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第14話 す

 入浴が終わり、部屋に戻る。入り口のダンボールは明日片付けようと思った。ベッドに前面からダイブし、身体を半転させ、天井を見上げる。明後日また神津に会うのかと思うと、気分が重くなった。時計は11時半。窓の外は暗い。この寮を使っている人たちの明かりか、ぼんやりと外の風景が見える。 ――関わらなければよかったのかな。  有安のことを気にしなければよかったのだろうか。けれどあの時、そんな選択肢は自分の中になかった。無邪気に笑う有安をあのまま好きなようにさせておくことが出来なかった。  頬を涙が伝った。目を瞑った。沁みた。        「ごめんね・・・・けいた・・・・・ごめんね・・・・」     ――でも、やっぱり、有安さんが無事なら・・・・それで・・・・  意識の遠くで有安の可愛らしい声が蘇る。目蓋の裏は、薄い皮膚を通してまだ明るかったけれど、身体が動かなかった。 「起きろ・・・」  高宮は目を開けた。窓から挿し込む日差しに腕が反射的に出た。カーテン買わなきゃとぼんやりと考えて、また瞳を強く閉じる。 「・・・・・」 ――そういえば誰かに話しかけられたよね?  脳内で声を再生すると、それが誰のものなのかすぐに分かり、勢いよく上体を起こしドアのほうを見る。  きちんと着こなした制服に、ハイミルクチョコレート色のさらさらの髪と、細い銀フレームの眼鏡。 「お・・・・・はよう・・・・・・」 「おはよう」 「もう・・・・・時間?」  枕元にある携帯電話のサブディスプレイに表示された時間は登校には余裕のある時間だ。 「いや、昨夜、調子が良くなかったように見えたからな。様子を見に来ただけだ」  真っ直ぐ高宮を見つめてくる衣澄に、高宮は目を逸らす。 「そっか・・・・。ありがと。学校には行けるから、大丈夫」  笑うしかない。笑って、元気だと訴えるしか。そんな高宮を見つめる衣澄の視線に気付かれているんじゃないかと思った。 「そうか。無理するなよ」  衣澄は小さく言うと、出て行った。高宮はその背中を見つめる。嘘をついているのではない。隠しているだけ。高宮はそう言い聞かせる。言いたくない。言えない。知られたくない。掛け布団を握りしめる。 ――ここのベッド、掛け布団なんて、あった・・・・・?  そういえば掛け布団はクロゼットに入っていたはずだ。照明だって消していなかったはずなのに、消えている。衣澄だろうか、有安だろうか。  高宮の目はもう完全に覚めていた。顔を洗いに行きたい。起き上がろうとすると、腰に鈍痛が走る。柔軟体操もせずに、大きく腰を曲げる体勢を長い間とっていたからだろう。そうしてその体勢のまま、自分の腕より少し細いくらいのシリコンの棒を挿入された。それを難なく受け入れて・・・・・。考えたくないと両手で両頬を叩く。  寂れた鏡に映る自身はどこかやつれているように見えた。水道と洗面器が小さいせいで顔を洗うと床に水が飛び散る。カーテン、そしてここにマットも買おう。そう思った。  顔を洗って、制服に着替える。朝食は寮を出て、校舎に向かう途中にある売店で何か買えばいいや、とエナメルバッグに放り込まれた財布の中身を確認する。500円玉が3枚ほど黒い長財布の中で光っていた。もう一度エナメルバッグに放り込んで、部屋を出て行く。 「けいた・・・・」 「有安さん」  制服姿の有安と、部屋を出てすぐにばったり会う。有安の制服はやはり小さめに見える。 「おは、よう・・・」  目の下にうっすらと隈が出来ているのが高宮には分かった。けれど、初めて会った日と同じ笑みを浮かべている。ただそれがひどく弱々しく見えるのは、昨日の記憶のせいだろう。 「おはようございます」  高宮もぺこりと頭を下げ挨拶する。有安は再びにこりと笑った。 「一緒に行こう?」  小さめのショルダーバッグを肩から提げた有安は、高宮の腕に腕を組んで歩いた。 「はい」  威圧感を与えないように高宮も笑う。歩くたびに骨がずれたような鈍痛が股関節と膝、腰に走った。もし同じことをされたら、有安の華奢で小さな身体は耐えられただろうか。そう考えるとぞっとして、いつの間にか有安を引き寄せるようにしていた。 「けいた・・・・・大丈夫?」  有安が見上げてくる。それにも気付かず有安の肩を強く引き寄せる。 ――明後日は何をされるんだろう?

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