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第63話 U

*  静夏は白いロングスカートをはためかせ、高宮と衣澄にはすでに小さく見えた。高宮は静夏の姿が見えなくなるまで、ずっと見つめている。 「・・・・・どういうこと?」  高宮は戸惑っている。静夏と衣澄のやり取りに違和感を覚えたのだろう。 「何が」 「何か困ったことがあったら・・・・って。なんか・・・・・あんま兄弟とかじゃ言わないかなーって思って」  言葉を選んでいるようだ。要するに静夏とのやりとりが高宮にはおかしく映ったのだろう。 「そういうところは、やっぱり、俺達は、三つ子なんだと思うんだ」  静夏の前では避けていた話を衣澄はやっと持ち出した。 「なんとなく、彼女の感情と通じてるんだ。彼女が悲しいなら、俺が嬉しくても、胸に穴が空いたみたいな感覚になるんだよ。変な話だろ」  高宮はさらに意味が分からない、というような顔。 「・・・・気丈に振舞う必要なんてない。つらいなら、曝け出せばいい。泣きたいならいくらでも胸なんて貸せる。それとも、俺は・・・・・やはり、情けない・・・・・か・・・・?」  部活に行くまでの、衣澄の今日の予定はこんなはずではなかった。いつも通りの練習メニューをこなし、友人と学食に行く。今頃はおそらく学食でかけうどんを啜っているところだったのだろう。  目の前で高宮は肩を震わせて、俯いた。 「どうして話さない。何故何も言わない。そんなに小さいことだったのか」  シラを切って逃げる選択を高宮はしなかった。「何言ってるの?衣澄。頭おかしいんじゃない?」そんな風に笑って、顔を上げないだろうか。 「オレ・・・・・は・・・・・」 「珍しいことじゃない。男子校で、ほとんど隔離されている。でも・・・・」               レイプは、犯罪だ。  声になっているのか、衣澄には自信がなかった。 「オレ・・・・は・・・・・」  同じことを高宮は搾り出すように言った。 「嫌われ・・・・・・たくなくて・・・・・・」  胸がかっと熱くなる。静夏に会ったせいか、脳裏に忌々しい弟の姿が思い浮かんだ。彼とは全く正反対のことを言う。 「もし、表沙汰になったら、大会出られないじゃないか・・・・・っ!」  なぜ、何も察さずに目の前の友人に荻堂のことを聞いてしまったのだろう。深い後悔に襲われる。この友人はおそらく、自身が荻堂の名を口にしたことで、察せたというのに。 「荻堂先輩が、バスケットボール部員だと、知っていたんだな」 「何となく、そんな気がしたんだ。学食に用があって行ったとき・・・・荻堂さんと、衣澄がいた」  おそらく、ランニングに出掛けたときのことだろう。学食からあの道はよく見える。奇しくも、荻堂が行きたがった海沿いのルートだ。 「衣澄は、部活、大事だろ・・・・・?オレ、別に、男だから・・・」  肩を震わせ、声も震わせ。高宮は顔を上げなかった。 「オレ、別に男だから大丈夫だ」  それなら、顔上げて、笑ってみせろよ。思ってもいない言葉を、衣澄は頭のなかで並べた。言うつもりなんてないけれど。 「痛いけど・・・!怖くて・・・・嫌だけど・・・・・っ」  ああ、泣いたな。声で分かった。衣澄は高宮を見下ろした。 「・・・・・・まだ、続くのか。その関係は」  まるで、また犯されるみたいな口ぶりだったぞ。そんな追い込むような言葉は言えなかった。 「荻堂先輩は、反省している。どこか怯えているようにも思えた」  そうしてからやっと、高宮はおそるおそる顔を上げた。青褪めている。 「カマをかけただけだったんだ。すまない」  高宮に襟元を乱暴に掴まれた。そうして彼は嗚咽を漏らした。衣澄はそれをただ見つめた。肩が揺れる度に横隔膜が痙攣したときのような音が聞こえる。 「ありがとう。それと、すまない」  高宮を守りたくて、訊ねたつもりだった。けれど高宮の苦渋の決断をどうして突いてしまったのだろう。そんな自身の部活のために、彼は苦しい方を選んだというのに。 「もし、申告するなら・・・・・先輩は退学処分にはなると思う」  本当に今日の自分はどうかしていると衣澄は思わざるを得なかった。  高宮は首を振った。学園長の孫なのだ。最悪の場合はどこにも編入できないように手を打つかもしれない。 「俺は・・・・・それなら、高宮の意志を尊重する」  同い年の弟と重なった。外見も性格も全く違うけれど。弟ならこんな簡単に自身に触ったりしない。触ることも許さない。 「だから、本当につらくなったとき、頼れ」  衣澄を唯一自身を愛してくれた母がしてくれたように、高宮を抱き締めた。肩にのった高宮の顎が微かに動いた。

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