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第48話 F
「樋口には関わらないほうがいい!」
柳瀬川からはミントの香りがしたような気がした。クラスで一番仲の良い人と同じ匂い。高宮の聴覚は機能していなかった。そのときは嗅覚だけが働いていたのだろう。いや、柳瀬川の言葉を拒否したのだろう。クラスの空気が凍てついた。しばらくはその空気が理解できなかった。しーんと静まって、両隣のクラスの喧騒が聞こえる。
「昼・・・・行くなよ・・・・・」
柳瀬川の手に力が籠もる。
「なんで、そんなこと、言うんだよ・・・・・?」
食堂で彼は1人で昼食を食べていた。誰も近寄らず、1人で。一度だけ見た光景が脳裏に焼きついている。
「樋口は、神津のだ・・・・・!」
まるでこの言葉を言うことを、柳瀬川が一身に引き受けたかのように感じた。クラスメイトたちは高宮と柳瀬川に注目している。
「だからって、1人にしておくのかよ!?」
赤い首輪をつけて嘲笑われていたのも、強く印象に残っている。
「神津が手を出したやつに関わるのは、賢明ではない」
質問に答えたのは柳瀬川ではなかった。高宮は困惑したように、柳瀬川は驚いたように衣澄を見た。
「ちょっと・・・・衣澄まで・・・・・・」
「まぁまぁまぁ。高宮くんまだ転入してきて日が浅いんだから、ちゃんと説明しないと・・・・」
ぽっちゃりしたロボットアニメヲタクの生徒が手を挙げてそう言った。
「・・・・・・・自分の目で見て、味わった方がいいんだろうな」
周りのやつが高宮ににじり寄った。柳瀬川が肩を強く押さえ込んで、衣澄がただ見つめている。昨日まで同じ空間で授業を受けていた人たちが、ジャケットを、スラックスを、ネクタイを引っ張る。
「嫌っ!やめっ・・・・!」
首筋を生温かい柔らかいものが這う。耳朶をぬめりとしたものが包み、息が吹きかけられる。
「うっわ~。ないわ~」
乾いた音がするとワイシャツのボタンが吹き飛んで、胸板と腹筋が露わになった。ぺたぺたと汗ばんだ手がパニックホラー映画のように伸びて、肌に触れた。
「助けて、柳瀬川くん・・・・・!」
柳瀬川は冷たい目をして高宮を見下ろした。まるでそうされて当然というような表情で、口元は冷たく笑っていた。
「衣澄ぃっ!」
スラックスが脱がされながら、高宮は衣澄を見上げた。高宮を見下ろしているのか、俯いているのか分からず、罪悪感の混じった表情だった。
「高宮くん、いいカラダしてるな~」
「肌きれーだ」
顔を知っているのに、知らない相手が高宮に牙を剥く。ベルトが外され、スラックスのジッパーが下ろされ、引き摺り下ろされる。新しめのトランクスが現れる。
「はははははははっ!!!!!!」
全ての顔が、狂ったように笑い出す。感覚のない感覚。転校して数日、慣れてきた顔が恐怖に変わった。
「あーっはっはっはっはっはっは!!!!」
知っている顔たちが、笑い声を上げる。
「俺に、逆らうなよ」
全ての顔が、神津だった。
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