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第57話 O

***  翌日のSHR(ショートホームルーム)で高宮は美術部への入部を希望する届けを出した。担任の先生は高宮がもともとはバスケットボール部でしかもそこそこ強豪校であったことを知っていたから意外そうな表情をして、間違いないか確認した。高宮は間違いないです、と言うと担任の先生はそうか、残念だな、と言った。高宮が席につくと、担任の先生は名簿を開いて、欠席の確認をした。この帝王学院に来る前もこの光景は変わらない。 「お、そこは・・・・」  担任の先生は教室を見渡し、後方の席を指でさす。 「柳瀬川で~す」  クラスの中で派手なグループの柳瀬川と仲の良い生徒が答えた。高宮は座る人のないない席を振り返る。 「お~?欠席連絡は入ってないな。遅刻だろう」  昨日自室まで送った柳瀬川の姿が思い浮かぶ。体調を崩したのだろうか。高宮は前を向き直る。 「じゃ、授業遅れるなよ~」  担任の先生は名簿に安そうなボールペンを走らせると教室から去っていった。 「おはよう、高宮」  SHRと1時限目の間の休み時間になるとすぐに衣澄が高宮の肩を叩いた。 「おはよう・・・・」  そういえば昨日は衣澄と話している途中からの記憶がない。 「貧血だったらしいな。無理をするなよ」  貧血だったのか。高宮自身もよく分からなかった。 「それはそうと――」  衣澄が口を開いた。しかし、高宮は目を見開いて立ち尽くす。拒絶するように衣澄の言葉を耳が受け入れない。苦い単語のせいで。 「高宮、聞いているのか?」  頭が真っ白になったのは一瞬だった。衣澄の落ち着いた声に我に返る。そうして、その衝撃のせいか、何に衝撃を受けていたのかさえ忘れた。 「荻堂先輩を知っているか?」  衣澄は不思議そうな表情で高宮を見た。衣澄はその人と知り合いなのだろうか、自身を犯した人物と同姓なだけで全くの別人だろうか。 「荻堂先輩がお前に会いたがっている。部屋の番号を教えるから会ってきてくれないか」  額の毛穴から汗が噴出す。視線が泳いで、後方の、いつも助けてくれる人物の席を見た。今日はいない。高宮は首を振った。柳瀬川がいたなら、もしかしたら相談はしていたかもしれないけれど。 「・・・・・荻堂先輩が一方的にお前を知っているだけなのか・・・?」  衣澄に全く悪意がないのは高宮には分かっている。そうでないと気が気でなくなる。  高宮は頑なに首を振った。拒否の意を口では示せなかった。 「・・・・・・・分かった。伝えておこう」  脳裏に映る赤い光を点したビデオカメラ。てらてらと照明を反射したコンドーム。いまだに手首に残る擦り傷。目の前に立つ衣澄。教室内の喧騒。全てが煩わしい。耳を塞ぎたくなり、目も瞑りたくなり、うずくまって叫びたい。けれどそれを抑え込むだけの理性は残っていた。衣澄は黙って高宮を見つめ、溜め息をついてから自身の席に戻った。 ――柳瀬川くんに、相談してみよう  そう思ったところであることに気が付く。柳瀬川のメールアドレスも知らず、部屋の番号も知らない。そう考えると、西園寺に名前を教えるだけで部屋の番号が分かってしまったという疑問が残る。西園寺に会ったときに訊ねてみようと思った。それで柳瀬川の部屋を調べればいい。腕の中で、柳瀬川の身体に手を回した感触が蘇る。細いけれど痩せているわけではなく、無駄な筋肉も脂肪もない均整のとれた上半身だった。漆黒の潤っているように見える髪と懐かしいようなミントの香り。傷付いたときに一緒にいてくれた。主のいない机は窓から挿し込む日光で照らされていた。

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