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第64話 V
*
今よりもひとまわり、ふたまわり、さらにもっと小さい自分が、洋館にいる。真紅の絨毯が敷かれ、広すぎるくらいのエントランスにぽつんと、ただ1人立っている。神津はこれが夢であることをすでに悟っていた。けれど神津の中で、目覚めるという選択は頭になかった。
エントランスの中央に大きく設けられた階段を、神津の記憶のなかでは車椅子に乗っている少年が、自らの足で下りてくる。そうして軽蔑するような目で神津を見つめた。
車椅子はどうしたの
口は動くが、その空間に音というものはなかった。心臓の音さえ聞こえないのだ。小さい身体の自身が、少年に訊ねた。
何を言っているんだ、君
彼の声など聞こえないが、彼の言っていることが分かる。
僕は車椅子なんて、使っていないだろう。
少年の優雅な佇まいに育ちの良さが窺える。そうして、それが分かる感性を持っている自身も、神津家に毒されているのだと、思った。これが夢であることは分かっているのに。
もとの名前は何と言ったかね、昴君。君はもう少し僕に
遠慮するべきではないかね。
神津家に来たことを再認識させる言い方に、小さい身体の自身とそれを第三者から見ている神津自身は苛立った。それでから、この小さい自身とリンクしていることが分かった。
もといた所に帰りたまへ。さぁ、帰るんだ。
彼は自身より4つ上だった。脚が悪くなり、車椅子生活を余儀なくされた。頭がよく、勉強もよく出来た。けれど、自身ほどではない。そして、性格が悪い。
君の素性を洗うなんて朝飯前なのだよ。さぁ、帰るんだ。
彼は自身を憎んでいる。それは羨望と、嫉妬からだということも知っている。
ひでぇよ、神津。俺、何か間違ったことしたかよ。
彼は溶けた。固体が融点を越えたように、どろどろと。そして現れたのは、血塗れになった柳瀬川だ。血塗れになって、顔中、いや、身体中傷だらけで、制服はところどころ破けて、出血している。
死んだのか
自身の身体は今の、17歳の自身に戻っていた。
柳瀬川の姿は、この洋館には似合わなかった。
ひでぇよ、神津。
確かに胸がきりりと痛んだ。夢のせいだろう。神津はそう思うことにした。
柳瀬川が悲しそうな表情をする。神津は手を伸ばした。すると、虫眼鏡で紙を焼くように、柳瀬川は燃えていく。一枚の紙のように。
頬に触れる冷たい手で神津は目覚めた。
「ごめんなさい」
樋口が小さく謝った。神津は黙ってその手を取り、暫く頬に当てる。テーブルの上で起動したままのノートパソコンの前で突っ伏して寝ていた。
「・・・・・・・」
汗をかいていることに気付く。樋口の冷たい手が心地よかった。
「うなされてい・・・・っ」
「黙れ」
樋口の遠慮するような、怯えるような、小さく弱い声を神津は撥ね退ける。
「ごめんなさい・・・・」
ノートパソコンは操作していなかったせいでスリープ状態になっている。キーボードの横に刺さっているUSBカードを抜いて、投げ捨てた。派手な音をたて壁にぶつかると、跳ね返って床に転がる。樋口はびくりと肩を震わせ、小さくなる。
「十夜は」
「・・・・・帰ってきてません・・・・」
神津は舌打ちをした。
「樋口」
「はい・・・?」
神津は起き上がって、樋口を押し倒す。小さい身体だと思った。黒い艶のある、フェーブのある髪が床に散らばる。
「脚を開け」
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