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第46話 D
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衣澄の看病のおかげか高宮は精神的にも身体的にも少し楽になり、学校に向かった。教室には数人もう登校したクラスメイトがいる。
「高宮、おはよ」
柳瀬川を中心に談笑していた輪から挨拶が飛んでくる。高宮も、おはよう、と笑って返した。衣澄は朝練でまだ来ておらず、有安も週番で高宮より早く寮を出た。
高宮は席に荷物を置くと、教室の入り口に小柄な男子が立っているのが見えた。
「高宮くん!おはよう!」
毛先がウェーブした可愛らしい生徒は嬉しそうに笑って高宮に手を大きく振った。
「ユウ!おはよう!どうしたんだよ?」
高宮も笑って、樋口のもとに駆け寄った。途端にクラスの雰囲気がおかしくなったのを感じ取るが、気にしなかった。
「高宮くんに、会いたくて・・・・」
きらきらした大きな瞳。小動物のようで愛でたくなる。
「まだ、赤いな」
高宮は屈んで目線を合わせると樋口の顔の右側が赤い。
「えへへ大丈夫だよ」
まるで有安のようで、意識しないうちに手が伸びた。
「高宮くんの手、冷たい」
高宮の手に樋口の手が重なる。樋口の手は温かかった。そしてごめん、と謝った。
「今日は、学食?」
樋口は自身の顔から高宮の手を剥がすと、指などをなぞったり、摘まんだりして弄ぶ。
「う~ん。衣澄しだいかな~。俺が衣澄についていってるだけなんだけど」
衣澄が学食に行くかどうかによって高宮も何を食べるのか変わる。それを伝えると樋口の表情は曇った。
「ユウは学食?一緒に食べるか?」
多分衣澄も嫌ながらないと、思う。高宮はそう思いながら、不機嫌そうな樋口に訊ねる。樋口は首を振った。
「衣澄くん、・・・・・苦手なんだ・・・・」
しゅんとした樋口に高宮はおろおろしながら、「じゃぁ、今日はユウに付き合うよ」と言った。
「ほんとにっ!?嬉しい!」
樋口はぴょんぴょんと跳ねる。
「な に か 嬉 し い こ と で も あっ た の か ?」
心臓が一度ありえないくらいに膨張した気がした。樋口の頭の上に手が置かれている。夢でもみているんじゃないかという浮遊感を覚える。短髪と凛々しい顔立ち。その隣にはCGで作られたような美しい男子生徒。
「こ、神津・・・くん・・・・・・」
絶望を映した樋口の大きな目。高宮はその絶望だけを見つめ、神津自体を見られない。
「そっちも元気そうで、何よりだ」
嫌味の籠もった口調が突き刺さる。誰に言っているのか拒んでも分かってしまう。目を泳がせ、やっと神津の隣にいる美少年を視界に入れられた。いつの日か廊下で見た黒髪の美少年。表情のない凍ったような顔で高宮を見つめた。身長は同じくらいだ。
「・・・・じゃ、また近いうちに」
びくっとしながら神津の言葉を耳に入れた。「近いうちに」。言葉の綾だろう。高宮はそう願ったけれど、別れの挨拶一言で身体が重くなった。
「――た。――いた」
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