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イケメン、思い悩む/その2
「よう、来たな。」
「おう! 来たぜぇ〜!」
店に入ると個室に案内され、先に雅人が来ていた。出会ってから、というか本当に初対面で出会ってからずっとご機嫌な啓太の声がでかくて嫌になる。渋谷なんだぞここは。分かってんのかよ。
俺は隣でうるさいのが嫌で、啓太を雅人の隣に押しやって向かい側に座った。
「なんだ、機嫌悪いのか?」
一瞬で俺の機嫌を見抜くなんて、やっぱり持つべき友は普通の友だと実感した。
「まぁ……長くなるから、とりあえず注文してから話そうぜ。」
「だな。」
察しの良い雅人はそれだけでにっこりはにかんで、手元のメニューに目を落とした。先に一通り目を通したようで、これは啓太が好きそうとか、こっちはきっと美味しいと思うとか、色々勧めてくれてほとんどその通りに頼んだ。そうそう、これだよこれこれ、良すぎるくらいの友達だ……。
「あんねー、俺これも食べたい!」
「はいはい、後でな。そんなに机に乗り切らねぇよ。」
いつまでもメニューを手放さない啓太の手からメニューを取り上げる。「あ〜〜〜!」と残念そうに声をあげてむくれていた啓太も、次の瞬間にはビールとお通しが目の前に並べられて一瞬で笑顔になった。
「酒は? 飲まねぇの?」
「あー、今日はちょっとね……。今飲んだらマジやばい。悪酔いして大暴れしそう。」
と言って差し出された、赤いストローのさしてあるウーロン茶をまさとから受け取った。
「そっか。んじゃ、乾杯。」
「かんぱ……」
「カンパーイ!!!!」
俺の声を遮って啓太が大声を出した。
「お前……もう酔ってんじゃねーの?」
「わぁ、なんで分かったのー! こーくんすごい!」
「はぁ? お前ら飲んできたの?」
「いや、そのはずは……車の中で飲んでたっけ?」
「え? あははっ、やだなぁ二人とも! 俺、車に酔っちゃっただけだよぉ〜! お酒は飲んでないよぉ〜!」
車に酔ったと聞いて、俺と雅人は顔を見合わせた。
「お、おぉ、車に酔ってこのテンションとな……。」
「つーかビール飲んで大丈夫か? 吐くなよ? 俺の方向いて吐いたらぶっ殺すからな?」
そんなことを言って、そんな酷いことをしないのがこの男だ。世話焼きで優しいから、なんだかんだ言ってちゃんと介抱してくれるのだろう。雅人がいないと、安心して啓太と酒を飲めないと思う。
「えへへぇ、大丈夫だよぉ〜♪」
それでも隣の雅人は早速顔が引きつっている。始まって5分足らずでもう油断できないようだ。
「で、どうしたんだよ。啓太はしょっちゅうだけど、お前から招集かけてくるなんてさ。当分ないと思ってた。」
「そおだよ! まさくんなんて、俺が誘ってもあんまり来てくれないんだよ! 10回に1回くらい!」
「それはお前が1日に40件くらい誘いのメッセージを送ってくるからだろ……! 4日に1回は付き合ってんじゃねーか! 有難く思え!!」
「あ、あはは……。」
俺がいない間に、啓太はすっかり雅人が相手してくれているみたいで、申し訳なさで胸がいっぱいになった。こんなのを4日に1回相手にするなんて相当体力が必要だろう。
「うーん…………何かさ、かずくんとあんまり上手くいってなくて……。」
「えぇーーー!! って、いったぁ!!」
俺が真剣に話してるのに、オーバーリアクションで騒ぐ啓太の足を俺が蹴って、頭をバシッと雅人が叩いた。
「上手くいってないって……それで出てきたのか?」
「ううん。かずくんにできるだけ長時間ひとりになりたいって言われから、今日は早朝からだったし、夕飯も外で済ませて来るよーって。」
その言葉に、鋭い雅人は眉をひそめた。
「ひとりになりたいって、普段昼間は家でひとりだろ? 喧嘩した?」
「してない、はずなんだけどなぁー…………………あー、俺、何かしたかなぁー嫌われちゃったのかなぉー……。」
考えただけで悲しくなって机に突っ伏した。
「えー? じゃあどうしたのぉ?」
「なんか……避けられてるっていうか……触ろうとしたら逃げられるし、口もあんまり聞いてくれなくて…………お仕事初めてから、人が変わったように暗くなっちゃって…………ご飯もあんまり食べないし、よく眠れてないみたいですごくやつれてて……一緒に寝ててもずーっと背中向けたまんま、寝てるのか起きてるのかもわからなくってさ……どうしよう……。」
「何か嫌われるようなことしたか? 心当たりは?」
「ない! ……と言ったら嘘になる……。」
「で?」
もう既に俺に非があるだろと言うような目で俺を睨む雅人。いやいや、待ってほしい。
「そ、その……ちょっと、1回だけ、かずくんのヌいちゃったけど…………ちゃ、ちゃんと謝ったし、それだって雅人と啓太に会わせる前の話だよ!? かずくんの気持ちが俺に向かない限りはもう手は出さないって言ったし! だから普段はハグとキスだけ!」
我ながら浮気男のような言い訳をしている自覚はあったが、もしこれが原因だとしたら……と考えると、後はもう土下座しかないのかもしれないと思う。でも、明確に、違う。
「でも……違う。きっと、お仕事のことで何かあったんだと思う……。かずくんの新刊が出てから書斎に籠るようになったんだけど、その日から少しずつ様子がおかしくなっていって……だんだん書斎に籠る時間が増えたし、今ではもう外に出るのも必要最低限でさ。あの部屋、トイレもついてるし、俺が呼ばないと出てきてくれないんだ。」
「えー、かずくん思春期〜?」
啓太の言葉にムカッとしたが、雅人が丁度よく到着した料理に「ほ〜ら啓太。お前が食べたがってたシーザーサラダが来たぞー? これぜーんぶお前にやるからな。大人しく食ってような〜?」と先回りしてくれた。啓太は雅人に乗せられて「わーい!」と言いながら大皿のサラダを口いっぱいに頬張った。俺、なんでこんな奴呼んだんだろう。
「……それで、先生には話してみた?」
「うん……でも、大丈夫って。執筆が忙しいのかって聞いても、うん、としか答えてくれなくて。もともとかずくんって生活能力低いから人並な生活してなかったし、担当編集の人からは、執筆活動中は特に酷いって聞いてたから、最初はこんな感じなのかなぁって思ってたけど……こんなんじゃかずくん死んじゃうよぉ……。」
「え! かずくん死んじゃう!? 俺が連絡してみるね!」
シーザーサラダを口からボロボロと零しながら、中途半端に俺たちの会話を聞き取った啓太がポケットからスマホを取り出した。それを、俺が即座にひったくった。
「おい、俺は今日何回怒ったら良いんだ? さっきも言っただろ! かずくんは今忙しいの! 連絡入れたらぶっ殺す!!」
「えー! てかみんな、俺のことぶっ殺しすぎじゃナーイ?」
ぎゃははは、と笑う啓太の口に、雅人が無言でサラダを押し込んだ。もごもご言いながらも啓太は楽しそうに咀嚼している。
「そうか……どうしたもんかな。」
「LINEも毎日送ってるんだけど既読もつかなくて…………そんなことよりも何も言ってくれないのが悲しい……。まぁ俺の一方通行だってわかってるけど……全然信用なくて…………俺なりに尽くしてるつもりなんだけどなぁ……。」
言っているとどんどん自信がなくなってきて泣きそうだ。酒は飲んでなくて良かった。
「……ま、話を聞いた感じ原因はわからないけどさ、もともと合意の無い強引な関係なんだし、ちゃんと自分の気持ちを伝えないといけないぜ? 先生、前にYukiちゃんとお前のこと見て、何て言ってたと思う? お似合いの二人、だってさ。お前だって、あの時痛感しただろ? 先生は多分、自分に向けられる好意に物凄く鈍感な人なんだよ。自分のことを低く見すぎていて、好きだって伝えられても、まさかそんなことはないだろうって思っちゃう。そう思わねぇ?」
首を傾げて俺を見る雅人の言葉が胸に染みて、無言でうんうんと頷いた。
「だから伝えているつもりでも、ただ好きって伝えるんじゃなくて、ちゃんと先生が納得する理由を教えないとだめだろ。」
「ははーん、なるほどぉ〜! だから俺はいつもダメなのー?」
「お前は考え無しに思ったことを口にするからダメなんだよ。」
「あははっ、わっかんなーい!」
啓太がケラケラ笑う。
そっか、行動だけでも、好きと言うだけでもダメなんだ。それはやっぱり俺の独りよがりで、ちゃんとかずくんに伝わっていない。かずくんに伝えるんじゃなくて、わかってもらわないといけないんだ。
荒れていた脳内がスーッと冷静になった。雅人が出してくれた答えは、俺の中にストンと落ちてきて、直接的な回答ではないなのに、何かがかっちりとハマった、そんな感じがした。
「お前はまず、ちゃんと先生と話してこいよ。それで、自分のありのままを話して、少しでも信頼を得られるように頑張れ。応援してるからさ。」
「俺も俺も! 応援してるよー!」
二人の言葉に、胸がジーンと熱くなった。情けない。でも、コイツらに話して良かった。
「うん、わかった……ありがと。………………そ、そーだ! じゃあさ、もういっこ聞いて! 今日Yukiちゃんと撮影だったんだけど、あの女にかずくんと俺のことでムカつくこと言われてさ! マジムカついてぶん殴りそうになった!」
そこそこの時間で切り上げ、二人と別れると、俺はマンションの前に着いたところで、見覚えのある人影を見つけた。
「加藤さん……?」
「あ、神山さん。こんばんは。」
安心したように微笑む彼女は、俺を振り返って軽くお辞儀をした。
「どうしてこんな時間にこんな所に? あ、かずくんですか?」
「え、ええ、まぁ……。あの、先生は今ご在宅ですか?」
「そのはずですが……。」
言われて、俺はスマホを見た。いや、いるはずだ。書斎に籠っているのだ。
「そうですか……ご迷惑でなければ、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか? 私も少し、心当たりがありまして……。」
かずくんは彼女にも連絡を取っていないのだろうか。少なくとも俺が知る限り、かずくんは誰よりもこのおしとやかな女性に心を開いていたはずだ。彼女はかずくんがデビューしてからずっとかずくんの担当編集で、とてもかずくんのことを心配してくれている、才能も見出してくれていて、俺だってかずくんが一番心を開いていることに文句が言えないくらいだ。その彼女だったら、もしかしたら何か知っているだろうか。
「ええ、構いません。詳しく聞かせてください。今日、かずくんには遅くなるって伝えてありますし……もう遅いですからお送りしますよ。俺今日は酒飲んでないので、車出してきます。」
「二週間ほど前に連絡をとったっきり、電話をしても出ない、メッセージに既読もつかず、先生は音信不通で……心配になって残業の後ですが仕事終わりに来てみたらインターフォンを鳴らしても反応がなくて、どうしようかと思っていたんです。」
二週間前と言えば、新刊の『竹藪』が出た少し後だ。やっぱり、この人は何か知っているんだ。俺は車のハンドルを握る手に力を込めた。
「実はその頃からかずくん、元気がなくて……最近では書斎に引きこもりっぱなしで執筆してるみたいです。ご飯も前ほど食べてくれなくて、あんまり寝てないようで、聞いても俺には何も話してくれない、むしろ避けられてるくらいです。でも、日に日にやつれていっていて……。」
赤信号でチラリと助手席の彼女を見ると、難しい顔をしていた。よく見ると、上品に膝の上に置かれた両手は固く握り締められていた。
「その…………書けないみたいで……。」
「……え?」
その言葉に耳を疑った。だって、かずくんは執筆してるって……。
信号が青になったのに気付いて車を発信させると、すぐに脇に止めた。
「それ、どういうことですか?」
「……スランプになってしまったみたいで……二週間前に電話した時に、随分取り乱しておられました。とにかく落ち着いて、執筆活動はもう少しお休み、原因を探ってみてくださいってお伝えしたのですが……。」
「そんな、こと……俺には一言も…………。」
頭が混乱して、真っ白になる。
かずくんが、スランプ……?
「多分、先生は自分のファンである神山さんには絶対に言えないと思っているかと……ですがこればっかりはどう解決できるかわかりません。なので、是非神山さんにご相談してみることも勧めていたのですが……。」
そこまで聞いて、本当に、自分の信頼の無さに嫌気がさした。2ヶ月も経たないくらいだけど、一番傍に居たのに。仕方の無いことなのかもしれないけど。でも……。
それから俺は、今日はひとりにしてほしいと言われて出ていたことを話した。もう少し様子を見て、俺からちゃんと話をしてみる。それから、かずくんのことについては俺から連絡する、と約束して別れた。
帰りの道中、かずくんがスランプだって聞いたときのショックが蘇った。さっきは加藤さんがいたからとりあえず持ち堪えたけど……スランプってなに?
それじゃあ、かずくんは書斎に籠って何をしているの? もしかして、ずっと書く努力をしていたのかな? ずっとひとりで悩んでいるのかな? きっと今日もそう。俺が外でヘラヘラしている間、かずくんは……。
そう思うと、様々な感情が混ざり合った何かが俺の身体中を覆って……、こんな感覚はじめてだ。腸が煮えくり返るような……。
マンションについて、早足で玄関まで歩いた。そして、あと一歩のところで立ち止まった。
俺はどうする気だ? こんな自分でもよくわからない状態で、かずくんに会って、何を言う気だ?
愛しい人のやつれた顔を思い出すと、一気に血の気が引いた。
責め立ててしまいそうだった。どうして早く言ってくれなかったんだ、と。そんなの俺に話したってどうにかなることじゃない。小説家でもなく、その業界に詳しいわけでもない俺が怒鳴って騒ぎ立てたって、どうにもならない。ただかずくんを傷つけて、怯えさせて、泣かせるだけだ。それに、加藤さんは言っていた。俺が先生のファンだから……。
あぁ、伝わっていない。……だめだ、とにかく、かずくんを責めるのは間違っている。ちゃんと落ち着いて……そう、あんなに可愛くて愛おしい彼を怒るなんて、できないよ。そんなことをしたら、この壊れかけた関係だけでなく、ずっと独りで堪えているかずくん自身まで壊れていってしまいそうじゃないか……。
そうしてしばらく玄関の前に立って頭を冷やして、長い長い深呼吸を5回くらいして、ようやく扉を開いた。自分の家だと言うのに、全く知らない人の家に入るみたいだった。
「ただいまー……。」
日付をとっくに越え、時刻は1:13。本来ならかずくんも俺もベッドに入っている時間だ。そう思って小さくただいまと言った。家の中は真っ暗。リビングに言って静かに電気を付けたけど、誰もいない。それならば、と寝室を覗いたけど、かずくんの姿はどこにも見当たらなかった。
「はぁ……。」
思わずため息を漏らした。だとしたら、もうあそこしかないよね……。
「かずくん……?」
書斎のドアから薄暗い光が漏れている。やっぱりここにいるんだ。
いつもなら帰ってくるはずの声が聞こえない。もしかしたら……と嫌な予感がして、静かに扉を開けた。
すると、部屋の奥のデスクに突っ伏す人影。パソコンの画面が立ち上がっていて、薄暗く漏れていた明かりの正体だった。
「かずくん、ただいま……。」
静かに近くまで歩み寄って、そっと声をかける。
この静寂の中、神経を尖らせて耳をすますと、パソコンのモーター音と、かずくんの寝息が聞こえた。
俺は本日何度目かのため息を漏らして、安堵した。肩の力がどっと抜ける。
「ここで寝たら身体痛めちゃうよ……かずくん、ベッド行こ?」
日頃の睡眠不足からか、耳元から声をかけても!身体を揺すってもピクリとも反応しない。仕方ないので何とか座っている体勢からかずくんを抱き上げて、寝室に向かった。その間も、かずくんは全く起きない。久しぶりに触った愛しい人の身体は痩せ細って、びっくりするくらい軽かった。
ベッドに寝かせると、小さなランプの明かりをつけて、長い前髪を払った。疲れた顔で眠っているかずくんは、薄暗い中で見ると眠っているだけなのに辛そうだった。その寝顔を見つめていると、胸が痛んだ。
あぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。俺が一番近くにいたはずなのに、どうしてか、とっても遠い所に追いやられている。俺なりに少しずつ歩み寄ってきたつもりで、確かに上手くいっていたはずなのに、かずくんはいつの間にか全速力で逃げてしまっていた。
そっと彼の唇に唇を寄せた。しかし、触れ合うことなく、身体を起こした。
かずくん、俺はかずくんが好きだよ。ファンだからとか、そういうことじゃない。
「かずくん……愛してるよ。」
耳元でそれだけ囁いて、俺は寝室を出た。
確かに、きっかけは先生としてのかずくんだったけど……それだけじゃない。この人だって、思ったんだ。
それなのに俺は弱い。今、こんなにも不安でしょうがない。何でもするつもりが、何もできていない自分が情けないと思いながら、もう開かないと決めていた扉を開いた。かずくんがここに来て、この扉を開けるのは今回で二度目。一度目は、ただ単にこの部屋に忘れ物があったから入っただけ。だから今回が本当の一度目。
ごめんね、ごめんね、かずくん、ごめんなさい……。
心の中で何度も呟いた。祈った。
でも、本当に、好きなんだ。
大切にしたい。ずっと一緒にいたい。
かずくんに会ってから、なおさら強く思う。
だから、こんな所で終わらせたくない。
その日、初めて自室のソファで眠った。
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