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第53話 K

「すみません・・・・」  カーテンを開けて、控えめに高宮は姿を現した。プラスチックのテーブルで柳瀬川がソーセージの入ったパンを食べていた。ビニールが潰れる音というのは、パンの包装だったようだ。 「おーおー。調子はどうだー?」  保健の先生は廊下側ではないほうの、外に通じるほうの扉を開けて煙草を吹かしていた。 「りょ・・・・良好です・・・・・」  腰がずきずきと疼いた。歩くにも股関節が軋んで痛い。しかしそれを言うわけにはいかない。 「そうかー」 「先生は・・・・出張だったんじゃないんですか?」 「お前の調子がおかしいって連絡があったから帰ってきたんだよ。ま、くだらねぇじじいの講義聞くよりいいけどな」  長身の白衣。白髪混じりというより寧ろ黒髪混じりというほど白髪の多い髪。長い指に細い煙草。高宮は絵になるな、と思いながら日光を浴びる保健の先生を見た。 「小田桐先生はちょっとアウトローなんだよ」  ソーセージパンを食べている柳瀬川を一瞥して、時計を見る。昼休みの時間だ。思い出した。 「ひぐっ――」 「おーっと。樋口のことは大丈夫」  柳瀬川が保健室から出て行こうとする高宮を止めた。 「保健室で寝てるって言っておいたよ。・・・・大丈夫だ」 「・・・・・・ありがとう。・・・・・・あの・・・・・・」  柳瀬川とベッドを交互に見遣る。それから保健の先生を見る。 「小田桐先生、ちょっとミントガムの強いの買ってきてくれません?」  柳瀬川は高宮の妙な様子を察すると、小田桐と呼ばれる保健の先生に声を掛けた。長くなった灰を携帯用灰皿に擦りつける。 「煙草が切れたんでついでだぞ」  小田桐は白衣を椅子に掛け、足早に去っていった。 「あ・・・・えっと・・・・」 「小田桐先生は、俺が一番つらいときに、一緒に居てくれた。俺が一番悲しいときに、一緒に居てくれた。あの人なら大丈夫だよ。漏らしたりしない」  話をどう始めていいか分からず、高宮は目を泳がせた。柳瀬川が食べ終わった包装をゴミ箱に投げ入れた。 「・・・・・でも、出来れば俺も表沙汰にしたくない」 「頼まれてるって・・・・・言ってた・・・・」  柳瀬川の言葉を遮るように高宮は言った。けれど言葉が続かない。 「・・・・・・」  柳瀬川は立ち上がり、高宮を抱き締める。躊躇いもなかった。ただ黙って力強く。嗅ぎ慣れたミントの匂いがする。夢の中で嗅いだ気になっていた匂いとは違う、本物のミントの香り。安心した。高宮も柳瀬川の背中に腕を回す。高宮の身長は平均ほどはあるが、柳瀬川は180を越える長身だ。 「ビデオ・・・・・撮られて・・・・・」 「ビデオ・・・・・?・・・・・誰にやられた?」  柳瀬川の声は低かった。 「おぎ・・・・・ど・・・・・」 「・・・・・荻堂先輩?」  高宮が頷くのを胸の感触で確かめる。 「・・・・・あの人か。・・・・・・分かった」  柳瀬川はぽんぽんと高宮の背中を叩いた。 「シーツとか・・・・・は・・・・?」 「嘔吐したってことになってる。洗ってるよ」  騒音のしない最新式の洗濯機が静かな音をてて稼動している。 「俺・・・・・・これから・・・・・・・どうなるんだと思うと・・・・・・」 「ビデオ・・・・・・。そっか・・・・・・・・」  柳瀬川は高宮を放す。 「分かった。高宮、授業には戻れそう?それとも寮に帰る?」 「・・・・・寮に・・・・・戻るよ」

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