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病弱くん、はじめてのスランプ/その1

      「かーずくんっ、たーだいまぁ〜〜〜♥」 「わぁっ……!」  リビングのソファに座り、洗濯物を畳んでいた僕に、横から思いっきり飛びついてくるこーくん。その衝撃に僕は洗濯物の山に押し倒される形になってしまった。 「はぁっ、会いたかったよぉっ♥」  彼は僕の胸元に顔を押し付け、すりすりしている。 「お、おかえり……。」  今日は一段と元気な彼に、僕は思わず苦笑した。 「洗濯物してくれてありがと! 寂しくなかった!? 俺はとーっても寂しかったよぉ〜!」  ちっとも僕から離れないこーくん。仕方ないので軽く背中を撫でて「お、おかえりなさい……あと、お疲れ様……。」と言うと、僕を見上げて小さい子供のようににっこりと笑ってみせた。 「えへへ……♪ あ、お腹空いてる? すぐご飯作るからね〜!」  そう言ってパッと僕から離れて、パタパタと自室へかけて行く背中を眺めた。僕より何倍も元気で喜怒哀楽があって、とても健康的な人だなぁ。    ピンポーン…… 「……?」 「あ、俺かも! ちょっと行ってくる〜!」  夕食を食べていると、インターフォンが鳴った。こーくんはわかっていたかのようにすぐに立ち上がると、バタバタとインターフォンの機械に向かった。  ここでは宅配便のお兄さんがインターフォンを鳴らすのではなく、下のフロントで受付をして受付の人がインターフォンを鳴らす。 「はーい! お願いしまーす!」  通話ボタンを押してそれだけ言うと、彼は玄関へかけて行った。今日一日、彼が非常にハイテンションで上機嫌なのは、もしかしたら何か楽しみにしていた物が届くからかもしれない。何が届くのかな。僕も見せてもらえるだろうか。 「かずくーん! 見て見て!!」  しばらくして彼の活き活きとした声がする。キラキラと目を輝かせて現れた彼の手には、見覚えのある物が大切そうに抱きかかえられていた。 「あ、それ……。」 「えへへ、俺の宝物〜♪」  彼が腕の中にある物をぎゅーっと抱きしめ、頬を寄せた。そっか、今日だったのか。  それは僕の十二作目『竹藪』だった。彼の腕の中にはまだ単行本で厚く重そうな『竹藪』が四冊ほど抱えられているように見えた。 「そんなに買ったの……?」 「そりゃあ当たり前じゃん! 最低限、観賞用、保存用、実用(読みまくる)用、その他予備用の四冊は必要だからね!」 「ええっと……最低限って言葉知ってる……? 読めれば一冊で良いんじゃ……?」  苦笑する僕の言葉を聞いていないのか、彼は「汚れないようにしまってくる!!」と言って自室の方へ走っていった。実際に僕の本を手に取ってこんなに喜んでくれる人がいるなんて。彼と暮らしていて、彼が僕の本が好きで大ファンだとは聞いていたけれど、はじめて実感した。 「……っ。」  胸がきゅーっとなって、思わず胸元を掴んだ。僕が生み出す物語たちは、きっと読み手を笑顔にできるものじゃない。だから、評価されるわけがない。ずっとそう思いながら書いてきた。賞を受賞してそれなりの部数を売り上げたとしても、その後に着いてきてくれるような人はいない。誰もが気まぐれに手を取って、その一冊で終わるような。僕の本を読む人たちは、みんなそういうイメージだった。でも、それも彼を見ていると、僕の勝手なイメージだったのかな、と思う。  この胸を、突き上げるような痛み。僕は嬉しいのかな。悲しいのかな。   「俺、夜は『竹藪』読むから、ベッドに行くの遅くなるかも!」  リビングに戻ってきた彼はまだ興奮気味で、きっと今すぐにでも読みたい衝動を抑えてきたのだろう。 「う、うん。わかった……。」  これから自分の本が読まれるのだと思うと、恥ずかしい。 「えへへ、楽しみだなぁ〜♪ 明日朝早いんだけど、一応朝ご飯は用意しておいたから、もし俺が先に出ちゃってたら冷蔵庫に入ってるのを食べてね。お昼ご飯も、もちろん用意してあるよ。」 「い、いつも、ありがとう……。朝早いって、何時に出るの……?」 「うーーーん、6時かな?」  ということは起きるのは5時頃だろうか。いつも起きる時間は、仕事にもよるけどだいたい7時~8時。休みの日でも9時には目が覚める。普段の生活リズムよりも早く起きるなんて、僕には無理だ。ただでさえ、ここに来るまでは夜型で朝日を避けて生活していたのに。 「そ、そんなに早くて、夜に本を読むなんて大丈夫……? 明日、辛いんじゃない……?」  心配する僕に、彼は太陽のような笑みを見せた。 「だーいじょうぶ! すぐに読まなきゃ、明日気になりすぎて仕事できないし〜♪」  上機嫌の彼は、彼の周りから音符や星がキラキラと光っているような感覚になる。そんな彼を見ていると、僕は何だかホッとした気分になった。真っ黒な自分が彼によって浄化されているような……。                 「じゃあかずくん、眠くなったら先に寝ても大丈夫だからね?」 「うん。わかったよ。」  風呂を済ませて僕の髪を乾かし、明日の準備も済ませると、彼は先にリビングから姿を消した。僕は温かい紅茶を淹れていた。こーくんに、寝る前に紅茶を飲んだら眠れなくなってしまうと言われたが、それで良かったのだ。  僕は淹れたばかりのティーポッドとティーカップ、コンデンスミルクとスティックシュガーを適当な数お盆に乗せて、殆ど寄り付くことのなかった書斎へ向かった。  入ると、真っ暗で、少しジメッとしていて、人気がなく、リビングや寝室とは違う独特な匂いがした。  パソコンの電源を付ける。もう以前使っていたノートパソコンからデータは移してあったが、それ以来一度も立ち上げていなかった。僕はパソコンが立ち上がる画面を、ぼーっと眺めていた。  そろそろ仕事を始めようと思った。ここに来てから仕事をしていないので、何だかんだひと月ほど何もしていない。こんなに、ただ日々を過ごしていたのははじめてのことだった。起きて、食べて、彼が仕事に出て、ぼーっとして、少し家事をしてみて、ご飯を食べて、またぼーっとして、いつの間にか彼が帰ってきて、ご飯を食べて、風呂に入って、寝て、次の朝が来て。同じ日常が続いている中でも、彼からの愛情が薄れたことはなかった。だから僕が返せるものは、彼が好きだと言ってくれる物語しかないと思うのだ。 「ふぅ……。」  机の引き出しから、ノートを出した。僕がアイデア等を残しておくメモ帳だ。まず、次の物語の構想から練らなければいけない。加藤さんにちゃんと休むように言われてからは本当に何も考えていなかったので、以前まで自分が何を考えていたのかを掴む必要があった。ペラペラとメモ帳を捲ってみる。そこには単語単語だけだったり、ポエムのような文や、どこかの小説の一節を切り抜いてきたようなショートストーリーが書いてあったり。とにかく頭に浮かんだものを無造作に書き留めていた。その中に何か次に繋がるような良いヒントがないかと、紙面の隅々まで視線を滑らす。途端に、頭の色が赤から青に変わるような、そんな感覚に囚われる。それは、小説家としてと頭に切り替わったような感じだ。つまり、仕事モードに徐々に変わっていっているのだった。  ペラ、ペラ、と紙を捲る音と、静かなパソコンのモーター音が部屋に響く。時折思い出したように紅茶を口にした。気づくと口が乾いて、すっかり身体が固まっている。ついつい夢中になってしまうと、時間が流れる感覚が無くなってしまうのだ。もうひとりで住んでいるわけではないのだから、好き勝手に時間を使えるわけではない。その辺りは、こーくんに心配をかけてしまわないように気をつけないといけない。                  そう思っていたのに。  気がついた時には、彼が心配そうな顔をして僕を見ていた。 「かずくん……? もう遅いけど、大丈夫?」 「え、あ……。」  ふと顔を上げると時刻は深夜1時。既に5時間ほどが経過していた。 「俺も読み終わったから寝ようかと思ったら、寝室にかずくんいなかったからさ。探したんだよ?」  書斎の入口に立っていた彼は、そこから中に入ってこようとはしない。 「ノックしても気づかないし……よほど集中していたんだね。でも、そろそろ寝ない? 夜更かしは良くないよ。」 「えっと……。」  視線を落とす。僕はいつの間にかペンを握っていて、また別のノートを開いて何やら書き込もうとしていた。 「俺もこれから寝るところだし、一緒に寝よ?」  彼が優しく微笑んで、僕に問いかけるように首を傾げた。彼に心配かけたくない。僕は今日はここで切り上げることにした。 「うん……そうするよ。」  ペンやノートはそのままに、パソコンはどうやら勝手にスリープモードに入っていた。立ち上がって彼の方へ向かうと、彼は僕の背中に手を回して、僕を寝室へ連れていった。 「かずくん紅茶飲んでたから、あんまり眠くないかな?」  彼は自分が先にベッドに入ると、僕を中に招き入れた。控えめにベッドの端に横たわると、後ろから彼の腕に引き寄せられて、そのまま包まれた。 「新作の『竹藪』、すごく良かった……やっぱかずくんは凄いよ。俺、感動しちゃった。」  耳元で囁かれると、僕を抱く腕に力が込められて彼が僕の首筋に顔を埋めた。すぐ近くで吐息が吐かれて、改めて彼との近さに身体が強ばった。  すると、後ろで、ぐすっ……と鼻を啜る音がした。彼は先程の余韻に浸りすぎて、涙を流しているようだった。 「そ、そっか……それは、良かった……。あの、大丈夫……?」 「えへへ……ごめん。大丈夫。思い出したら泣けてきた……。」   彼は身体を起こすと、僕に覆いかぶさった。暗がりでよくみえないが、彼の双眸にはうっすらと涙がキラキラ光っている。  「かずくん、慰めてくれる……?」  彼が僕の頬に頬擦りをして言うと、僕の唇に彼の唇が触れた。最初は触れるだけ。次に彼の舌が僕の唇を撫でて、啄まれて、僕の中に侵入してきた。僕よりも熱い彼の舌が、僕の舌に柔らかく絡み合って、ドキドキする。誘い出されては、甘く吸われた。 「んっ……はぁっ……。」  ちゅっ……くちゅ……  僕の口内から溢れ出した唾液が顎を伝い、こーくんがそれを舐めとる。 「かずくん、ふにゃふにゃになっちゃったね。眠たくなってきたんじゃない?」  ぼんやりと薄目を開く僕の頬を、彼が優しく撫でる。先程までの緊張が溶けて、彼の腕を掴んでいた両手がベッドの上に落ちた。 「ふふっ、もう遅いから寝ようね。」 「うん……。」  そのまま、彼に優しく背中を撫でられて、僕は深い眠りに落ちた……。                  フリをした。        眠れるわけがなかった。                 「んっ……。」  意識が戻ると、首元に柔らかい感触を感じた。その何かが首筋を撫でるから、ぶるるっと身体が震えた。  寝ぼけ眼で薄く目を開けると、眠る前にも見た、こーくんの顔がぼんやりと浮かび上がった。 「おはよ。ごめん、起こしちゃったかな? 俺、先に出るから、まだゆっくり寝てても良いよ。ね?」  優しい声色がすぐ近くから直接頭に響く。耳に、ぬるっと熱いモノが触れた。 「んっ……んぁ……。」  無意識に声が出た。身体がビクビクと反応する。  しかし、その心地良さに、また意識が遠のいた。 「いってきます、かずくん。」 「ん……いってらっしゃい……。」  自然と返していた。暖かい温もりが離れていく。ガチャリと扉が閉まる音がする。足音が小さくなっていくのがわかる。何となく、頭では彼が先に出ていこうとしていることを思い出して、理解していた。  僕はいつ、眠りに落ちたんだっけ。あれから、どれくらい眠れなかったんだっけ……。  そう思うと、微睡んでいた頭がスーッと覚醒していった。はっきりと目が覚めると、心臓がドクドクと音を立てた気がした。    彼が静かに寝息を立て始めた頃、僕の心臓は今と同じようにドクドクと音を立てていた。鼓動が眠る彼の耳に入り込んで、起こしてしまうんじゃないかと思ったくらいだ。それでも、しっかりと抱き込まれた腕の中から逃げる勇気もなかった。何をしても彼の眠りを妨げてしまうと思って、ただただ身体を強ばらして、どうしよう、どうしよう、と心の中で中で何度も唱えたのだった。  そうして気がつけば眠りに落ちていた。ということは、まだその程度だということなのだろうか。    少し安心して、僕はベッドの中から身体を起こした。以前、ちゃんと持ち歩こうと誓ってからは眠る時に枕元に置くようにしたスマホを手に取る。時刻は6:12。彼は本当に今さっき出ていったのだろう。LINEのメッセージを受信した通知がきていた。     『行ってきます! 寝起きのかずくん、とっても可愛かったよ! 癒された! 今日も頑張れそー♪』 『朝ご飯は冷蔵庫の1段目、お昼ご飯は2段目に入れてあるから、お腹すいたら食べてね!』      僕は既読を付けず、通知のまま内容にさらっと目を通して、スマホを持ったまま持ったままリビングに向かった。冷蔵庫を開けて、朝ご飯の用意をした。温めるべきものはレンジに入れた。テレビを付けて、特に外に出る訳でもないけれど、天気予報を放送しているチャンネルを探して、見た。今日は晴れ。9月だけれど、最高気温は30度。しかし9月らしく、夜は涼しく、最低気温は24度。リビングに差し込む太陽は、こんなに高い建物だからこそ遮るものはなく、リビングをむさ苦しい暑さにしていた。    朝食を済ませると、また紅茶を淹れて、書斎に籠った。設置されているエアコンで部屋を冷却した。デスク前の椅子に座って机上のデジタル時計に目を向けると、7時。またスマホを手に取ってLINEを開くと、加藤さんからメッセージが来ていたことに気づく。僕はスマホを同じ空間に置いておくように心掛けているが、時々時間を確認するだけで、あまり通知の確認等はしなかった。  それは一昨日加藤さんが送ってくれていたもので、次の日僕の新刊が発売することと、その後調子はどうだろうかという内容だった。彼女は恐らく、僕がいつ頃復帰をするかと様子を伺っているのだろう。  僕は『ご報告ありがとう。こーくんが早速買ってくれていました。そろそろ執筆を始めたいと考えています。』とだけ返して、スマホを机の端に置いた。机の上は夜中のまま。広げたままのアイデアノートの隣、それは僕が小説として文字を起こす前にだいたいのあらすじを書いておいて、加藤さんに報告しやすくするためのノートだった。視線を落とす。芯を出したままにしていたシャープペンシルを握った。    しばらくして、ペンを置くと、紅茶に口をつけ、パソコンを立ち上げた。昨夜のように、立ち上がるパソコンの画面をぼーっと眺めた。気づくと手足の指先がひんやりと冷たくなっていて、冷房を消した。  パソコンの用意ができると、次にワードを立ち上げる。以前使っていたノートパソコンは中古で安く買ったものだったので、それと比べると、いや、比べものにならないくらい性能が良い。お願いすれば何でもすぐに立ち上がるし、何よりフリーズしない。小説家の僕は小説を書く以外にパソコンに触らなかったが、パソコンに何度泣かされてきたことだろうか。    またしばらくして、ふとデジタル時計を確認する。9:40。スマホを手に取ると、またこーくんからのLINEの通知が来ていた。       『現場入り! 今日の衣装はこれだよ〜!』  彼がカジュアルな衣装に身を包んで、自撮りをする写真。   『撮影始まった! かずくんのこと考えながら頑張ってくるよ☆』 『速報! トイレ行きたくて抜けたら、廊下のベンチで山下が居眠りしてやがったよ! 俺が仕事してる間にコレだよ! ムカつく!』  腕を組み、足を組んで、俯いて眠る山下さんの写真。  今日は早かったのであの人も睡魔には勝てなかったのだろうか。       相変わらず元気そうな彼のメッセージに既読を付けて写真を見て、僕も何か返さなければと思った。       『おはよう。今起きました。ご飯ありがとう。』 『お仕事頑張ってね。』        スマホをまた机上に戻すと、またペンを握る。                  またしばらくして、時刻を確認すると、11:57。僕の身体は昼食の時間を覚えているのか、こうして椅子に座っているだけでも空腹を訴えてきた。  リビングに移動して、こーくんが用意してくれた昼食を温めながら、またスマホを確認する。今日撮影した何枚かの写真と、毎日恒例のお昼ご飯の写真が送られてきていた。そうして彼からのメッセージを読んでいると、最新のメッセージが送られてきた。        『そうだ! 言い忘れてた! 午後は啓太と一緒に撮影だよ〜♪』 『昼休みから一緒〜♪』  もう合流したのか、啓太くんと二人で写る写真。  こうして見ると、前回会った時よりも二人は仲が良さそうに肩を組み、顔を寄せあっていた。この二人もちゃんと友達なんだな、と少し安心した。       『コイツ、またかずくんかずくんって騒ぎ出した!』 『むっっっかつく!!!』 『あぁ〜かずくんに会いたくなってきた〜(><)』 『いまなにしてる〜? 声聞きたいなぁ……。』 『通話しちゃダメ?』        ぽこんぽこんと音を立てて彼からのメッセージがたくさん飛んでくる様を、僕は机に昼食を並べながら見ていた。席につくと、返事をする。       『今から、ご飯食べるよ。』 『通話しても大丈夫だよ。』        すぐに既読がついて通話を受信した画面になった。彼はお昼頃になるといつも通話をしたがって、一応許可は取ってくるが、毎日の恒例になっていた。それなのに、変に律儀に電話をして良いか聞いてくるところが、彼らしく思う。       「あっ、繋がったぁ!!」  スピーカーから一番に聞こえてきたのは、想像通りだったけど、想像よりもずっと大きなボリュームだった。 「おい! 何でお前が先にかけるんだよ! 返せっ!」 「あぁ〜!! けちぃ!!」 「あ、あの……もしもし……?」  早速置いていかれてしまった。啓太くんがいると賑やかになるなぁ。 「かずくん、うるさくてごめんね。もぉ〜啓太がずっとかずくんと話したいって騒いでてさぁ〜。」 「だってぇ! こーくんが、俺がかずくんに電話しちゃダメだっていじわる言うんだもーーーん!」 「ダメに決まってんだろ。そんなことしたら俺とかずくん、お前のことブロックだから。……そんなことより、かずくん、ちゃんとご飯食べてる? お魚はレンジでチンした?」 「あ、うん……。ちゃんとしたよ。とても美味しい……いつもありがとう。」  言うと、後ろの方から啓太くんが「わぁーーー!」と声をあげたのが聞こえた。 「こーくん、本当にご飯作ってるんだね! 写真送ってよぉ〜! ていうかぁ、今度作って! 食べに行くから!」 「やだむり。俺の手作りはかずくんにしか食べさせないから。かずくんは、これから死ぬまで俺の作った物だけを食べて生きるんだよ〜♪」 「う、うーん……。」  相変わらず、彼は返答に困るようなことばかり言う。でもそういう時に限って幸せそうなので、余計に困ってしまう。   「お二人とも! そろそろお時間でーす!」 「はーい! じゃあかずくん、俺たちそろそろ時間だから切るね。できるだけ早く帰るから! 新作の感想もまだちゃんと伝えてないしね♪」 「かずくーん、またね〜!」 「う、うん……行ってらっしゃい。」    この家に静けさが戻ってきた。いつも思うけど、ひとりには慣れているはずなのに、通話の後は少し寂しい。ずっとひとりだったけど、ほんのちょっとだけ誰かといるだけで、こんな気持ちになってしまうなんて。                

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