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第19話 つ

「ひとつ言っておくがな」  食器を片付け終え、教室に戻る廊下を歩いていると、ふと衣澄が足を止めた。 「一人で食事するのが好きな奴もいる」  高宮も足を止めた。そしてそんなことを言い出す。 「え・・・・でもあの時、衣澄が・・・・っ」  頭痛を押さえるように額に手をあてる衣澄。 「お前は、あれが樋口だと分かっていると思ったんだ」 「・・・・樋口だと分かっているって?衣澄の知り合いだと思ってたんだけど・・・・?」  何を言っているの?と高宮は首を傾げた。 「・・・・・・・・。気にしていただろう。赤い首輪の」  衣澄は目を見開いている高宮から視線を外し、足元に視線を落とす。 「あの子が・・・・・?」 「おとなしくて、抗う術もないタイプはああなるんだ。クラスの娯楽になる」  抗う術、娯楽。高宮の脳裏に浮かんだのは、神津に弄ばれた光景。唇を噛み締め、拳を強く握った。心臓に衝撃が走ったように、肩がびくりと震えた。 「貴久!けいた!」    衣澄の口が開くと同時に、明るい声が2人にかかった。高宮は顔を上げた。 「有安」 「どうした~?お昼はもう食べた?」  衣澄を見る有安に昨夜の弱々しい姿はない。 「ああ。有安は」 「うん!食べたよっ」  昨夜の弱々しい姿はない。よかった、と思うと有安が高宮に顔を向けた。衣澄から見えないその表情は、無理に笑っているように見えた。忘れようとしているのか。 「けいたは何食べたの?貴久はどーせかけうどんでしょ」  甘えるように有安は衣澄の両手首を掴み、顔を覗き込む。高宮自身は女子と付き合ったことはないけれど、友人に出来た彼女とのやりとりにそれは似ていた。 「オレ・・・・・・?オレは醤油ラーメン。っていうか衣澄はいつもかけうどんなの?」 「そうだよ!学食でかけうどん以外食べてるところみたことないもん」 「有安っ。何の用だ」  いつもよりべたべたと接してくる有安に怪訝な目を向けているが、振り払う気はないようで、されるがままだ。 「用なんてないよ。いいじゃない。べ~つに」  有安の仕草が本当に、友人の彼女に似ていてカップルに見えた。雰囲気は真逆だけれど、衣澄はその友人に重なった。そして有安が彼の彼女。            「御崎、俺のカノジョ」 ――懐かしいな・・・・・。    懐かしい響きと、懐かしい声、懐かしい風景を再生させる。 「けいた」 「高宮」  衣澄と有安がじっと高宮を見ている。 「はいっ!」 「次の授業、遅れるぞ」 「帰り、一緒に帰ろっ」  衣澄と有安がお互いに顔を見合わせてから、同時に高宮に、強調するように言った。 「あ、うん、行こう!一緒に帰ろう」  衣澄と有安に頷いた。 「今日も部活休みだからさ!じゃぁね!」  一定間隔に設置された時計を見て、有安は踵を返し、手を振った。無意識なのか、それとも高宮の意識のしすぎなのか、衣澄から視線を外したときの有安の表情は悲しげに見えた。 「どうしたんだ」 「え?」  衣澄は教室に戻る廊下の先を見ていた。高宮は首を傾げて衣澄を見たが、衣澄は高宮を見ようとはしない。 「・・・・・・もといた高校の方が、やはりいいか」  衣澄の言葉に高宮は視線を落として、ふっと笑ってから答えた。 「すごいな、衣澄。・・・・・でも、そういうんじゃないんだ。いいとか悪いとかじゃなくて」  衣澄は何も言わない。 「父さんと離れることになって、こっちに来ても寮だし、母さんとも妹とも別れることになって、寂しかった。今の時期友達だって出来るか不安で、一人なら一人で生活するしかないなって思って。・・・・・・衣澄に、有安さんに会えてよかったなって思ったんだ」  離れた友人の姿を思い出して、目の前にいる新しい友人を恋しく思う。それは本当だけれど。高宮は一呼吸置いた。衣澄に何か言う気配がないのを察するとまた口を開く。 「ただ、衣澄とか、有安さんを重ねてるだけなんじゃないかなって・・・・・・思った・・・・・。雰囲気とか全然違うけど」

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