映画のポスターや宣伝CMが流れている。何番シアターの入場が開始されたという内容のアナウンスが時折流れる。人集りがあるカウンターの向こうではドリンクやポップコーンがたくさん製造されている様子が見えた。 　こーくんが連れてきてくれたのは某所のデパート。様々な店が集まる大規模な複合施設になっていて、その中に映画館も入っている。やはり、このような場所だから、平日でも結構人が多い。覚悟はしていたけれど、普段人混みになんて入っていかない僕にとってはなかなか精神的にくるものがあった。それでもこのような場所にしたのは、僕が行きたいと言ったからだ。友達も少ないし、このように誰かと出かけるチャンスでも無ければ、こんな場所に来ることはないだろうと思ったから。 　 「チケットはもうオンラインで買ってあるし、あとはこの機械で発券するだけだよ。」 　彼は場内に設置された機械にQRコードを表示させたスマホの画面をかざした。すると、それを機械が読み取り、チケットが二枚発券される。すごい。オンラインでチケットを買うなんて僕には未知の世界だ。 「何か飲むー？ 俺買ってくるよ。」 　こーくんが売店を指さした。カウンターの上の方に写真集付きのメニューがあって、様々な種類のドリンクやポップコーン、ホットドッグ等がある。お昼を軽く済ませてきたのであまりお腹は空いていないけど……。 「あの、ポップコーン、食べたい……です。」 「おっけ〜。塩？ キャラメル？」 「えっと、こーくんは……。」 「俺も一緒に食べようかなぁ。味はどっちでも大丈夫だよ？」 「じゃあ、キャラメル……。」 　あれから珍しくスマホを触って、映画館について調べた。すると、映画館ではポップコーンを食べるのが定番らしいのだ。僕も一度、その定番にならってみたかった。 「じゃあ買ってくるから、あそこに座って待っててね？」 　彼が場内に設置されたベンチを指さした。 「あの……僕も一緒に……。」 「そお？ なら、一緒に行こっか〜♪」 　彼が僕の腰を抱いた。こんなに人の多い所でひとりきりになるなんて、考えるだけで不安で不安でどうにかなってしまいそうだ。それに、ベンチに座っていて、隣に誰か知らない人が座ってきたらどうしよう。だって、そう、知らない人なんだよ……？ 　ふと、周りの人の視線が気になる。今日のこーくんはハットと丸いレンズの伊達メガネで顔を隠しているようだったが、それでも服のセンスや顔を見ればとてもカッコ良くて、自然と人の視線を引いていた。周りの女性がチラチラと彼を見ている気がする。そんな彼の隣を歩いているのは見るからに根暗そうな僕。まるで公開処刑だ。思った途端、急に恥ずかしくなって俯いて歩いた。すると余計に目立ってしまうことも、わかってはいたのだけれど、せずにはいられない。 「ポップコーンＭのキャラメルをひとつと、コーラとウーロン茶、どっちもＳでお願いしまーす。」 　にっこりと笑う彼に、店員の女性があからさまに頬を染めて「かしこまりました。」と微笑んだ。彼はテレビにも出ていないみたいだし、俳優でもなく、その業界で売れているモデル、という感じだからすぐにバレてしまうわけではなさそうだった。それでも、目立つ存在だからもっと有名になったらどうなってしまうんだろう……。 　 「俺たち、こっちのカップルシートだよ〜♪」 　こーくんが嬉しそうに僕の先を行く。入場が可能になってチケットを見せて入ると、大きな画面にたくさんのふかふかした座席。なんというか、すごく、カッコイイ……！ 「かずくん？」 　思わず立ち止まる僕に、彼が首を傾げた。 「どーしたの？ びっくりした？」 「う、うん……すごい所だね……。」 「あははっ、こんなのどーってことないよ。映画館なんて色んなところにあるし、来ようと思えばいつだって来れるんだから。はい、かずくんはこっち。」 　彼に優しく背中を押されて案内されたのは、場内の右側で、一番高級そうな席。そこだけは二つずつの席で縦に列を成していて、特別な雰囲気がする。座席も他の座席より高級感がある。 「ごめんね。本当は真ん中の方取ってあげたかったんだけど……。」 　僕は一番端の席、その隣の通路側に彼が座った。 「ううん、そんな……バレちゃうと大変だもんね。……それに、僕、知らない人の隣はちょっと……。」 　申し訳なさそうに苦笑する彼に首を横に振ると、彼は面白そうに微笑んだ。 「ふふっ、そっか。知らない人が隣にいたら大変だもんね。じゃあ今日はずっと俺の隣にいてね♪」 　座席に座ると、人の目が無いからか、僕の頬を啄むようなキスをした。 「そ、外でこういうのは……っ。」 「だいじょーぶ。ここからじゃ見えないしさ。」 「いや、そういう問題では……。」 「あんまりそういうこと言ってると、かずくんが気持ち良くなっちゃうキスしちゃうよ？」 　いたずらっぽく笑うと、ペロリと舌を出す。すっかり僕がキスで心地好くなってしまっているのがバレてしまっていて、恥ずかしくなって顔を逸らした。そして照れ隠しに僕が抱えるキャラメルポップコーンを掌でガシッと掴んで頬張った。その様子を隣で彼が微笑みながら見つめる視線が痛い。すると、映画がまもなく始まるというアナウンスが流れ始めた。会場が暗転、目の前の大画面から何やら他の映画の広告と思われる映像が流れてきた。 「かーずーくんっ。こっち向ーいてっ。」 　彼が僕の方に上体を乗り出して耳元で囁き、また頬に、今度は触れるだけのキスをする。 「だっ……だから、こういうのはっ……んっ……！」 　びっくりして振り返ると、彼のニヤリと笑う顔が目の前にあり、そのまま口を塞がれた。 　 　ちゅっ……ぴちゅっ…… 　僕らにしか聞こえない、舌が交わり合う音が聞こえる。すっかり慣れてしまった彼の舌の感触に、僕の頭はすぐに蕩けてしまった。目を細め、彼を感じていると、彼の腕が僕の頭に伸びてきて、後頭部を抑える。もう片方の手が伸びてきて、ゆっくりと僕の頬を撫でた。僕の言葉を無視し、遠慮のない噛み付くようなキスに、身体の力が抜けて、彼の腕に掴まった。 「んっ……ふっ……んぅっ……。」 　堪らなくなって声が漏れる。大音量で流れるCMはちっとも耳に入らない。 「はぁっ……んぁっ……！」 　こーくんの細くて長い指が僕の耳をこしょこしょと触ると、ゾクゾクとした感覚が僕を襲って、身震いして、大きな声を出してしまった。 「んふふっ…………はぁっ……。」 　僕の反応に、彼がクスクスと笑いながらも舌を絡めてくる。恥ずかしくなってもう離れようとするのに、僕の頭を抑える彼の手が僕を逃がさない。彼の身体はどんどん僕の方に伸びてきて、僕はどんどん力が抜けて、座席からずれ落ちていく。 　ぢゅぅ……くちゅっ……ちゅっ…… 　随分と長い間、そうしていたと思う。彼は急にスっと離れると、画面を見て小さく囁いた。 「ほら、もうすぐ始まるよ？ ちゃんと前見て？」 　画面を見つめる、全て見透かしたような彼の瞳は、僕の反応を見て楽しんでいるようだった。 「うぅっ……。」 「もぉ〜。ごめんてっ。……ほんっと、かわいいなぁ……！」 　彼は堪らなくなって僕の頬を寄せてちゅっちゅっと啄んだ。ぷいっと顔を背ける頭を撫でて、僕のご機嫌をとっているようだ。もし誰かに見られていたら……そう思うと正面を向けなかった。 「大丈夫。誰も見てないしさ。ほら、ご機嫌直して？ じゃないとまたちゅーするよ？」 「っ……も、もう、しないでね……？。」 「はいはーい。」 　横を見ると彼が楽しそうに笑っている。暗がりだけれど確かに照らされたその顔は、モデルの彼とは少し違う、自然な笑顔が咲いていた。こんな表情をされてしまうと、僕もまあいいか、と思ってしまうよ……。 　 　映画の上映中、彼は時々僕の手を優しく包み込んだ。指を絡めたり、手の甲を撫でたり、にぎにぎしたり、握り直したり。最初はそんな彼の無邪気な掌に挙動不審だった僕も、はじめての大画面で見る映画に夢中になっていった。 　 　『彼の肝臓を食べたい』は小説が原作である。内容的には、こーくん曰く、病気で愛しい彼を亡くしてしまう少女の話という王道的なストーリーだ。しかし、実際に映画を観るとその彼の生前と死後の少女の心境や、彼と少女を取り巻いていた人々の複雑な気持ちが絡み合って、実に切なさで胸が押し潰されてしまいそうな内容だった。僕は映画の中盤あたりから耐えきれなくなって涙をボロボロと流していた。もう手を繋いでいるどころの話じゃない。途中で彼がそっと大きめのタオルハンカチを差し出してくれて、僕は顔を埋めてグスグスと泣いた。ラストは、彼の余命を知っていてずっと傍で支えていた少女が「彼の肝臓を食べてしまいたかった……！」と、彼が死んでから１ヶ月後にはじめて涙し、大声で叫ぶ姿に、僕はまた嗚咽を漏らして泣いた。 「か、かずくん、大丈夫……？」 　上映終了後、泣き過ぎて席を立てない僕に、こーくんは苦笑気味で声をかけた。彼は途中からずっと僕の手を握って、背中をさすってくれていた。 「う、うん…………ううぅ〜〜〜……。」 　また泣き出す僕に、彼は微笑みながらタオルハンカチで涙を拭ってくれた。 「ご、ごめんね……うっ、ひっく……。」 「大丈夫、大丈夫。泣いてるのはかずくんだけじゃないからさ。でも、次の映画の時間もあるから、とりあえず一旦こっから出ようね？」 　優しく言い聞かせてくれる彼に、僕はうんうんと頷いて返した。自分のウーロン茶を握ってよろよろと立ち上がると、涙で溢れる目を擦りながらその場を後にした。 　 「あはははっ、まさかかずくんがこーんなに泣いちゃうなんてなぁ〜！」 　映画館を出ると、少し落ち着ける場所に行こうか、と言って彼が近くのカフェに入れてくれた。席に座るなり、彼は面白そうに笑い出すのだ。 「だっでぇぇぇ……。」 　思い出して、またボロボロと大粒の涙が流れ出す。 「き、君は……感動しなかったの……？ あんなにっ、悲しい、のにぃ……。」 「そりゃあ感動したけど、隣でかずくんがボロボロ泣き出すからびっくりしちゃったよ〜。」 　そしてまた笑い出した。僕はこんなに外で泣きじゃくっている自分が恥ずかしくなって、彼が貸してくれたタオルハンカチに顔を埋めて俯いた。思えばこんな人の多い所で泣いているなんて、きっと彼も迷惑だと感じているに決まってる。 　涙止まれ、止まれっ……！ 「ねぇ、かずくん的には特にどこが感動した？」 「あの、最後よりも……彼が、死んじゃって、女の子が……ううぅ……泣かないで、我慢してるとことかぁ……。」 　僕の念は見事に通じず、一生懸命話しているとまたボロボロと涙が流れる。前から、「あはははっ、また泣いた〜！」と面白そうに笑う声が聞こえる。今日の彼は何だか意地悪だなぁ。そりゃそうだ。僕が泣いているだけなんだから、きっとつまらないのだ。 「も、ごめんね……こんなに、泣いて……大の男が……ひっく……。」 「ふふっ。いいんだよぉ、別に。とっても可愛いよ？ もうかずくんの泣き顔なんて目の保養だよ〜♥ それに、あの映画を観てそんなに泣けるってことは、かずくんは優しい心の持ち主だってことだよ。」 　キラっと微笑む彼が机に腕をついて、手に顎を乗せ、僕を見つめる。あぁ、目の保養はどっち……。 　僕はとにかく落ち着かなきゃと思って、彼が頼んでくれたホットティーをひと口。暖かな液体が喉を通って身体に、心に染み渡る。ふぅーっとゆっくり息を吐くと、なおさら心が落ち着いた。 「あれ、もう泣かなくて良いの？」 「もっ、もういーのっ……！ 」 　ムキになって彼に言い返す。また彼が笑い出す。本当に面白そうに笑うので、その顔を見ると怒る気力が無くなった。そして苦笑する。 「そっか、ざんねーん。でも、はじめての映画館、楽しかった？」 　首を傾げて僕を見る。 「う、うん。楽しかった……こ、今度は、アクションも観てみたい。」 　本当に楽しかった。それに、せっかくの大画面なら、アクション映画も物凄い迫力の中に包まれることができるんじゃないかと思った。 「アクションかぁ……いいね。アクションなら、IMAXとか、3D、4DXでも良いかも……。」 「あ、あいまっくす……すり……ふぉ、でぃ……？」 　急な横文字に頭が着いていかない。3Dは分かるけど、あいまっくすとふぉーでぃーは、僕は知らない。 「そうだねぇ……IMAXはさっきの画面よりももっと大きくて画質が良くて、スピーカーも代わってサウンドも良い……3Dはその名の通り、3Dメガネをかけて観るんだよ。だから映像が飛び出して見えるの。4Dはね、体感型映画上映システムのことで、映画のシーンに合わせて実際に座席シートが揺れたり、水がかかってきたりするんだよ。映画の世界に入り込んだみたいな感覚になるから、だから体験型って言うの。」 「へ、へぇ……すごく、詳しいんだね……。」 「うーん、そうかな？ まぁもともと映画は観に来たりするし、だから自然と常識的な感じで知ってたのかも。」 「そうなんだ……それって、友達と？」 「うん。あ、映画といえば、結構雅人が誘ってくるんだよねぇ〜。でもミステリーとかサスペンスとかホラーとか……俺、アクションが好きなのになぁ〜。」 　口を尖らせて、無くなったアイスコーヒーのストローをカラカラと氷の音を鳴らして掻き回す。そうか、彼は何も言わなかったけど、アクション映画が好きなのか。それなら、先程の映画の種類にこだわる姿勢も納得がいく。 「雅人くん……じゃあ、小説とか好きなのかな……？」 「あー、そうなのかも。……そーいえば！ かずくんの『孤独の崖』も読ませたし、結構気に入ってたよ。ほら、かずくんのこと、先生って呼んでたでしょ？」 「確かに、そういえば……。」 　言われて、そういえばずっと僕のことを〝先生〟と呼んで、敬語を使っていたことを思い出す。〝先生〟呼びで敬語だと、編集者の人たちが僕にそのような言葉遣いをしているのですっかり違和感が無くなってしまっていた。僕なんかが、おこがましいなぁ。 「あ、あの……今更なんだけど……。」 「うん？」 　急に思い当たって、僕は足をもじもじさせた。 「お、おいくつ……ですか……？」 　その言葉に彼は一瞬キョトンとしてから、にっこり微笑んだ。 「ふふっ、言ってなかったっけ？ 俺、24歳だよ。」 「えっ……？」 　と、年上……！？ 「だからかずくんの一個上……って言っても、かずくんは23歳の代だけどまだ22歳だよね。」 　僕の、小説家としても一般的には公表していないはずの 情報を知っている彼は、何の悪気もなさそうに微笑んでいる。 　それに、正直普段の感じを見ていると、彼はお兄さんとも言えるけど、でも僕に甘えてくる様子を見ると弟のようにも思えた。だから意外でもあって、納得でもあった。 「意外だった？ でも一個差なんて大して変わらないよ。因みに雅人も24歳。啓太は……確か、21歳だったかな。」 　雅人くんも年上……啓太くんは、年上だったら本当にびっくりしていたかもしれない。年下で良かった……。 「でも……それならなおさら、雅人くんに敬語を使われるのは……。」 「いーのいーの。勝手に呼ばせておきなよ〜。」 「うぅ……あ、じゃあ山下さんは……？」 「あいつは36歳。もう良い年なのに彼女もいなさそうでぜーんぜん結婚もしなくてさ〜。未だに仕事一筋って感じ？ 顔は怖いけど悪くないのに、やっぱ性格だよなぁ〜。」 　山下さんのことを本心ではあまり心配していないみたいで、彼は面白そうに笑っている。山下さん、怖いけど良い人だと思うのになぁ……。 「ま、女が寄ってくる感じではないよねぇ〜。」 「う、うん……確かに……。」 　山下さん、こーくんのことではすぐ怒るし、その様子は傍から見ていてもとても怖い。関係ないはずなのに僕が怒られている気分になってくるし……。 「でもあいつが女の人と付き合ってるイメージないよね。どんな人がタイプなんだろ。」 「そ、そういう話は、しないの……？」 「しないねぇ〜。山下は本当に仕事人間だから、そういう仕事に関係ない話自体あんまりしないしなぁ〜。」 　彼はソファの背もたれにもたれかかって、両腕を組んでずるずると身体を伸ばして、呟いた。 「それなら、やっぱ男か……。」 「お、男……。」 　そっか。そういえば、彼も僕が好きってことは、やっぱ男の人が好きなのかな。 「あ、そーだ。かずくん、本当に啓太には気をつけてね。」 「え、啓太くん……？」