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第26話 の

  高宮の部屋のインターフォンが鳴った。 「どうぞ」  動くのもだるくて、扉に向かって声を掛ける。扉が開いて、現れたのは有安だった。 「・・・・・けいた・・・・?」  ベッドに座って、顔を上げた高宮に有安は走り寄ってきた。 「この顔・・・・・」  有安は湿布の張られた頬に手を伸ばそうとしたが、すぐに引っ込めた。そんな有安の引っ込めた手を取り、湿布に当てる。 「大丈夫だよ」  有安は顔をくしゃくしゃにして、瞳に涙を浮かべている。 「ごめんなさい・・・・・っ。ごめん・・・・・」  泣かせたくない。泣かせたくないのに泣かせてしまうのは、神津に勝てないから。神津に勝つ強さも術もないから。 「有安さん・・・・・」  有安を泣かせるのはすごく悪いことのように感じる。有安の嗚咽が胸を切り裂いていく。切なくなって、情けなくなって、不甲斐なくなってくる。 「大丈夫だから。見た目ほど痛くないから」  泣かないで。そう言いたかった。泣いて欲しくないから、守るつもりでいたのに。いずれにしろ傷付けているではないか。泣かないで、なんて言える資格がない。 「高宮、入るぞ」  衣澄の声がして、扉の方を見ると、開けっ放しの扉から衣澄の姿が見える。  有安の表情が切り替わって、高宮はすごいなと思う。 「うん」  衣澄は泣いた後だとすぐに分かる有安を一瞥したが、何も訊きはしない。 「大丈夫か。腫れが酷くなってるな。階段で転んだなら骨折している可能性もある。病院に行こう」  有安が表情を歪める。 「衣澄、部活は?」 「・・・・・・終わった」  衣澄の返答の間に、高宮は嘘だということが分かった。けれど、それが自分のためだというのを感じて、嬉しくなる。 「その顔で学校行くのか。心配されるぞ。・・・・・・階段で転んだって何度も説明する気か」 「そんな、すぐに治るわけじゃないでしょ」  衣澄は気付いているのか分からないけれど、もし知っていて気を遣っているなら、嬉しかった。高宮はふっと苦笑して衣澄に言った。 「湿布だけ貼ってるよりはいい治療があるだろう。・・・・・有安も行くか」  有安は首を振った。目は赤いし、いつもより口数が少ない。 「帰りにパフェなりアイスなり奢ってやる」  無表情のまま溜め息をついて衣澄はそう言った。 「・・・・クレープなら・・・・行く・・・・・」 「じゃぁ、行くぞ」   ――有安さんや、衣澄と居られる時間を大事にしよう・・・・ 「保険証、持てよ。学校での怪我なら学校が負担するからな。領収書もらっておけ」  ズボンに財布と携帯電話を突っ込んで、高宮は衣澄の言葉に頷く。  この学園に来る前に歩いたのを除けば街に出るのは初めてだ。けれど時間がもう6時を回り、少し暗くなっていて、数日前に歩いた風景とは少し違って見えた。  衣澄の通っているクリニックは校医らしい。寮から15分歩いたところにあり、駅からも近い。受付をして10分足らずで看護師に「高宮さん、高宮敬太さん」と呼ばれる。高宮は衣澄と有安を待合室に残し、診察室に向かった。 「貴久、どうしてボクも誘ったの」  待合室にあった液晶テレビに映るニュースをぼーっと見つめていた衣澄の腕を有安は掴んだ。 「気になるのか」  首相の会見でフラッシュがちかちかと眩しい画面から目を放さず衣澄は訊ね返す。 「・・・・・そんなに気にならないけどさ」  銀色のフレームに、テレビの画面のフラッシュが映り、ちかちかと輝いている。それから目を逸らすように有安は衣澄から視線を外した。 「高宮との間が持たないからだ。・・・・・逆だな。高宮が俺と間が持てないからだ」 「ああ。貴久、会話下手だもんね。けいたも進んでぺらぺら話すタイプにも思えないし」  納得しているようで、けれど納得し切れていない有安の表情を衣澄は横目で確認した。 「有安みたいな明るいやつが一緒にいる方がいいと思ったんだ。暗い気がするからな。最近。・・・・って言っても付き合いが長いわけではないから分からないが」 「本当は暗い人なんじゃないかなって思う。いつも笑ってるけど、隠してるだけなんじゃないかって。明るく振舞ってるけど、気を遣ってるだけなんじゃないかなって」 「どうだろうな。ただ、お前には明るいやつだと思うんだ。気を遣うとかそういうのではないと思う。お前の前ではそうありたいと思っているんではないだろうか」  衣澄は画面から目を放し、そこでやっと有安に視線を向けた。有安は俯いて頷いた。  

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