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第43話 A

*** 「な~に浮かない顔してんだよ」  自室に入ると、ルームメイトの天城がテレビを見ながらポテトチップスを食べていた。 「浮かない顔なんかしてたか、オレ」  柳瀬川は苦笑いして天城を見遣る。天城はそんな柳瀬川を特に気にする風でもく、ポテトチップスを口に含んで、画面に視線を戻す。バラエティ番組の音声だけが場を包んだ。 「別に。おかえり」  遅れたタイミングの言葉に軽く「ただいま」と返すと、柳瀬川は自室に向かった。  この部屋は共同のリビングと、2人分の部屋が分かれているため、2人部屋になっている。  勉強机とセットになった黒い椅子に座ると、有安の言葉を反芻する。自身でも思っていたことだから尚更、強く印象付けられ、頭から離れずにいる。ただ1つだけはっきり分かったのは、神津とは離れるべきなのかもしれない。もしくは、神津を止める。「衣澄のいとこ」というだけでしか神津といられない自分なのだ。けれど明らかに神津にへつらっている取り巻きとは違う。神津を止められるのは自分しかいないのかもしれない。  柳瀬川の手は携帯電話に伸びた。アドレス帳の「神津 昴」を探す。電話を掛けた。呼び出し音が耳に響く。 『なんだ・・・・』    呆れたようなうんざりしたような声が電話越しに聞こえた。さらにその奥では、聞き慣れた音がする。肉と肉がぶつかる音と、喘ぎ声や吐息。いつもと違うのはその高さ。 「・・・・・お取り込み中かよ・・・。掛け直す」  神津が何をやっているのか理解できた。週に1度くらいの頻度で隣の市にあるお嬢様高校の生徒を選んできては抱いている。 『構わない。・・・・・なんだ?』  神津の声は単調だった。興味があるわけでもない。彼が自分になど欠片も興味がないことを知っている。 「俺が嫌なんだよ。また・・・・な・・・・・」  通話を切った。性行為中にする話でもない。今神津と行為に及んでいるのはおそらく合意の上でだ。柳瀬川も何度か女生徒の方から誘われたことがある。断ってしまったけれど。       まだ、初めては好きな女がいいとか、乙女みたいなこと言ってんのか。    神津の言葉が脳裏で再生された。そうして、馬鹿みてぇと呟いた。        そんなんじゃ・・・・なく・・・て・・・・・。     誰とでも身体を繋げることに嫌悪を感じていない神津が怖かった。近くにいて、遠くにいるような存在な気がして、訳の分からない感覚に怯えた。人工的な甘ったるいお菓子のような匂いと、愛されたいがためなのか演技がかった声に抵抗があった。  どうして神津と一緒にいるのか。それは言葉では表せない。神津とはよく一緒にいる。仲が良いわけではない。仲が良い友人なら、天城をはじめ、他にもいる。けれど柳瀬川はそれでも神津といることを選んだ。   ――おそらくは・・・・・・・  思い当たる節がある。柳瀬川は肩甲骨の辺りがむず痒くなった。携帯電話の表面をじっと凝視し、親指で数度撫でた。指紋が表面を走った。  殆ど覚えていない記憶を手繰った。コマ撮りのような光景が脳裏を過ぎるだけで、何も思い出せない。ただ思い出せるのは空腹と恐怖。真っ暗な部屋の中で縛り付けられ、神津の幼い顔を見上げたこと。 ――思い出した  背中のむず痒さを。どうして神津に従ってしまうのかを。  柳瀬川は上着を脱いだ。そうしてシャツも脱ぐ。随分前に買った全身鏡の前に立つ。    ガチャ・・・・

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