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第45話 C

*****     西園寺はただ溜め息をついた。顧問に練習を中断し、呼び出されたのだ。レギュラーから外す、とただ簡潔に言われ、テニスコートを自由に駆け回る後輩を見回す。ガットに蛍光黄色の球が当たると耳に心地良い音が聞こえる。それをBGMに、顧問の言葉をただ呆然と聞いていた。 「・・・・・・・・・・・・・・分かり、ました」  すぐ近くのテニスコートの白いラインに視線を落としたまま顧問の言葉に適当に頷いた。  本当に、悪かったと思っている。 「いい、・・・・んです。・・・・ありがとう、ございました」  眼鏡を掛けた「若ハゲ」と呼ばれているその顧問の先生はニックネームのとおり年齢は30代だが髪が薄くなり始めている。 若ハゲは真新しいスコア表を見つめ、西園寺に申し訳なさそうに言った。  普通ならこの時期にレギュラーを外されると、おそらくそのまま引退だろう。けれど西園寺にはそれはどうでもよかった。西園寺だけはとある事情で部活を続けることを許されている。     すまん・・・・・ 「いえ・・・・・、正部員が、引退試合に出た方がいい、ですから・・・・・」  テニス部員が少なかったために幽霊部員として部活に参加していたが、大会で勝ち抜くと正部員のように練習した。けれど後輩が多く入ったために、西園寺の枠にどうしても正部員が入れずにいた。 「もう、毎日、部活に出なくて、済むんですから・・・・」      そう言うなよ。・・・・・楽しかっただろ? 「はい。・・・・・・とても・・・・・」  そして西園寺は小さな紙を若ハゲに手渡した。退部届けだ。若ハゲは、はっとして西園寺を見た。 「レギュラー・・・・・・落ちが、理由というわけでは、ありません」  西園寺も若ハゲと目を合わせた。小麦色の肌と感情のない漆黒の瞳。艶やかな黒い直毛。前髪は長く、爽快、という印象の正反対にある。          前から考えていたのか? 「はい・・・・・・。テニスは楽しい、です。ですが・・・・・」  西園寺は口を噤んだ。そして後輩たちと、たった一人の同級生を見つめた。彼がテニス部に誘ったのだ。ダブルスでは後ろを気にせず任せられる唯一のペア。 「俺が抜ける穴は、・・・・・すぐ埋まりますから・・・・・」  コートを駆け回る若い後輩たち。シャツが翻って腹部がちらりと見えた。       だから、そういうこと言うな。俺にはお前の退部を止められないが、またテニスしたくなったら、来いよ。  若ハゲはデルタの記号の形をした目で情けなさそうな笑みを浮かべた。  西園寺は若ハゲに一礼すると、テニスコートを囲うフェンスから出て行った。

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