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病弱くん、独りじゃないよ
「……かずくん、俺のこと嫌いかな? ……俺は好きだよ、かずくんのこと。かずくんが俺のことをどう思っていても、俺はかずくんが好き。」
彼は扉の前で、僕に背を向けたまま言った。ゆっくりとドアノブを握る。それは僕が一度も踏み入れたことの無い部屋。世界。踏み入れなかったことに特に理由はなかった。ただ、ここに始めてきたあの日、彼に案内されなかったから。
「かずくんに、俺がどのくらいかずくんのことが好きなのかわかるかなぁ……わからないよね。教えてあげる。」
がちゃりと音を立てて、ドアが開いた。
「……っ!」
その光景に目を見張った。
彼は僕を残して一歩、また一歩と部屋の中に進んでいく。部屋の奥まで行くと、こちらを振り返った。その表情は得意気で満面の笑みで、両腕を広げた。
「ほら、見て。こんなに、こんなに、好きなんだ。」
そこには異常な光景が広がっていた。壁一面に貼られた僕の写真。連写をしたのか、同じ写真が何枚も並んでいた。僕はあまり外に出ないはずなのに、また、部屋のカーテンも締め切っていて滅多に外を覗いたりしなかったのに、この膨大な枚数は異常だ。それだけでなく、僕の小説家としての数少ない雑誌特集や僅かな新聞記事。また、そこで僕は思い出した。彼の部屋には、四冊も買っていれば存在感を隠しきれないはずの僕の小説がなかった。それはここにあったのだ。大きなショーケースの中に十二冊の本。デビュー作から最新作まで、順番に、丁寧に並べられている。これは観賞用なのか、別の本棚に一冊ずつ並べてあって、他の二冊の行方はわからない。
そして一番不思議なのは、彼の背後に広がるいくつものモニター画面だ。そこには僕が歩いている映像や、ファミレスで加藤さんと打ち合わせをしている映像、コンビニで買い物をする映像がループで流れている。その中で左下のモニターのいくつかには見覚えのある風景。それはこの家だ。この家の一室一室が各モニターに映し出されている。さらに机上の斜めに立ててあるタブレットには地図のような画面が映し出されていてある一点に赤い丸が映っていた。
「どお? 引いた?」
目を見開いて口が開いたまま言葉が出ない僕に、何故か得意気な笑みを崩さない。彼は僕に近づくと、「ほら、おいでよ。」と僕の手を掴んで部屋に招き入れた。彼が僕の背後でドアを閉める音がする。完全に逃げきれず、何か異常なものに囲われる。そんな感覚に陥った。
「多分……俺は誰もが引くくらいかずくんのことが好き。かずくんの小説だけじゃない。ずっと前から可愛いと思っていたし、可愛がってあげたいと思ってた。その後『向日葵』を見て、迎えに行くことを決めた。あの本は今のところ、かずくんの小説の中では一番短い話だけど、その分俺を惹き付けるものがあったんだ。思い立ったらすぐにこの家の準備をして、他にもかずくんを迎え入れる準備をして、何が何でも手に入れる覚悟でインタビューを組んだんだ。」
彼は一番近くにあった、僕が周囲に怯えるような表情でファミレスのソファに縮こまって座っている写真を愛おしそうに撫でた。
「あぁでも、実物の方が何十倍も可愛くってさ、毎日俺の理性は悲鳴を上げてたよ。少し間違えてしまったこともあったけど、それでも俺なりに我慢してたんだ。だって、俺がこの部屋で何度ヌいたことか。」
愛おしいものに囲まれてうっとりとした表情を浮かべる彼は、異常なほどの色気を身にまとっていた。
「……正直、俺の我儘で始まってしまった関係だけど、俺で良ければもっともっとかずくんのことを支えたい。監視カメラもGPSも、この不完全で一方的な関係がすぐに壊れてしまうと思って話すのが怖かった。でも、俺の目の前で息をするかずくんは想像より何十倍も何百倍も優しくて、とってと良い子で、すごく可愛くて、本当に愛おしくて……だからかずくんが来てからこの部屋に入ったのは一度だけ。………………かずくんが心配で、この間見ちゃったんだ。……監視カメラの映像を。」
彼の表情はだんだんと暗く、悲しそうな表情になっていった。そして、こまで言われて、ずっと現実味の無い話をされていた感覚だったけど、ハッとした。
監視カメラの映像。じゃあ、僕がここ最近どんな風に過ごしていたのか、全部見られてしまったんだ。
「ごめんね。こんなの、気持ち悪いよね……普通じゃないよね…………ごめんね……。」
僕の前で項垂れて俯く彼。
僕はどうしたら良いんだろう。彼が手の内を明かしたのなら、僕も明かさないといけないのか。でもそんなことをしなくても、もう彼は全て知ってしまっているんじゃないか。それなら……。
「………それなら、全部わかっているなら、もう早く僕のことを……。」
僕の中で何かがぷつりと切れて、滝の流れのように勢いを知らない気持ちが弾けた。
「僕のことを、捨てたら良いんだよ……。」
言葉にした途端、涙が溢れ出した。はじめて言葉にして、そうするとまた恐怖が僕を襲った。今まで彼の前ではじっと耐え忍んできたのが嘘みたいに、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「そんな悲しいこと言わないで……? かずくんのことを捨てるなんて、俺にはそんなことできないし、絶対にしないよ……。」
彼は悲しく、辛そうな表情で僕を見つめ返した。痛みを感じるように、眉をひそめて。
そんな彼の言葉に、僕だって胸がズキズキと痛んで苦しい。
「だって……もう書けない。書けないんだよ……? 君にとって僕は害悪で、お荷物で、邪魔存在で、もう君の役には立てないのに……。」
耐えきれなくなってその場で泣き崩れた。涙がとめどなく溢れて、それを一生懸命拭っても拭っても、僕の惨めさは拭えなかった。
「怖かったんだ……ずっとずっと…………いつ君に愛想をつかれるか。嫌われるのか。罵られるのか。捨てられるのか……怖かった……。君は、あんなにつまらない僕の小説が好きだから……。」
すると、いつの間にかすぐ横に彼の身体があった。それでも一度流れ出した気持ちは止まらなくて、ハッキリとしない頭で馬鹿みたいに口から言葉を発していた。
「君に捨てられたら僕は行くところがない……でも君にとって僕は邪魔な存在だから…………何度も出ていこうと思ったんだ。だけど僕は弱くて、どうしようもない弱者だから、何もできなかった。君に嘘ばっかり重ねて、いつもいつも正直な気持ちなんてひとつも言えない。君を避けて、傷つけて、それでも自分のことばっかり守っていたんだ…………嫌われたくない。誰にも。失望されたくない。用無しになりたくない。要らないって言われたくない…………それなのに、書けないんだ……そんな自分が嫌いで、情けなくてしょうがない……!」
一気に吐き出してから、気がつくと彼は僕の背中を優しく撫でてくれていた。何も言わず、そっと聞き耳を立ててくれている。
そんな彼に向かってこんな自分があれこれ言って、こんな姿を晒すことが恥ずかしくて情けなくておこがましくて、耐えきれずに立ち上がった。
「……っ!」
「あ、かずくん……!」
誰にも見られたくなくて走って部屋から逃げ出した。それなのに僕はこの家から逃げる勇気がない。こんな家の中に僕の居場所なんてないはずなのに、寝室に入って、ベッドに潜って、そこに無理矢理居場所を作ろうとした。布団にくるまって、丸くなって、ひたすら泣いた。
「うぅっ……ひっく……ひっ……げほっ、うぅうぅ……!」
声を出して、しゃくりを上げて、咳き込んで、また声を出して、泣いた。頭が痛くて、心臓が痛くて、息をするのも苦しい。耳を塞いで目を瞑って、もう何も聞きたくも見たくもになくて、僕に向けられる全てのものを呪った。その全てがどんなに暖かくたって、今の僕にとっては凶器でしかない。その笑顔だって、冷たく僕の心臓を射抜くのだ。
それなのに、「……かずくん。」と優しく僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。僕の頭の上に何かが布団越しに触れて、また一段と優しい声で言った。
「……こんなにも長い間、そんなに重たいことを独りで抱え込んで、辛かったでしょ。誰にも言えなかったんだね。」
彼の言葉に、思わず布団から顔を出して、彼の手を叩いた。
「言えるわけ、ない……!」
キッと睨んで彼を見上げたのに、彼は優しく微笑んだ。
「……じゃあ、こんな俺のことは、どう思う?」
「…………こんな僕のことを、どうして好きんだろうって、思う……。」
だって彼は監視カメラの映像を見てもなお、僕が好きだと言い張るのだ。
「かずくん、俺のあの部屋を見ても……ううん。ずっと前から、俺のことを気持ち悪いとか言わないし、こうなる前は態度にだって出さなかったよね。…………俺も、どうしてこんな俺を嫌わないんだろうって思うよ。」
「あっ……うぅっ…………うわぁぁぁあっ……!」
その言葉にとうとう、みっともなく声を上げて泣いた。
そんなの決まっている。どんな形であれ、彼が僕を好いて、一生懸命でいてくれたから。こんな僕を抱きしめて、純粋に心から、好きだと言い続けてくれているから。
「あぁぁぁっ…うっ、ふぅぅっ……くぅっ……!」
それでもやっぱりこんなにはしたなく声を上げる自分が恥ずかしくて、右手の人差し指を咥えて、ギリギリと力いっぱい噛んだ。
すると、彼が僕に顔を近づけてきて、咥える人差し指を柔らかく唇で食んだ。そして、彼の熱い舌にねっとりと舐められた。
「噛まないで……ね? かずくんの手は、大切な小説家の手なんだよ。今は書けなくとも、今まであんなに素晴らしい話を書いてきたんだ。俺の宝物だよ。」
そう言って僕の右手に頬を擦り寄せると、手首を掴んで退かし、そのまま深い深い口付けをされた。
「んっ……んんっ……!」
唇を舐められ、舌を吸われ、身体がビクビクと反応するのに、涙は一向に止まらない。
「や、やだ……。」
唇だけが触れ合っていた彼の身体を震える身体で突き放すと、彼はクスッと笑った。
「大丈夫だよ。かずくんのことが嫌いだなんて一度も思ったことないよ。むしろ、俺、大好きなかずくんがみるみる離れていくのが寂しかった…………だからさ、こうしたら何も怖くないよ。ほら、おいで。」
彼はベッドの上で座り直すと、両腕を広げた。美しい彼の顔が満面の笑みを浮かべると、まるで向日葵を見ているような感覚に陥った。
僕はその向日葵のあまりの美しさに怯えながらも離れることができない、醜い虫だ。だから今もこうして、少しずつ彼に近づいていく腕を止められない。美しいものは誰にでも平等に美しく見える。僕は彼の外見だけでなく、内面の美しさにも魅了されていた。恐る恐る彼の元へ近づく僕を、彼は穏やかな表情でのんびりと待っていてくれる。そして彼の胸元にぴとりとくっつくと、静かに彼を見上げた。彼はまた微笑んで、僕を優しく抱きしめた。
「はぁー……やっと捕まえた。」
嬉しそうな彼の声。今ならちゃんと感じる。彼の暖かい温もり。何度も抱きしめられていたのに、何だか久しぶりな気がして、はじめて彼を抱き返して、しがみつくように、それはそれは一生懸命に抱き返して、僕はまたわんわんと泣き出した。
「ふふっ……よしよし。……おかえり。」
「うん……ひっく、ひっく…………ごめんなさい。ごめんなさい……。」
ごめんなさいを何度も呟いた。
「俺の方こそ、ごめんなさい。……でも、ありがとう。」
こんな僕に彼はありがとうと言ってくれた。そんなの僕の台詞なのに。これほどまでに暖かい愛をたくさん与えてくれて、僕こそが言わないといけないのに。
僕からも何か伝えなきゃいけない。でも上手く言葉が出てこなくて、ごめんなさい、ごめんなさい、と呟いていたが、意識が何か柔らかいものに包まれて沈んでいった。
目が覚めると、頭が鉛のように重かった。意識もハッキリとしないが、見慣れた天井が広がっていることは理解できた。多分、ここは寝室だ。重たい身体を細い両腕で支えながら上体を起こした。キングサイズのベッドは相変わらずとてつもなく広くて、僕ひとりでは持て余しすぎていた。
そして理解する。僕は今ひとりなんだ。
この広いベッドにひとりで寝かされていたことに、また僕の心を黒い何かが覆った。いつの間にか頬を涙が伝っていて、小さい喘ぎ声が漏れた。
「うっ……うぅっ……。」
僕はやっぱり捨てられてしまったんじゃないか。当たり前だ。どんなことを言われたって、僕が役立たずであることに変わりないんだから。
死んでしまいたい、死んでしまいたい、死んでしまいたい。
心の中で唱えた。そんな勇気もないくせに。
「かずくん、起きた?」
すると、ドアが開いて、優しく微笑むこーくんが僕の目の前に現れた。僕の様子を見て、驚いて、急いで僕に近寄ってきた。
「どうしたの? どこか痛い?」
ベッドに上がってきて、僕の背中を撫で、僕の顔を覗き込んだ。「痛い? どこが痛いの? 教えて?」と一生懸命に何度も繰り返し聞いてくる彼に、僕はここで彼に抱きしめられて抱きしめ返したことを思い出した。
「違っ……起きたら、いない、からっ……。」
目をゴシゴシと擦って、彼を見上げた。涙はまたボロボロと頬を伝う。
「そっかそっか……ひとりにしてごめんね。」
彼が僕を、あの時のように抱きしめてくれる。彼に包まれると自然と涙は止まって、僕はすっかり大人しくなった。
「やっぱり身体が熱いね。……かずくん、熱があるみたいなんだ。お粥を作ってきたから、一緒に食べよ?」
よく見ると、彼はお粥の入ったお盆をベッド横のテーブルに置いていて、手を伸ばしてレンゲでお粥を掬うと、自分の口の中に含んだ。少しもごもごしてから、僕の顎を持ち上げて、クイッと口を開かせると、口移しで食べさせた。
「んっ……ん……。」
ヒナが親鳥からご飯をもらうように、僕は受け取ったお粥をもぐもぐと少しだけ咀嚼して飲み込んだ。
「大丈夫。食べられるね。」
すると、僕のお腹が急に、ぐるるるる……と鳴った。それはようやく食べ物を口にした僕の身体の歓喜の声なのか、とても大きな音で自分でも驚いてしまった。
「ふふ、そうだよね、お腹空いたよね。……ほら、あーん。」
僕が羞恥心からお腹を擦って俯いていると、嬉しそうに笑うこーくんがまたレンゲにお粥を掬って、今度はふーふーと息を吹きかけてから僕に差し出してくれた。僕は顔を上げて口を開けて、お粥を食べた。ゆっくりとちゃんと自分で咀嚼する。
あの日食べなかったお粥。彼がずっと前から僕の体調を心配してくれていたのを、あの時の僕は無視してしまった。いや、無視をして、裏切るようなことばかりしていたのはずっと前からだ。その罪をひとつずつ噛み締めるように、お粥を咀嚼した。今回は全て平らげた。
その後に彼が渡してくれた薬を二粒飲むと、久しぶりの満足感から眠気が僕を襲った。上体を起こしたままうつらうつらしていると、こーくんが僕の背中を優しく撫でてくれた。
「きっと、今までの疲れが出ちゃったんだよ。だから今はちゃんと、ゆっくり休もうね。」
そう言って、彼のしっかりとしていて男らしい腕が、僕が横たわるの手伝ってくれる。柔らかいベッドに包まれる心地の良さの中に、やっぱり不安があった。
「こーくん……。」
今にも眠りに落ちそうな僕は、うっすらと開いた両目で彼を見上げた。彼は優しく微笑んで「うん?」と言った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
両目に、みるみるうちに涙が溜まっていって、流れ出した。掠れた声で何度も伝えた。
「大丈夫。かずくんは何も悪くない。……頑張ってくれてありがとう。」
彼だって辛かったはずなのに、むしろ今だって辛いはずなのに、こんな僕は何も悪くないと言う。頑張ってくれてありがとうと言う。彼の言葉は僕の傷口に傷薬を塗るみたいにズキズキ、ヒリヒリと染み渡った。痛みに思わず顔を顰めてしまうが、それでも確かに、僕の傷を治してくれそうだと思った。
その安心感からか、僕はすぐに意識を手放してしまった。
目が覚めると、誰の泣いている声がした。
「うっ……ひっく、ひっく……。」
「よしよし、大丈夫だからね。」
聞き覚えのある声が、優しく泣いている誰かをあやしていた。
ちゃんと目を開くと、僕はこーくんにベッドの上で抱きかかえられていて、泣いているのは僕だった。その状況に頭が追いつかなくて、思わず涙が止まった。彼を見上げると、「あ、起きた?」とにっこり笑った。
「うなされていたんだよ。」
そう言って僕をぎゅうっと抱きしめて、頬擦りした。
「大丈夫? 何か、怖い夢でも見た?」
そう言って僕の泣き腫らした目尻を舐めた。わからないけど、よく覚えていないけど、とても怖い夢を見た気がする。心臓がドキドキと大きく音を立てていて、何故か不安でいっぱいだった。前まではどんなに怖い夢を見ても内容を覚えていたのに、深く眠ることができているのか、今はちっとも思い出せない。
「大丈夫……。」
小さく言って、僕も少しだけ頬を擦り寄せた。
「そう……良かった。それじゃあもう少し寝ようね。」
彼にベッドに寝かされて、彼の温もりが離れていく。また身体を寒気が襲ってきて、不安になって彼を見上げた。自然とまた、ポロリと涙が出る。僕がどんな表情をしていたのかはわからないけど、彼は僕の気持ちを察してくれたのか、僕の隣に腰掛けた。そして、彼の唇が僕の唇に重なった。
僕の中に侵入してきた舌が、僕の口内を優しく舐めあげる。何度もしてきたはずのキスも、今はとびきり甘くて気持ち良かった。僕の不安も悲しみも色んなものを彼と共有できる気がしてしまう。
ベッドに押し付けられるように、食べられるみたいなキスをされて、熱に浮かされた頭がぼんやりとしてきた。
「傍にいてあげるから、安心して眠って良いよ。不安だったらすぐに目を覚ましてね。ちゃんと俺がいてあげる。」
こーくんの手が、僕の手を握り込み、指を絡めた。そうしてまたキスをして、眠りにつく。
次に目を覚ますと、すぐ目の前にこーくんの顔があった。彼は僕の隣で寝ていたようで、また抱きしめられていた。頭を優しく撫でられていて、そのまま彼の胸元に顔を埋めた。
「よしよし、だいじょうぶ、だいじょーぶ。」
頬を伝う涙に気付いて、やっぱりまた泣いていたことを理解した。どうして泣いていたのかは全く覚えていない。彼に何も説明できなくて、申し訳なかった。部屋の中は真っ暗で、もう夜であるようだった。
こうして、泣いてはあやされ、眠りにつくことが続いた。寒くて寒くて仕方がなかった身体も、今はただひたすらに熱かった。たくさん汗をかいて、時々こーくんが身体を拭いてくれた。その最中、身体中に吸い付くようなキスをされたが、熱で浮かされた頭はそれが何をされているのか上手く理解できなくて、されるがままになっていた。
時間も日にちも曜日もわからない。ただ長い間、そんな日々を過ごしていたようにも思うし、ほとんど寝ていたのであっという間に時間が経っているようにも感じた。それでも、目が覚めればかならずこーくんがいて、付きっきりで看病してくれていた。僕が不安になるとたくさん抱きしめてくれたし、たくさんキスをしてくれて、安心して眠ることができた。
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