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イケメン、約束を破る/その1

         毎晩、自室のソファで眠って、早朝に起きて、時間になったらかずくんを起こして、その存在を確認して安堵する日々が続いた。きっと俺とベッドに入るのは、すごく辛いことなんじゃないかと思った。だから仕事があると嘘を吐いて、夜中は自室に籠った。それでも、どんなにやつれていても朝、かずくんの顔を見るとホッとした。  あれからまだかずくんと話はできていない。今のかずくんはガチガチに防御を固めてしまっているので、付け入る隙がかない。第一、傷つけたくない。少し距離を取ってみたものの、結局かずくんを苦しめているのは俺だろう。早く解放してあげたい。それなのに、俺は臆病で、上手くいかなくてかずくんが俺の元から離れていくことを考えると…………いや、その先は想像もつかない。  最近はご飯を食べないかずくんにお粥を作って出すようにしている。それを全然手をつけないし、もう食べ物に見向きもしなくなってしまった。    あれから、通院先に連絡を入れてみると、もうしばらく来ていないそう。わかってはいたけれど、ショックだった。すぐには無理だけど、また必ず連れていくことを約束したが、それがいつになるかはわからないと伝えた。                  何とかやってきた仕事も、ミスの連発だった。とにかく家でひとりでいるかずくんのことで頭がいっぱいで、何も手につかなかった。 「おい、お前やる気あるのか?」  午前の仕事を何とか終えて、移動の車に乗り込んですぐ、不機嫌な山下が口を開いた。コイツは俺を咎めているのだ。 「…………。」  俺は窓の外を見つめたまま、何も答えなかった。  やる気? やる気なんて本当は持ち合わせていない。この仕事だって辞めたかったんだ。  その様子に、さすがに気まずさを覚えたのか、「はぁ……。」と息を吐いて、改めて言った。 「先生と何かあったのか? ここの所元気がない。」 「…………。」  握っていたスマホを見つめる。メッセージを何通送っても、何も返ってこない。既読もつかない。 「……かずくんと、上手くいってない。」 「…………はぁ……そんなことで……。」  山下が、またため息をつく。その態度にムカついて、山下をギロりと睨んだ。 「そんなことって何? 俺にとっては大事な問題……。」 「そんなことだろう! お前にとっては大事な問題かもされんが、それはお前の問題だ! 私情を仕事に持ち込むな!」  言い返すと、予想以上のボリュームで遮られて、驚いて口を開けた。 「いい加減にしろよ! いいか? お前はプロなんだぞ? プロのくせにいつまでもガキみたいなことしてんじゃねぇ! ココ最近のお前は何なんだ? ミスばっかりでどこか上の空、仕事に全然身が入っていない! お前は! 先生のために働くと言っていただろう! それがこのザマでどーするんだ!」 「……っ。」  図星をつかれて、返す言葉もなく俯いた。  黙り込む俺に、また山下のため息を吐く音が聞こえた。  色々な感情の中に、悲しさが一番大きく俺を支配した。そうだ、俺は先生を養うために働くって決めていたんだ。一生懸命尽くすことを決めていたんだ。それなのに、情けない。本当に情けなくて、自分が嫌になる。 「………………ねぇ……、俺のしてることって、やっぱりおかしいのかな……。」 「当たり前だ。イカれてやがる。」  すっかり弱気になっている俺に容赦なく剣を振りかざしてくる山下に、怒りを通り越して殺意を覚えた。 「それでも、そうしてお前が自分の孤独を埋めているのだから、相手にはそれ以上にたくさんのものを与えてやらないとだめだろう。お前のような人間に付き合ってくれる物好きは人間は数少ないんだからな。大切にしろ。」 「……わかってる。…………午後からはちゃんとやる。」  そう言ってスマホをポケットに入れた。  そうだ、その通りだ。俺はかずくんがいるだけで様々なものを与えてもらっていたのだ。俺もサポートだけじゃなくて、もっと積極的に与えてあげないといけないんだ。 「……でも、お前からのLINEを楽しみにしていたなら、いつも通りに送ってやれば良い。……ほら。」  そう言って山下は後ろへ身を返すと、後部座席に腕を伸ばせた。それを見ていると、ガサガサと袋の音がした。 「今日の弁当は鮭といくらの親子丼だ。」  ぶっきらぼうな造作で山下が俺に袋を押し付けてきた。見ると、以前も食べたことがあるパッケージの弁当だ。 「ははっ……そうだなぁー! 俺も腹減った〜!」  そう言ってもう一度スマホを手に取って、カメラを起動した。                帰り道、山下には、今日は頭を冷やすと言って途中で車を下ろしてもらって歩いて帰っていると、途中で雅人から電話がかかってきた。 「……もしもし? どうしたの?」 「あぁ、悪ぃな。今日、先生の『竹藪』買ってさ、気になったから連絡したんだけど。その後どうだ?」 「あー……うん。まだ話せてなくてさ。かずくんを傷つけないようにとか考えてたら、どんどん先延ばしになっちゃった。何だか、距離が近づきすぎるとかずくんが壊れちゃう気がしてさ……。」 「避けられてんだもんな。でも、近づかないと、どうにもならないだろ?」  また図星。みんな本当に、俺の痛い所を突くのが上手い。……というより、俺が逃げているのがバレバレなだけだ。 「そうなんだけど……怖いんだ。ちゃんと正面から真っ直ぐ話したい。でも俺のしたことが、かずくんにバレるのが……今更だけど。こんなに避けられると、やっぱり怖くなっちゃうなぁ……。ま、それでも絶対に、今日何とかする。早くしないともっと悪い方向に進んでいくだろうし。」 「そうか……上手くいくといいな。俺は先生のことも心配だけど、もし上手くいかなかったらって考えると、その後お前のことも心配だよ。」  この所かずくんのことであれこれあったけど、俺の心配をしてくれたのは雅人だけだ。本当に、雅人は俺にとって嬉しいことを言ってくれる。 「ははっ、さんきゅ。じゃあもしダメになったら八つ当たりさせろよ?」 「やめろよ! お前ほんっと怖いんだってば。あーでも、啓太は面白がるかもな。」  ふと視線を上げると、俺の少し前を手を繋いで歩くカップルがいた。社会人で仕事帰りなのか、お互い重たそうなカバンを持ちつつ、二人の間でしっかりと繋がれた手。 「ま、かずくんのこと手放すつもりないし。俺から離れたとしても、絶対に捕まえる自信あるよ。」 「あー……まぁ、犯罪にだけは手を染めるなよ。それじゃ、頑張れ。」 「おう。」  途切れた電波の音を聴きながら、またカップルを見た。俺たちはもしかしてあんな風に、他人に見せつけるように外を歩ける関係じゃないかもしれない。それでもあんな関係になりたかったんだ。    家までまだ少し距離がある。次は自分から加藤さんに電話をかけた。あれからかずくんのことでメッセージでのやりとりはしていたけど、ちゃんと話してはいなかった。 「はい、加藤です。」  耳元から彼女の落ち着いた声がする。 「加藤さん、すいません。お仕事中でしたか?」 「いえ、もう切り上げようと思っていたところです。先生のことでしょうか?」 「そう、です。あの、今日かずくんとのこと、どうにかしようと思っていて……それで、知っていたら聞かせていただきたいんですけど……。」 「はい、私の知る範囲でよろしければ。」  聞きたいことは大したことじゃない。それでも、大切なことだった。   「かずくんが俺の家から出て行ったとして……あの子に、他に帰る場所はありますか?」  少し沈黙。それから、加藤さんは静かな口調で言った。 「……恐らく、ありません。先生にはご両親もご兄弟もおらず、親戚がいるとも聞いたことがありませんし……。」 「そうですか……。」  確かにそんな気はしてたけど、かずくんはいつから独りなんだろう。でも三年前に小説家になった時、すでにひとり暮らしでそのために毎日大きな本屋さんで在庫管理のアルバイトをしていて、あんなに小さくてボロい家に住んでいて……仕送りをくれる相手がいなかったから、ひとりでどうにかするしかなかったんだ。 「あの……それがどうかしましたか?」 「ああ、いえ……。俺も、頑張らないとって、思いました、あはは……。」  俺の乾いた声で沈黙する。足取りが急に遅くなる。俺はこの期に及んでまだ怖がっているのか。  しかし、すぐに沈黙を破ったのは加藤さんだった。 「恐らく、神谷さんの思っている通り、先生は長い間ひとりで生きてこられたと思います。しかし、先生はずっとひとりだったから他の生き物に対して極度に臆病なんです。それに自分のことにも酷く鈍感でおられます。だから、誰かが寄り添ってあげないといけないのでは、と常々感じていました。先生の作品には、その寄り添う暖かさがない。そこが良いところでもあって、悪いところでもあります。……でもそれは小説の中の話。だから先生の隣に、私ができないことをやってくださる神山さんのような方がいてくれて、私は嬉しいです。」 「あはは……俺なんて、かずくんを怖がらせてばかりですよ。」  彼女の真剣な言葉に、思わず苦笑した。彼女はかずくんのことも、かずくんが書く小説のこともよく理解している。だからこそ彼女からの言葉は酷く重たくて、大切で、泣きそうになったから。 「そんなことありません。きっと大丈夫です。ですから、私からも先生のこと、どうかよろしくお願いします。」                  二人の人物との通話が終わると、あっという間にマンションに着いた。帰り道ずっと、まずどうやってかずくんに話しかけようか考えていた。その後、何から話そうか。かずくんのことばかりを問いただすんじゃなくて、俺のこともちゃんと話したい。話すんじゃなくて、話し合いたいんだ。  いつかのように、玄関のドアの前で深呼吸をした。  大丈夫。この前よりも冷静だ。むしろ、今とてもかずくんのことを抱きしめたい。離れたくない。触りたい。愛おしい。そんな気持ちで溢れている。  苦しいのなら話してほしい。俺にもその苦しさを分けてほしい。全部はわかってあげられなくてもいい。今よりももう少しだけでもいい。近くに行って、寄り添ってあげたい。  雅人にも、山下にも、加藤さんにも、心に染み渡る言葉をたくさん言われた。でも誰も俺を責めないし、むしろ応援してくれている。俺は、かずくんとの未来を、望むことを許されている。そんな気がした。そう思うだけでも、俺の勇気になる。 「……大丈夫、大丈夫…………よし。」  思い切ってドアを開ける。心臓の鼓動がドクドクドクドクと鳴り響いている。緊張している。  それでも力強く確かな一歩を踏み出した。  いつものように家の中は暗く、静まり返っている。  明かりは付けず、かずくんの姿を探す。恐らく書斎にいるのだろうと思って、わざとただいまを言わずにそっと書斎に向かった。  すると、予想外にも書斎ではなく、隣のかずくんの自室の部屋の明かりが付いていた。かずくんはここに来てから、あまり自分の部屋に入らなかった。もともと自分の物が少ないから部屋が殺風景ということもあるんだろうけど、それでもできるだけリビングで過ごしていてくれている時はとても嬉しかった。 「…………。」  何も言わず、静かにドアノブに手をかけて、ゆっくりと開いた。                                   「かずくん……。」  俺の口から、無意識に言葉が出た。  やっぱり何も無い部屋の真ん中で、かずくんは身体を丸めるように横たわっていた。背中を向けているのでどんな表情をしているのかはわからない。それでも、細くて小さいその背中は、もう何かを紡ぎ出すことをやめてしまったようだった。  胸がズキズキと痛んで、締めつけられる感覚を堪えて、静かにかずくんのもとへ歩み寄った。背中のすぐ後ろに、膝を揃えて座り込む。 「かずくん。ただいま。」  できるだけ、ゆっくり、静かに、優しく声をかけた。こんな状況なのに、俺は自然と微笑んでいた。  その小さな肩にそっと手を置いた。すると、身体がビクリと震えて飛び跳ねた。後ろを向いて俺を見つけると、恐怖に支配された瞳で怯えて、座り込む身体を足を使ってずりずりと後ろに下がった。 「あ…………ぁ……う…………。」  非常に驚いているみたいで、小さく間口から漏れる声は、言葉を成していなかった。目の下のクマが酷い。泣いていたのか、長い前髪から覗く両目が真っ赤で腫れている。とても見ていられない顔色だった。途端にかずくんの身体が小さく震えだした。 「ごめん、びっくりさせちゃったね。大丈夫だから、こっちにおいで? 少し、俺とお話してくれないかな。」  そうして手を伸ばすと、「ひぃっ……!」と言って逃げるようにまた後退した。恐怖で怯えるその目は、俺の手を何か怖い魔物が襲いかかってきているようだと思っているみたいだ。さすがに好きな人に、泣き顔でこんな態度をとられたら傷つく。胸が抉られる。目頭が熱くなる。  ふぅ……仕方ないなぁ。 「ひっ……やっ、やだっ…………!」  俺は立ち上がるとかずくんの方へまた近づいた。後退し続けて壁にぶつかったかずくんの嫌がる手を掴んでしゃがみ込むと、そのまま強く抱きしめた。  かずくんは俺の胸を押しのけようとグイグイと手で押した。それでももうほとんど力が出ないのか、ビクともしない。嫌だ嫌だと首を振るかずくんを包み込んで、背中を撫でた。 「よしよし……大丈夫。落ち着いて。」 「あ……う、う……。」  恐怖と緊張で、息が荒い。それでも久しぶりに触れた愛しい人の匂いが俺の身体に染み渡った。 「それじゃ、こっちにおいで。」  俺はかずくんの軽い身体を抱き上げると寝室に向かった。かずくんは言葉も出ないくらい怖いのか、身体を強ばらせて震えている。  ベッドに彼を寝かすと、上に着ていたTシャツを脱ぎ捨て、すぐにかずくんのズボンを脱がせた。 「や、やだ! やだ!」  何をされるのか勘づいたのか、ベッドから逃げようとするかずくんの腕をすかさず掴んで後ろから抱きしめた。そして暴れるかずくんの耳元で囁く。 「お願いかずくん。俺、かずくんのこと縛ったりしたくないからさ……いい子にしていて? ね?」  俺の言葉に、かずくんは抵抗をやめ、がっかりと項垂れた。 「ふふっ……ごめんね。もう手は出さないって言ってたんだけど…………約束、守れない。」  俺はかずくんの下半身に手を伸ばした。元気のない自身を優しく両手で包み込んで、カリの部分を親指で優しく押した。 「あ、ぁ……あ……。」  快感からの喘ぎ声ではない。震えながら、恐怖からの小さな悲鳴を漏らしている。全く勃たないし、全く濡れない。  俺は自身から手を離すと、かずくんのTシャツを脱がせ、ベッドに仰向けに寝かせた。人形のようにされるがままになっているかずくんは、抵抗はしないけど、その瞳からは涙を流していた。  あまりにも可哀想なかずくんの涙を親指で拭って、瞼にキスをする。 「大丈夫、酷いことはしないよ。……ただ、かずくん、今混乱してるみたいだから、1回ショートさせて、何も考えられなくさせてあげる……。」  頬を撫でて、できるだけ優しく微笑みかけるとかずくんの足を開いた。頭を滑り込ませて、かずくんの縮こまる自身を、舌に唾液をたくさん絡ませてねっとりと舐めあげた。先端を舐めて、ちゅっとキスをして、また舐めて。かずくんの緊張が解れるように、優しく優しく。 「やだ……やだ、やだ……っ。」  ボロボロと涙を流すかずくんの身体が小さく震える。気持ち良くなってきたのか、少しずつ勃ち上がりはじめたそれの先端部分を咥え込む。キスをするように舌で舐めると、「あっ……。」と先程よりも高くて甘い声が聞こえてきた。そろそろ頃合か、と思って口の中に唾液をたっぷり溜め込んでから、かずくんの自身をぱっくりと咥えこんで俺の唾液で犯した。すぐに口から離して先端を舌で愛撫しつつ、手で優しく扱くと、かずくんの身体が今度は大きく震えた。 「あっ……ん……。」  もう完全に立ち上がったかずくんの自身をもう一度口に咥え込むと、今度は頭を上下させた。できるだけ喉奥を使って先端部分を刺激しつつ、空いた手で二つの睾丸を優しくマッサージした。 「ひっ……いっ、あっ……。」  先端からは少しずつ愛液が垂れ始め、じゅぷっちゅっ……と卑猥な水音が次第に大きく響き渡った。  かずくんを見ると、手で口を覆い、一生懸命声を抑えていた。その姿が何とも可愛らしくて、もっともっと声が聞きたくて、俺の口の中でビクビクと震える自身にラストスパートをかけた。 「んっ……ぐっ……。」  じゅぷっ、じゅっ……ちゅっ…… 「んっ……ん、んんんぅ……!」  かずくんは最後、イヤイヤと首を振りながら身体を大きく震わせて果てた。  俺の口の中ではかずくんからびゅびゅーっと出た白濁が溢れて、喉に張り付く感覚をものともせず味わって飲み干した。 「はぁ、はぁっ……ぁ…………うぅ……。」  余韻に浸って遠い目をしているかずくんの頬の片方にリップ音をさせながらキスをしつつ、もう片方の頬を優しく撫でた。小さな瞳から溢れ出る涙を舌で舐めあげ、そのまま首筋に下がって舌を這わせた。「んっ……んんっ……。」と身体を強ばらせながらも反応してくれるかずくん。嬉しくて愛おしくて、強く抱きしめた。まだ少しヒクヒク痙攣している。 「かずくん、大丈夫……?」  もう先程のように嫌がりはしないけど、俺と目を合わせようとしない。頭を優しく撫でて、俺はもう一度かずくんの自身に手を伸ばした。もうすっかり萎れてしまっているけど、今度は構わず扱いた。 「あっ……! あっ、やだっ……やめ、てっ……!」  刺激が強いのか、身体をガクガク震わせ、大きく目を見開いている。 「大丈夫。ほら、力抜いて……?」  耳元で優しく囁くけど、快感に悶えるかずくんには聞こえてるんだか聞こえてないんだかわからない。でもその姿もめちゃくちゃ可愛くて、俺はかずくんの顎をクイッと自分の方へ向けると、久方ぶりにキスをした。 「んっ……んんー……。」  最初は触れるだけ。そして何度も何度も柔らかい唇を啄む。かずくんは嫌がっているけれど、自身の先端を指でグリグリと押すと「あっ、あぁっ……!」と声を上げたので、その隙に舌を入れた。 「んっ、あっ……んむぅ……。」  無理矢理舌を絡めて、ある程度誘い出したところで吸い上げる。俺の舌に口内を蹂躙されたかずくんはもう口も開けっ放しで、口の間からは可愛らしい喘ぎ声が漏れた。                  

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