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病弱くん、はじめてのデート/その2
「あいつ、バイだからさぁ。どっちもイけるんだよねぇ。」
「ば……ばい……。」
「そ。だからあんまりかずくんに懐かれると心配でさぁ……。」
はぁ〜とため息をつくこーくん。バイって、バイセクシャルのバイ……?
彼と出会ってから急に広がる自分の世界に、戸惑いが隠せない。世の中には本当に色んな人がいるんだなぁ……。
「あいつ、結構見境ないしさ〜ぁ。ほんと、あいつはバカで困り者だし、雅人もいつも迷惑かけられてるっぽいし。あ、かずくんと啓太が会った時、啓太スマホ見てたでしょ? 雅人のスマホにGPS付けさせてもらって、道に迷ってわからなくなったらそれ辿って会いに行くんだって。同じスタジオ内なら良いけど、この前なんて場所が分からないから案内してほしいって、俺と仕事してる現場に電車乗って会いに来たんだよ。もう意味わかんないだろ〜。」
言っていて、何だか面白くなってしまったらしいこーくんは「はははっ!」と笑い出した。啓太くんはいつも純粋に行動しているから、本気で怒ることができないんだろうなぁ。見ていると、とっても、友達だなぁ〜って感じがする。
「GPSって……すごいね。雅人くんも優しいんだね。」
「最初はすごく嫌がってたよ。でも、あいつ言ったら聞かないから。雅人も仕方ないからって諦めてたなぁ。」
「さ、三人は、いつ知り合ったの……?」
興味本位で聞いてみた。友達ってどうやって作るんだろう……。
「うーんと、俺は仕事で雅人と知り合って、別の仕事で啓太と知り合って、その後すぐに俺経由で雅人と啓太が知り合ってた感じかな? 雅人は清楚系、啓太はパンク系で仕事のジャンルが違うからね。もう、三年くらい一緒にいるかなぁ。俺も友達少ないけど、すごく長い方だよ。」
「え、友達少ないの……?」
「少ない少ない! 知り合いは多いし、仕事で無駄に顔は広いかもしれないけど、友達って言える人は少ないよ。」
すると、彼の両手が、ホットティーのカップを包んでいた僕の手を包んだ。
「でも、ちゃんと付き合ってくれる友達が少しと 、こうして色々話を聞いてくれる大切な人がいたら、俺は満足だなぁ。」
カップから手が離れて、彼の方に持っていかれると、僕の掌に頬を擦り寄せる。その表情はとっても優しくて、穏やかで、そんな目で僕を見つめるから、胸がドキドキしてしまう。
「かずくんを養ってると思えば仕事も頑張れるし、嫌なことがあってもかずくんに会えば忘れられるし、かずくんが傍にいてくれれば、俺、何だってできちゃう気がするよ。」
ちゅっ、と小さくリップ音を鳴らして僕の手にキスをする。
「こ、こーくんっ……ここ、外だよ……?」
「ふふっ、大丈夫だよ。俺、バレても別に気にしないし。」
「だめだよ……君、モデル……なんだから…………誰か、見てるかも……。」
「えー、そお? 見られても大丈夫……それに俺、ゲイじゃないよ。かずくんが好きなだけだもん。それまでは男を好きになったことなかったし。でも、今までもこれからも、こんなに好きなのはかずくんだけだなぁ……♥」
僕の手を大切そうに撫でて、その体温が指先から僕の身体全体に広がっていくのを感じた。
どうして、そこまで僕が好きなのかな……。
幸せそうな彼に何となくそんなことは聞けなくて、いつも心で思うだけだ。
「そーだ。……この後さ、少し俺のお願いに付き合ってもらってもいーい?」
急に真剣な表情になる彼に、動揺する。用って、なんだろう。僕、大丈夫かな。反射的に、ドキッとした。彼のお願いを聞いて、この前の夜はえらい目にあってしまったから。
「……う、うん……。」
「はははっ、そんなに怯えないでよ。まぁちょっとかずくんは大変かもしれないけど。」
「た、大変って……、一体何を……。」
「大丈夫。きっと、これからのかずくんのためになることだしー?」
はぐらかす彼は、既に飲み干したアイスコーヒーのストローをズズズ……と吸った。
「じゃあまずは、こっちかな〜。」
カフェを出てからやけにご機嫌なこーくんは、僕の前を歩いてさっさと店に入って行ってしまった。
彼が連れてきたのはMEN'Sのファッションフロア。彼は僕の私服が少ないのと、自分好みの服を着せたいらしい。彼はあれこれと言いながらぱっぱと服を手に取り、隣に立つ僕に次々と服を合わせる。
「じゃーあ〜……、これとこれ、試着してみよっか?」
パッと僕を振り返った彼は、非常に楽しそうな顔をしていた。試着なんてしたことない……。なのに、彼があまりにも活き活きとしているから、断れなかった。
「は、はい……。」
「うん、さっきのも良かったけど、今の服も可愛い〜! じゃあ次はこっちね!」
試着が終わってカーテンを開けると、すぐに次の服を押し付けてカーテンを閉められる。僕には何かを言う時間もなく、また持たされた服に着替えるだけだった。
一日でこんなに着替えるなんて……。でも流石はモデル。彼が手渡してくれる服は、何だか僕にとても似合っている気がする。
「あ、あの……。」
服を着ると、カーテンを開けて、キョロキョロと彼を探す。
「あ、それもすっごく似合ってる! じゃあそれと、あとはこれとこれとこれと……。」
やってきた彼の手元を見ると、カゴ代わりのバッグの中に大量の服が入っていた。
「え、あの……僕、あんまり外出ないし、こんなには……。」
「いいよ、俺が買ってあげたいだけだから。それにかずくん部屋のクローゼットやタンスに何も入れてないでしょ?」
「だって、入れるくらいの量、ないし……。」
「ね? せっかく大きい物があるんだし、いっぱい入れておこうよ。かずくんがいつも俺の服を着てくれているなんて、見てるだけで嬉しいし〜♪」
「あ、ちょっと……。」
そう言って彼はさっさとレジカウンターに行ってしまった。
「じゃ、じゃあせめて、お金を……。」
彼のもとに駆け寄ると、とんでもない金額が画面に表示されていた。
「いーのいーの。はい、一括でお願いします。」
彼がクレジットカードを店員に差し出す。
一括って……。普段の食費や今日の映画代だって、何から何まで全て彼が払っているし、それに関して彼は何も言わない。
結局その後何件も僕の衣類やバッグ、靴、その他小物等を買い回ったので非常に大荷物になった。きっと物凄い出費になったのに、しかし僕には殆ど荷物を持たせず、こーくんは終始上機嫌だった。その上、僕の自室には殆ど家具が無く、荷物が端の方にポンポンと置かれているだけだったので、何か家具も見ていこうかと言う彼に、慌てて「も、もう大丈夫だからっ…………ほら、僕もう疲れてきちゃったなぁ……?」と言った。「そう? それなら、帰ってご飯にしようか。」と返してくれたのでホッと一安心したのだった。
「結構買ったね〜♪ 付き合ってくれてありがとうね。」
駐車場で車に荷物を載せると、こーくんは運転席、僕は助手席に乗り込む。いつも仕事で移動に使っている車は事務所の車らしく、これはこーくんの所有している車らしい。真っ赤なスポーツカーで、こんな派手な色の車に乗るのも少し恥ずかしい気がする。
「う、ううん……殆ど僕の物を買ってたし……。君はせっかく行ったのに、何も買わなくて良かったの……?」
「俺はね。別に必要な物はないし? それよりも今日はかずくんの物を少しでも増やしたくてさ。」
彼がハンドルを握ると、車がゆっくりと発進した。
「あ、あの……こんなに買ってもらっても悪いし……お金、少しずつでも払うよ……。」
「ははっ。別にこれくらい良いって。俺が買いたくて買ったんだし……それにほら、かずくんの物がたくさんあれば、あそこはかずくんの家で、かずくんの部屋って、わかるでしょ?」
「そ、そっか……。」
そんなこと気にしなくても、僕はもうどこにも行く場所はないのに。彼は不安なのだろうか。僕がどこか行ってしまったとしたら……。どっちかと言うと、その時は僕が出ていくことになりそうなのになぁ。僕だって……。
そんなことを思って、僕は恐ろしい状況を考えてしまいそうで、止めた。気を紛らわせるために窓の外に視線を移した。
もう夏も終わって、季節が移り変わろうとしている。まだジメジメとした都会の暑さは身体にまとわりつくけど、それでも、毎日毎日、着実に秋に近づいている。空はいつの間にか薄暗くなっていて、陽の落ちる時間がだんだん早くなっているのを感じた。
帰宅すると、こーくんと一緒に今日買ってもらった洋服たちをクローゼットにしまい込んだ。彼はしきりに、「これは絶対似合うよ。」「今度はどこ行こうか。」等と言った。きっと僕が次に何を着てくるのかとか、そういうことを考えているのだろう。嬉しそうな彼に、「そうかなぁ……。」「今度は……考えてみるよ。」など、その場しのぎのような返事しかできなかった。
「かずくーん! ご飯できたよ〜!」
リビングから彼が呼ぶ声がする。僕は何も無い自分の部屋で、ペタリと座り込んでいた。何年も住んでいた四畳半の部屋より、広い。
「今、行くよ……。」
のそりと立ち上がって、部屋全体を見回した。彼の自室と同じ構造の部屋の奥には出窓があって、何となく目に入ってきた。のろのろとそこまで行くと、黒と赤みのあるオレンジが混じり合う空を見た。
彼はあの夜以来、身体を求めてはこない。抱きしめたり、キスをしたり、頬を触ったり。身体同士がくっつくようなことはあっても、それ以上のスキンシップはなかった。でも、あの夜の彼の様子を思い出すと、やっぱり我慢しているんじゃないかと思う。若くて元気な男性が、例え相手が男でも、好きな人と一緒に住んでいるのだ。そういうことを考えてしまって、実際に求めたっておかしいことではない。ごく自然なことだ。
僕が答えを出さないから、前に進めないのだ。このよくわからない関係が続いたとしたら、いつまでも彼の一方通行になってしまう。しかし、明確な答えを出せ、とも求められていない。この状況は最初から彼の決定事項であって、彼に主導権はない。恐らく主な主導権は僕が握っている。だから彼はいつまででもスローペースな僕には合わせてくれていて、色々なことに気を遣ってくれていて、様々なことを我慢しているのかもしれない。でも、もし、僕がこの関係の未来を拒否したら、彼はどうするのだろう。優しい彼のことだから、もしかしたら僕を手放してくれるのかな。それとも、その時になったら彼の本当の素顔が出てくるのかな。ああ、もう、ここ最近、ふとした瞬間にこんなことばかり考えてしまう。それでも考えられずにはいられない。僕は与えられてばかりだから。
僕に、できるのことは、なんだろう。答えが出せない、まだ彼を好きだと言ってあげられない僕に、今すぐにしてあげられることは、なんだろう。彼は僕に何を求めているんだっけ。彼は僕に、よく一緒にいて欲しい、と言うが、どうして一緒にいて欲しいんだっけ。
考えて、ひとつの結論に辿り着いた。
僕には、書くことしかできない。物語を考えて、紡ぐことしかできないのだ。そんな僕の作品を、彼は好きだと言ってくれて、僕毎愛してくれている。それなら僕は、彼に愛されるような作品を書き続けることが、彼に何かを返すことに繋がるのではないか。
「かずくーん?」
いつまで経っても僕がリビングに現れないので、こーくんの方から僕の自室に様子を見に来てくれた。
「あっ……ごめんなさい。今、行こうと……。」
「ううん。大丈夫。何見てたの?」
身体を半分ほど振り返った状態だった僕を、彼が後ろから抱きしめた。お腹の辺りを抱きしめられて、彼が自分の頬を僕の頬に擦り寄せた。
「そ……空が、綺麗だったから……。」
「あぁ、ほんとだ。かずくん、空好き? よくリビングからも見てるよね。」
「う、うん……。何も考えず、ぼんやり眺めるのが、好き……かな。」
彼は僕のことをよく見ている。確かに僕はしょっちゅうリビングから空を眺めていた。空を見て、テレビを見て、飽きたらまた空を見て。でも今は、ぼんやり眺めていたわけではなかった。そう、君のことで考えを巡らせていたんだよ。
「この家で一番空が綺麗に見えるのはリビングだしね。そうだ、今夜はバルコニーに出てみようよ。そろそろ秋だから、夜ならきっと気持ち良いよ。テーブルもソファもあるし、お風呂から上がったら、ノンカフェインの紅茶を淹れてあげる。」
「うん、ありがとう……。」
まだ、リビングの外に広がるバルコニーに出たことがない。暑かったせいも、僕が室内が好きなせいもあるけど、何となく用事がなかったからバルコニーに足を踏み入れることはなかったのだ。きっと今日なら天気予報で夜は気温が下がると言っていたから、夜風が心地好いだろう。
「じゃあ、その前にご飯食べよ? 今日のお味噌汁にはお麩を入れてみたら可愛かったから、ニンジンもお花型にしたんだ♪」
「お麩……お花……。」
彼は僕のこめかみにキスをすると、僕の手を引いた。きっと、可愛くできた味噌汁を、早く僕に見せたいんだろう。僕もそのような味噌汁を食べるのははじめてだったから、さっきまで考えていたことも忘れて少しワクワクしながら彼の後ろについていった。
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