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第68話 Z

※グロ注意/汚物表現注意/流血表現注意 * ↓  高宮は嗚咽を漏らしながら自室の扉を開いた。目を擦り、前も下も見ていなかったせいか玄関に一足多いサンダルに気付かなかった。1つしかない部屋の電気を点けるのに、玄関の方を振り返ると、視界の端に何か映った。荷物の覚えはない。焦点を合わせると、それは片腕を血塗れにさせた男だった。捲くられた白いシャツの袖は鼻血が僅かに付着したように点々と赤い。高宮は息を呑んだ。神津だ。嗚咽を漏らすことも止まって、思考も止まる。失神しているのか眠っているのか、冷淡に神津は目を瞑っている。どうする?。足元から崩れていくような感覚がする。どうしたらいいのか?。衣澄を呼ぶのか。逃げるのか。運び出すのか。起こさずに運び出せるのか。考えている間に、神津は目覚めた。起きるな、起きるなと念を送り続けるのがむしろ、起きろ、起きろと念じているかのように間の悪さを感じる。  切れ長の綺麗な瞳が開く。高宮は後退る。血塗れの左腕を見てから。右腕を見る。右手にはカッターナイフが握られている。一般的な工作用の細いカッターナイフではない。リボルバーを回して刃を出す、大きめのカッターナイフだ。このカッターナイフで何をしたのだろう。左腕の血はどうしてついたのだろう。人殺しだろうか。神津ならやりかねない。高宮はただ後ろへ、後ろへ、下がった。 「何。泣いてたのか」  神津は立ち上がって、不自然に左腕を背後に回した。隠しているつもりなのだろうか。 「・・・・・あ・・・・・なん・・・・で・・・・」  言葉は音にもならなかった。目の前の光景がドラマの撮影にしか見えなかった。 「もっと泣かせてやるよ。殺してくださいとせがむまで。死にたがるくらいにな」  神津は笑った。邪気に満ちた、綺麗な笑みだった。どうしてそこまで憎まれているのか。疑問が残らない方がおかしい物言いに高宮は戦慄いた。 「でも、そのときは俺は、殺してやらない」  さらに後ろに下がろうとして、足が動かない。恐怖心で足が動かないのだ。 「生まれてきたことを後悔しろ」  ギギギ・・・と音がして、神津の右手に握られたカッターナイフのリボルバーが動かされているのに気がいった。腰からふっと力が抜けた。臀部を強く床に打つ。 「殺してなんてやらねぇよ」  狂気に満ちた瞳が、気付くと目の前にあった。 「た・・・・す・・・・て・・・・」  唇が弱く動く。喉はわずかにしか働かない。 「いやだね」  前髪に痛みが走ると同時に、側頭部を床にぶつけられた。視界がフラッシュする。痛みに呻く余裕もない。脚に力が入らない。高宮の額に脂汗が浮く。神津は前髪を引っ張った。痛みの恐怖から高宮は床を這う。 「舐めろ。舐めて掃除しろよ」  見に覚えのない血痕が床に点々としていた。乾いて、赤茶色に変わっている。高宮は首を振った。すると神津は前髪を引っ張り、背筋させるような体勢から高宮の頭部を床に打ち付けた。目の前が一瞬真っ白くなって、ぼんやりとしてから鮮明な視界が戻る。高宮はおそるおそる舌を出した。顔中が火を吹くように暑くなって、見慣れてきた部屋が滲む。鼻の奥がむずむずした。床は冷たかった。誰のかも分からない血痕を舐めることに躊躇しかなかったが、頭が砕けるように痛い。従うほか、なかった。血痕が小さいからか、血の味はしなかった。 「なん・・・・で・・・・」  鼻水なのか涙のか分からないものが床に滴る。神津はそれも舐めろ、とは言わなかった。 「お前が大事なものを、持っていったからだ」  返ってきた口調は、高揚している様子もなく、落ち着いている。高宮には身に覚えのない言い分だった。

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