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第49話 G
視界に広がったのはオフホワイトに溝で模様が施されている。鼻についたのはアルコールの匂いだ。
高宮は上体を起こす。くらり、と頭が大きく揺れる。ベッド下に自身の名が書かれた生徒用のサンダルがそろえてあった。抗菌作用があるらしく、学年別で色が違う。ネームプレート代わりのようだ。赤、青、緑がある。今年の1年が緑、2年が赤、3年が青。
「だ~いじょうぶか?」
クリーム色のカーテンをめくると、あまり関わりはないけれど夢に出てきたクラスメイトが菓子パンを食べながらプラモデルを組んでいた。体温計や、報告書のプリント、ガーゼ等が置かれたプラスチック製のテーブルは、プラモデルの型や枠が散乱している。そのテーブルと垂直に接しているPCデスクでは保健の先生だろう大人がキーボードをいじっていた。
高宮は2人を交互に見遣る。
「君は・・・・確か・・・・・」
「辻本。地味グループにいるから別に覚えておく必要ないよ」
ジャケットの下に薄いグレイのパーカーを着ていることで、印象はあった。
「え・・・・ごめん・・・・」
卑屈な言葉なのに、軽く言う辻本に高宮は申し訳なさそうに謝った。
「早退するかー?」
保健の先生と思しき先生がパソコンのディスプレイから顔を上げ、高宮を見た。顔立ちは若く20代後半といったところだが、黒髪のなかで白髪が多い。童顔なのだろうか。
「いいえ・・・・。あの・・・・?」
「貧血、だろうな。昨日欠席してたんだって?これ終わったらちょっと出張行くがどうする?」
再び視線をパソコンのディスプレイに戻し、カタカタと音をさせながら保健の先生は訊ねた。
「もうちょっと休んでいきます」
「じゃぁ、僕は帰るよ」
高宮の返事を聞くと辻本はテーブルの上に散らかしたプラモデルを小さめの箱にしまっていく。
「ああ、保健委員さん、おつかれさん」
かったるそうにこの保健の先生は話す。
「じゃぁね。ばいばい」
辻本はプラモデルが入った箱を抱え、保健室を去っていく。
「んじゃ俺も。ま、放課後に日直がくるから適当にやっといて」
白衣をなびかせ、保健の先生は立ち上がり、書類を雑に集める。
「・・・・はい・・・」
白髪が多い頭を掻き乱し、だるそうに保健室を出て行く。その背中を見届け、大きく溜め息をつく。一番最後の記憶は衣澄の肩越しに見た柳瀬川。でもそれは夢の一部のような気もする。
クラスメイトの顔がすべて神津になっていて、高笑いしながら見下し、脱がされる。夢でよかったと胸を撫で下ろし、まだ自身の温もりが残るベッドに寝転がった。けれど眠気は起こらない。校庭で体育をしているクラスの音が聞こえる。保健室のある廊下は裏校舎の1階で暗く、生徒もあまり通らない。
やることもなく保健室に置いてある本棚を漁った。女子の月経の本、うつ病の本、筋肉の本、食事の本、自殺の本、女子の身体の本、男子の身体の本。女子の本に手を伸ばしかけ、その手は食事の本に伸びた。光沢のある紙質に様々な野菜が載っている。緑黄色野菜一覧と書かれ、β-カロテンを多く含む野菜と書いてある。次のページをめくると淡色野菜の説明が野菜の写真とともに書かれている。カロテンの含有量による区別で外見の色彩の区別ではないそうだ。次のページには野菜の調理法が書いてある。数ページをぺらぺらととばしていくと、「5色の食材」と大きく書かれたページに辿り着いた。赤・黄・白・緑・黒に分類される食品をバランスをよく摂取するのが大切だという内容だ。
――懐かしいな・・・・・・。
もともといた高校で所属していたバスケットボール部は全国区で、顧問の先生からは食事の面でも注意を受けていた。ジャンクフードは控えめに。ビタミンとミネラルを重視しろ。食後はクエン酸を摂取しろ。顧問の先生は保護者会まで開いて食事についての講義をしたらしい。母親には頭が下がった。
脂肪の少ないたんぱく質って何かしらね?
休日に父親と話し合いながら買い物に行く母親をふと思い出した。そうして離婚したこと、だから今ここにいることを高宮は思い出した。
結局は1年のときの大会では準決勝で敗退してしまったけれど、今年はどうなるだろう。今年は優勝までいくだろうか。既に美術部と書かれて判子も押した入部届けの存在が頭にちらついた。もしかしたら名桜高校と当たるかもしれない。でも、当たらないかもしれない。名桜高校の選手なら上位まで来られるという確信はあるけれど。
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