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第37話 や side Yanasegawa

 神津と衣澄と桐生は幼馴染みだった。けれど神津はある事情で、初等部の低学年の頃に引越して、2人から引き離されてしまったのだ。  俺が神津とツルむようになったのは、神津が転入してきた中等部2年のとき。突き放したような態度や、大人びた言動に強く惹かれた。最初は俺も神津には受け入れてもらえなかった。無視さえされていた。けれど、この頃から神津と同等の頭脳を誇っていた衣澄が俺のいとこだと知ると、初めて神津は俺を見た。  神津は同じ学園内にいた桐生や衣澄と絡もうとはしなかった。むしろ隠れているようで、幼馴染みなのにどうしてだろうと俺は不思議に思っていた。衣澄と桐生はよく一緒にいるのに、と。  中等部3年になって、神津は有安という俺から見ても可愛いと思う男子生徒に興味を持っていた。有安にはいつも衣澄が傍にいた。そして桐生も。衣澄が、というよりは、有安や桐生が衣澄にくっついているようだったけれど。衣澄と一緒にいる有安を見つめる神津を、俺はよく見ていた。  寮に戻ると、桐生がいた。苦そうな、変な匂いの充満する、よく知った神津の部屋で。縛られたまま、口にガムテープを張られ、裸で。 「なに、してるの?」  カメラやビデオカメラが置いてあった。フローリングの床には粘りけのある水溜り。  部屋の置くにはカッターナイフを手にして座り込む神津がいた。背後から覗き込んだ。左腕に無数の蚯蚓(みみず)腫れと赤い歪なライン。彼には自傷癖があったのだ。 「こいつが来た。有安君が来るはずなのに!」    神津と衣澄と桐生は幼馴染みのはずだ。どうして。 「・・・・・裏切りだ!」  いきなり神津は叫びだし、俺に肩をぶつけるような勢いですれ違い、縛られたままの桐生のもとに歩み寄った。 「死にたくなかったら衣澄に近寄るな!お前は俺のもんだっ!」  左腕からぼたぼたと血を滴らせ、神津は叫んだ。俺には何が何だか分からなかった。ただこのとき、桐生はすでに犯されていて、神津には自傷癖があったということだけが分かった。  怖がるように身を震わせ、桐生はこくこくと頷いた。 「はははははは!十夜は俺のもんだ!貴久には渡さない!絶対に!」  学校で見る神津は、そこにはなかった。狂ったように笑い、狂ったように自らの腕を切る。冷静で寡黙で知的な神津はなかった。 「神津・・・・?」 「有安じゃなくて、十夜が来たんだ!十夜が俺を選んだんだよ?貴久に別れを告げろ!」  左腕の出血など気にすることもなく、神津は、ぐりんと首を回転させ、俺を振り返った。  この先のことはよく覚えていない。覚えているのは、監禁されていたということ。「お前は貴久をどうにかするための材料に過ぎないんだよ」という一言に大きく傷付いていたこと。飢え死に直前まで追い詰められていたこと。暫く学校を無断欠席していたこと。そして、俺の解放される条件が「貴久が十夜に近付かないこと」というおかしなものだったということ。俺が解放された。それが意味していることを後から知った。    それから神津はもう一切有安に興味を示さなくなった。けれど桐生を着せ替え人形のように遊んだ。恐怖だった。狂気だった。けれど俺は神津から離れられなかった。放しておけなかった。この感情が何だったのか分からない。一番近いなら母性本能かもしれない。  桐生を痛めつけるたびに、俺に罵声を浴びせるたびに、衣澄の愚痴を零すたびに、神津はまるでお仕置きのように左腕を切る。見るも無残な皮膚に俺は止めたけれど、神津は切らなければ気が済まないようで、その凄惨な腕に傷が増えるのを見つめるだけだった。    そしてそのまま高校に上ってしまった。桐生と衣澄の関係も修復されないまま。  高校受験で、新規で入ってくる奴等が多かった。その中に、樋口はいた。  樋口の出身中学校と同じ輩がいたせいで、彼の高校生活もまた泥沼。いじめられ、からかわれる高校生活が続いたのだ。  樋口は、「友達」という甘い言葉にまんまと騙され、俺等についてきてしまった。彼に待っていたのは、先輩、OBの性欲処理の相手だった。  神津とよくツルんでいるせいで、いじめられることはなくなったけれど、神津自身から笑いものにされ、今もまだ肩身の狭い高校生活を送っている。

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