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第38話 ゆ side Yanasegawa

 高等部1年の7月、桐生に彼女が出来た。俺だけが知っている。桐生の彼女は俺の実家の近所の子で、幼馴染みだからだったからだ。桐生は俺に話しかけてきた。それが今までで一番会話らしい会話だった。桐生の彼女、俺の幼馴染みの増山深里が、桐生に俺の話をしたらしい。派手さはないけれど、素直で可愛らしい子だ。 「この学校に幼馴染みがいるって言ってたんです」  初めて俺に向けられた俺だけの言葉、声はきれいだった。きっとこんな関係じゃなくても、桐生は俺に言ってくれただろうか、と思った。支配者の友人と、奴隷なんて関係じゃなくても。  桐生に彼女がいることを神津が噂で知ったとき、神津は鬼のような形相で桐生を犯し、痛めつけた。他の友人も集めて、輪姦した。神津がそういえば、桐生を痛めつけてはいたけれど、犯しているところはあれ以来見なかった。  俺はその場にはいなかったけれど。    俺がそこに行ったとき、床は汚れたままで、身体も汚れたままで、彼は泣いていた。裸のまま。あの多目的室で。  開きっ放しに転がる携帯電話。メール画面。増山深里。彼女からのメール。俺の幼馴染み。   ―――― From 増山 深里 sub Re: File 添付なし ―――― わかった。残念だけど、仕方ない ね。今までありがとう○楽しかっ たよ。  『ありがとう』のあとの、笑った顔文字が悲痛で、自分は何をやっているんだろうと思った。  きっと、別れのメールなんだろう。そんな気がした。  素直なあの子はどんな顔で、どんな気持ちでこのメールを打ったのだろう。そして、それに俺が関わっていると知ったとき、あの子はどんな風に俺を罵るだろう。あの優しい声で。 「桐生・・・・・」 「まだ・・・・抱くんですか・・・・」  涙を溜めた瞳で俺を睨みつけてきた桐生の姿を俺は忘れないだろう。 「俺は、お前を抱かない。絶対に」  俺が男でもいけたなら。こいつの恋人が俺の幼馴染みでなかったら。きっとこんなことはしない。 「処理、出来るのか」  桐生は首を振る。 「出来ないよな。とりあえず、中身、掻き出さないと」  嫌だ、という意味なのだろう桐生は首を振った。 「腹、壊すから」 「でも・・・・・嫌です・・・・できませっ・・・・・・・・・」    プライドなのだろう。彼なりの。神津に痛めつけられ、遊ばれ、衣澄から無視され、衣澄を無視する学校生活の中で、彼なりに守ってきたプライド。俺はバカかと、自分の頬を軽く叩くと、桐生の強張った身体に触れた。 「お前が出来ないなら、俺がやる」  桐生を四つん這いにしてやると、彼は自分の腕に顔を埋めて泣いていた。  初めての後始末のやり方はよく分からなかった。男の体内に指を入れるのも、男が吐き出したものに触れるのも、正直きつかった。けれど、桐生の負った傷を考えると、そうも言ってられなくなった。  ハンカチを出して、腹部に飛び散った白濁を拭き取る。自らも出してしまったんだろう。それを「変態」だのなんだのと罵られて。ナカに出されて男の矜持を傷付けられて。 「たか・・・・・ひ・・・さ・・・・」  胸の中で呟かれた名前は、俺のものではなかった。  ああ、なるほど。俺は冷静だった。神津も桐生も、本当に心を占めているは俺じゃない。俺のいとこだ。俺のいとこの、衣澄貴久だ。  神津と衣澄と桐生は幼馴染み。分かっている。分かっているんだ。    自然と細く白い身体を抱きしめてしまう。  何も出来ない。神津には逆らえない。逆らおうと思えば、逆らえるのに、それが出来ない。監禁時に刻み付けられた恐怖と、神津への同情心から。 「ごめん」  ごめん、としか言えなかった。衣澄に、桐生より俺を選ばせてしまった。俺が神津と関わらなければよかったのに。  今後も神津の暴行は続くのだろう。それならせめて、俺は桐生を見守ろう。  静かな多目的室に嗚咽が響いた。

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