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第34話 む
高宮は翌日、学校を休んだ。空いた席を柳瀬川がじっと見つめている。
「先生」
「なんだ?」
衣澄が手を挙げて先生を呼んだ。
「いえ、あの、今日は高宮は・・・?」
チョークを黒板に当てながら、先生は顔だけ衣澄の方へ向けた。
「風邪だと聞いている」
衣澄も知らなかった。学校に来る前に高宮の部屋に寄ることは出来たが、そうする必要性もなかったから、しなかった。
「そうですか」
衣澄の視線が柳瀬川とかち合った。
「ちっ」
柳瀬川が横目で衣澄を睨むと舌打ちした。
「せんせ、俺、早退します」
胸糞悪くなって、柳瀬川は席を立つと、先生の返事も聞かず教室から去っていた。
「好きにしろ~」
教科書を見ながら黒板にかつかつと字を書いていく先生はいつものことのようにそう言った。
柳瀬川はスクールバッグを担いで校舎を出た。近くのコンビニに寄ってスポーツドリンクを買う。細かいお金がなく、お釣りを返され、そそくさと財布に入れる。コンビニの出口は間の抜けた音と共に勝手に空いた。購買にはろくなものが売っていない。
ふらふらと真っ直ぐに歩けない高宮を昨日部屋まで送ったから階も部屋の番号も知っている。話すことなんて何一つなかったし、お互いがお互いを気遣って何も話せなかった。
思い出したように掌を見つめる。高宮の出した白濁がまだ手に付着しているかのような錯覚、幻覚。頭を振って考えるのをやめた。今から高宮のもとへ行くのに、まともに話すことも、目を見ることさえ出来なくなってしまう。
インターフォンを鳴らして、応答を待つ。応答はない。
コンコンと扉を叩くけれど、反応はない。
鍵がかかっていないことを確認すると、無用心だなと思うのと同時に、ラッキーと思いながら中に入る。電気は点いていない。中に入ってすぐ見えるベッドは布団が盛り上がっている。
「高宮」
ベッドに近寄った。どうやら、布団の中で蹲っているらしい。顔も足も出さず、布団が異様に盛り上がっている。
「高宮」
盛り上がっている部分が微かに動いている。そして微かに聞こえる声。
「おい、高宮」
柳瀬川は布団を掴んで、剥いだ。体育座りをしたまま寝転んだような格好で泣いている高宮の姿が露わになる。
「柳瀬川君・・・・」
「大丈夫か?」
何と声をかければいいのか分からなかった。もともと自分が高宮を慰めていいのかも分からないでいる。
「柳瀬川君・・・・」
段々と震えてくる声音。
「・・・・・高宮」
――どうしたらいいんだろう?
眉根に皺を寄せ、高宮を見下ろす。
「・・・・・柳瀬川君・・・・オレ・・・・・」
高宮が飛び起きて、柳瀬川に向かって跳ねた。
ガタンっ
柳瀬川は後ろに飛ばされ尻餅をつく。柳瀬川の脚の間に挟まって、胸に顔を埋めている高宮。
「う・・・・・。大丈夫か?」
同じ言葉を繰り返すしか出来ない。何と言えば彼が楽になるのか分からない。
「どうしよ・・・・・オレ・・・・・穢い・・・・」
鼻を啜りながら、嗚咽を漏らしながら、涙を流しながら高宮は柳瀬川の胸に収まっている。
右手を出してみる。そっと髪を撫で付ける。
「オレ・・・・・穢い・・・穢いよっ柳瀬川君・・・・」
「高宮は綺麗だよ」と言って否定すべきなのか、「そうだね」と肯定するべきなのか。
「どうしてオレなんだよっ・・・・なんで・・・・」
ぎりぎりと胸の内側が痛んだ。心臓を握られたような。
非力だ。何も出来ない。
「助けて・・・・怖い・・・・・」
身体が震えているのが分かった。身体が冷たいのも伝わってくる。
「高宮、とりあえず、ベッドに横になれ。体調が悪いから鬱なんだ」
適当な理由をつけ、高宮を起こす。
「・・・・・うん・・・・・」
ベッドにあがって、横になる高宮に布団をかけてやる。
「咳は出るのか?喉は?」
「オレ・・・・・風邪じゃない・・・・」
「・・・・仮病か?だるい?」
「学校に行きたくない・・・・・」
目を瞑った眦から涙が零れた。
「・・・・・・そうか。そうだ、これ」
スポーツドリンクを高宮の枕元に置く。
「ありがとう」
「風邪じゃなくても、身体に負担はキテるんだろうから、寝ろ」
「寝られない。寝ると、襲われる・・・」
高宮が頭を振った。
「昨日今日って寝てないの?」
頷きが返ってくる。柳瀬川ががりがりと髪を掻き乱した。
「襲われないと思えば襲われないから寝ろ。マジ悪化するって」
「でも・・・・・」
「しっかたねぇな。音楽聴こう。そのうち寝られっから」
胸ポケットから愛用している携帯音楽プレーヤーを出し、耳に引っ掛けるタイプのイヤホンを片方高宮の耳につけてやる。
「高宮は、ジャズ好きか?」
また頷きが返ってきた。
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