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第13話 し
「高宮」
大浴場の脱衣所には衣澄だけがいた。驚いた表情で高宮をみる。普段はきっちりと制服を着ている衣澄の腰にタオルを巻いただけの姿は新鮮だった。
「衣澄・・・・」
「随分と遅い入浴だな」
「そう?」
衣澄は高宮の準備を待った。
「衣澄」
「なんだ?」
眼鏡のない衣澄も新鮮だった。ハイミルクチョコレート色のさらさらの髪がどうしても優等生のような衣澄のイメージに合わなかった。
「ごめん」
「・・・・・何が」
「分かった風なこと言って。新しく来た奴があーだこーだ言えることじゃないんだね」
さっきのことがあったらから、高宮は尚更自分の発言の軽率さを知った。
「・・・・何か、されたのか?」
心配そうに表情を歪める衣澄に胸が痛んだ。
神津のことも、されたことも、有安のことも黙っておこうと思った。無表情ばかり見ているせいか衣澄が負の方面で表情を歪めるのが高宮が嫌だった。
「ううん・・・・。何となく!」
「そうか。大事なことなら、取り返しの付かなくなる前に言えよ」
その一言で、衣澄はもしかして気付いているのだろうか、と思ったけれど確信が持てるまで言わないことにした。
「うん」
高宮は腰にタオルを巻いて、浴場に向かう。人はいなかった。湯気が立ち込める浴場は、壁沿いにシャワーの個室があった。2人は隣り合った個室に入る。
「入る部活は決まったのか」
「美術部」
「そうか。名桜高校だったか、バスケット強かっただろ。勿体無い気もするな」
名桜高校は高宮のもといたところだ。ここに来て初めて「名桜高校」を自分以外から聞いた気がする。けれど元の名前の「御崎」を聞くことはないのだろう。
「うん・・・・。でも、オレ一人で入ったところで大した戦力にはならないから」
そう言って、会話はいったん途切れた。浴場は2人には広かった。
沈黙の気まずさを打ち破るために高宮は口を開く。
「どうして人いないの?」
「ここ、昔ホテルだったんだ。部屋によって個室に風呂付きのがあってな。あとは、運動部は何時までに入って何時までに寝るって決まってるんだ。俺は学級委員の仕事で遅れたが」
もう衣澄は洗髪しているのかシャンプーの匂いが高宮の方にまで漂った。高宮の手はまだ蛇口も捻っていない。タイルに両手をつけ、内股を伝うローションに震えながら俯いた。空気を含んだ所為で白く濁っている。
「・・・・使い方、分からないのか?」
衣澄が訝しんだ表情で高宮の使っている個室を覗く。
「だ、大丈夫・・・・・」
高宮はすぐさま首を振った。そうして慌てて蛇口を捻り、頭上から熱い雨が降る。上手く誤魔化したつもりでいた。
「泣いてるのか?・・・・・・・・やっぱり寂しいのか」
衣澄の表情が綻んだ。
「そんなこと、ない」
やはり出来なかった。関わるなと言われた神津と関わってしまったこと。酷い辱めを受けたこと。そうして明後日会わなければならないこと。衣澄が関わるなと言ったのだから、衣澄を巻き込んでいいはずがない。高宮には衣澄を巻き込むことが出来なかった。
「大丈夫だよ。オレ。学校、楽しいからっ!有安さんもいるし!」
有安の名前を出すのが上手くかわせることのように感じた。けれど今は有安の名を出したくなかった。
「そうか。有安な。見かけに合わず、いいヤツだからな」
「うん」
高宮は頷いて、目の前に置いてあるジャンプーボトルを手に取った。掌に広がった白濁色にうんざりした。
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