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第66話 X

※自傷・流血表現注意 *             記憶の中では確かに車椅子に乗っている少年が自らの脚で立って、神津の前にハンバーグを置いた。これが何なのか、すぐに予想がつく。              君の友人の肉から作ったんだ。味わって食べたまえ。  偉そうな口調。威張った態度。絶対に神津の前ではその姿勢を崩さない。羨望と嫉妬、劣等感から。実の息子のくせに家を継げなかった、そのせいで。            君はいつもそうだ。そうやって何かを食らう。君にとって大切なものを。  真っ白い皿に乗せられたハンバーグ。デミグラスソースがご丁寧にかけられている。記憶の中では、このハンバーグは切ってみると、肉汁が溢れ出し、切断面に少し赤みがある。           君の腹の中にいられて、彼も幸せだろうね。  悪趣味な笑みを浮かべる少年に、自然と利き手の拳が出た。  青い月光に照らされたシーツの中で神津は目覚めた。押し倒した樋口が怯えた表情をしたことに、神津は我に返った。「神津」の名に変わった頃の自身に、その表情が似ていたのだ。  どれくらい寝ていたのだろう。腹立たしい気分をどうにか落ち着かせ、ベッドにダイブしたところまでで、記憶がない。 「柳瀬川・・・・・・。・・・・・薫は、俺が食った」  そう呟き、ベッドから降りる。机の引き出しをがちゃがちゃと荒らす。 「お仕置きの時間だよ、お前の大好きなね」  視界に車椅子に乗るあの少年が映っている気がして仕方がなかった。左腕の袖を捲くり上げると、そこには夥しい傷が走っている。 「見てな!」  引き出しから刃が出たままのカッターナイフを出す。躊躇なくそれを左腕に当てた。教え込まれた痛みが左腕の内側に走る。      足らない。足らないよ。君の罪はもっと重い。さぁ、もっとやるんだ。    左腕しか存在していないのかもしれないと錯覚するほど、どくどくと内側から脈打つ。冷たい刃の感触が、だんだん熱い痛みに変わる。           君は友人を食った。君の認識はそんなものなのかね? 「食ったんじゃない。・・・・・食わされたんだ」  誰に。神津は血の滴る左腕を見つめた。 「高宮・・・・っ!あいつのせいだろ・・・・・っ」  視界の端に映っているような気がする、車椅子の少年は意地悪く笑った。              やるならやりたまえよ。 「あいつに食わされたんだよ・・・・・なぁ?薫・・・・・・?」  彼の名を呼ぶと、どこか落ち着いた。      君は計算ミスのし過ぎだ。過信なのだよ。傲慢だ。  荻堂に媚薬を盛ったことが誤算だというのか。神津は常に蔑んだ目で見つめてくる車椅子の少年を睨んだ。そこに実体はない。          君は全てを欲しがる。無理矢理に手に入れようとする。       それでいて君は失うことを考えない。          浅はかで愚かで、醜い。君は人間の鑑だね。 「うるせぇっ!!!」  怒鳴った。身体が揺れたせいで、床にぼたぼたと血が滴った。  7つのときに家族の無理心中に巻き込まれた。無理矢理、家族を奪われた。理不尽に。不条理に。だから理不尽に奪う。奪われたものを埋めたいがために。 「うるせええええええ!!」  いくつ歳が離れているかも覚えていない弟も、父も母も、生きているかどうか分からない。 「うるせぇんだよ!うるせぇ!!黙れよ!!」  身寄りがない自身は、施設に預けられた。 「うあああああああああああ!」  神津家に養子に迎えられても、それは望むような生活ではなかった。 「かおる・・・・」  寂しいのか。寂しくて息も出来ないのか。苦しくて、暗くて、痛い。仲の良かった幼馴染みと引き離された。               君は愚かだ。君はバカだ。  当たり前になっていた。隣にいることが。当たり前になっていて、気付かなかった。 「かお・・・・・る・・・・・」  彼の名は、穏やかに響く。                       君は、彼を食った。 「俺は薫を食ったんじゃない。食わされたんだ」  手にしたままのカッターナイフを強く握りしめる。 「精々苦しめよ・・・・・・!高宮・・・・!」

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