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第47話 E
「けいた!」
肩を叩かれて、現実に引き戻される。耳に心地良い男子にしては高めの声が響く。
「有安さん・・・・・」
小さくなっていく神津と美少年の背中を有安は睨んでいる。
「ごめん、僕、行かなきゃ・・・・」
俯いた樋口が高宮を見た。さきほどの楽しそうな表情はもう微塵もない。愛想笑いして、小さな背中を見せた。有安は樋口の背中を見て、それから高宮に向き直る。
「・・・・・仲、良いの?」
いつもよりトーンが低い。高宮はえ?っと聞き返した。
「樋口と、仲良いの?」
怪訝な顔をしている。高宮は眉を顰め頷く。何か問題でもあるかのような有安の表情に胸がざわつく。暫くの沈黙が流れ、それから有安がにこりとした。
「そっか。気に入られてるんだね。ところで、昼、もう予定入ってるかな?」
有安の反応は高宮が心配していたこととは違った。
「ごめん!ユウ・・・・と・・・・」
顔の前で両手を合わせ謝る。
「な~んだ。じゃぁ衣澄とデートしよ~」
有安は両手を後頭部に当てる。いつもの有安の、自分を同情するかのような、申し訳なさそうな表情が今日はない。衣澄に向けている視線と同じものを高宮によこした。
廊下もだんだん人通りが多くなり、様々な生徒から有安は挨拶され、挨拶し返す。有安は人気のようだ。性格がよい。外見もよい。外見も・・・・・。
「あの神津の隣にいたの、誰?」
高宮は1つ気になったことを訊ねる。神津の隣にいた、美しい黒髪の生徒。2人が交わっているのをこの目で見たことがある。
「桐生十夜。綺麗、だよね・・・・」
有安は笑ってそう言った。
「とおや?」
「そ、きりゅうとおや」
――どっかで聞いたこと、ある・・・・・・・・
「かっこいいし、綺麗だし・・・・」
有安の言葉の最後は静かに消えていく。有安のような子も劣等感を感じているんだろうか、と高宮は思った。
「さぁてと、1時限目の用意しよー。じゃぁね、けいた」
有安に手を振り、高宮は席に戻った。
「とおや」。ありふれた名前だ。テレビや漫画で見たのだろうか。さらさらの長めの黒髪。にきびやほくろのない白い肌。顔立ちも綺麗だった。体格や輪郭で男性だとすぐに分かるが、顔立ちだけなら女性的すぎない女性のようにも見える。無表情か、犯され乱れ、喘いでいる姿ばかりで笑ったところは見たことがない。
「高宮」
背後から肩に手を置かれる。声で誰だかはすぐに分かる。
「衣澄。おはよ」
振り返る。
「おはよう」
衣澄の顔を見ようとしたその瞬間、既視感に襲われる。今より前に、今と同じ光景を見た。そしてそれが、衣澄からメールアドレスを貰ったときのものだと思い出す。
「衣澄、桐生十夜って人知ってる?」
衣澄から聞いた名前だ。メールアドレスに108と入っていて、誕生日なのかと訊ねた。そのときに衣澄は人の名前を答えた。高宮は眉を顰める。衣澄の表情が歪んだからだ。
「衣澄?」
「何故、お前は彼を知っている?」
声を発さない衣澄にじれ、高宮は急かすように名前を呼ぶ。考えているように目を泳がせるとやっと高宮に目を合わせる。
「なんで・・・・って・・・・・。有安さんから聞いた・・・・。神津と一緒にいたから・・・・」
「そうか。もう誰が神津か、分かるんだな」
「うん」
「桐生の話は、もう俺の前でも、有安の前でも、あまりしないでくれるか」
衣澄の声は落ち着いていた。高宮は言葉の意味を理解すると、え?と聞き返した。衣澄の言いたいことと自身が理解していることは食い違っているのではないかと高宮は思った。
「仲、悪いんだ」
有安の態度はそんな風ではなかった。何か憧れるような、懐古するような。
「頼む」
それならどうしてアドレスに名前が入っているのか、訊こうとしてが、そうもできそうになかった。衣澄の肩越しに柳瀬川がやってくるのが見える。不機嫌そうな表情が衣澄に似ている。
「・・・・・・ごめん」
高宮は短く謝った。柳瀬川が近付いてくる。衣澄を通り越して、柳瀬川の手は高宮の二の腕を掴んだ。衣澄はそれをじっと見ている。
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