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第56話 N
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ピンポーン
勉強机で携帯電話のカメラ機能で撮った思い出の画像をじっと見つめているとチャイムが鳴った。溜め息をついて玄関に向かい、扉を開く。
「西園寺さん・・・・・」
西園寺が紺色のTシャツに3本線の入った紺色のジャージを穿いて立っている。
「菜飯」
西園寺はぶっきらぼうにタッパーと割り箸を突き出してくる。高宮はそれを受け取る。
「ありがとうございます!助かります!」
「・・・・・・」
西園寺は用件を済ませると、玄関から立ち去っていく。
――美味しそうだな・・・・・
横からタッパーの中身を覗いた。褐色に色が付いたご飯にところどころ見える緑。芳ばしい香りがして食欲を煽った。しばらくは買い食いが続くのだろうか、と思いながら勉強机にタッパーを置くと、割り箸を割った。
おかあさん、おとうさんと別れることになったの。
え・・・・?嘘でしょ?おかあさん!
『身体には気をつけて』
ふと家族の言葉を思い出す。
けい兄もなんとか言ってよ!なんでよっ!
あかり!落ち着けよ!
優しかった母親。無口な父親。生意気な妹。ばらばらになってしまったけれど元気だろうか。妹のわがままに母親は疲れていないだろうか。むしろ助かっているだろうか。自分も妹も父親には似なかった。それが母親の救いとなるだろうか。両親の間に何があったのか分からない。もしかしたら別に何もないのかもしれない。だから別れたのかもしれない。
母親は離婚を申し付けた。父親は黙ってそれを呑んだ。妹は自分に縋りつき泣きついた。自分はただ友人に別れを告げた。
帰りたい。まだ離婚が決まらなかったときに。帰りたい。友人に別れを告げる前に。帰りたい。
思えば思うほど、視界が揺れた。目だけが熱くなり、ぼろっと一粒が零れると、ダムが決壊したかのように止まらなくなった。
懐かしい味がさらに止まらなくした。料理上手な母親が作る菜飯と同じ味がした。
別れるくらいなら、生まないでよ!!!!!!!!!
妹の言葉がさらにとどめを刺す。そのときの母親の表情が忘れられない。父親は目を瞑って受け入れていた。
――あかりだって、そんなこと思ってないよ・・・・・
気が動転していたんだろうな。けれど妹の言葉を否定したくて、引っ叩くしか出来なかった。
高宮は泣きながら菜飯をたいらげた。涙が引いた頃にはタッパーには米粒1つもなかった。タッパーは洗って明日返すことに決めた。目が乾燥して染みる。胸の奥に熱さが凝縮されたようだった。
母さんと父さんが別れなければ、こんなことにはならなかったのに。
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