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第71話 ハ
高宮は狂ったように助けてください、と繰り返した。ぼろぼろと涙が零れ、左腕に噛み付いた。神津の右腕から与えられる快感の声を抑えるように。口内に濃い鉄の味が広がる。傷が広がったのだ。けれど神津を労わる余裕が高宮にはなかった。
「おぉえぇえええっ」
神津の左腕に噛み付きながら高宮が2度目の嘔吐。口の端から吐瀉物が零れ、床を汚す。
「汚ねぇな」
左腕を噛ませたまま呆れたように言い捨てる。言うほど感情は籠もっていなかった。
ピンポーン
間の抜けた音に神津はぽかーんと口を空けた。高宮が嗚咽を漏らし、噎せて、倒れこむ。それを一瞥して、神津は高宮の口から乱暴に左腕を引き剥がし、玄関に向かう。血と吐瀉物で汚れたシャツを脱ぐ。シャツの下に着ていた半袖にまで血は付いていた。スラックスは吐瀉物で汚れが目立ったが気にしないことにした。
「誰だ」
高宮の友人なら適当に追い返そう。神津はそう思いドアを開ける。誰もいない。そのまま視線を下ろす。
「あ・・・」
ウェーブのかかった黒い髪を揺らし、おどおどしている男子生徒。樋口だ。驚いた表情で神津を見上げた。
「高宮なら取り込み中だ」
「・・・・・あぅ・・・・あの・・・・」
「なんだ」
怯えて上手く話せない樋口に神津は急かすような口調で促す。
「やな・・・・・せがわくんの・・・・仕返し、ですか?」
樋口は常に神津とは最小限の会話に留めようとしていたから、珍しいと思った。
「それ以外にこいつに用なんかねぇよ」
神津はドアを閉めようとした。柳瀬川がいなくなったことを発端に色々なことの調子が狂っているように感じた。これ以上狂わされてたまるか、と。
「やめて!」
樋口が神津に跳びついた。
「高宮くんにひどいことしないで!」
艶やかな黒い髪が揺れた。神津は体勢を崩しかけたが壁に手をついて持ちこたえる。
「なにすんだ・・・」
血塗れの左腕に驚くこともなく樋口は神津を押し退け、部屋に向かった。
「高宮くん!」
下半身を露出し吐瀉物にまみれ、血で汚れ、力なく横たわっている高宮に樋口は駆け寄った。
「てめぇも結局は木偶人形よ。自分ではあのいじめから逃れようとしなかった。手前の無力さに諦めて、抵抗すら忘れた木偶人形だ」
神津は高宮を抱え起こす小さな体躯にそう言った。
「ボクは・・・・」
「俺に従うしか出来なかった哀れで非力な木偶人形だ」
「神津君は、悲しいで・・・・す・・・・」
樋口は拳を強く握った。神津に反抗するのは怖い。
「柳瀬川君が、大切だったんですね・・・・・?」
神津の耳の奥で、何かが切れる音がした。何か脆い、線が。
「黙れよ木偶人形!てめぇに何が分かる?考えることもやめちまった操り人形のお前なんかに!」
どれもこれもそれもあれも全て、全て高宮が悪い。神津は血走る眼を高宮に向ける。それを守るように樋口が振り向いた。神津は樋口の腕を乱暴に掴み、玄関まで連れてくる。
「ここでお前を犯す」
壁に押し付けられ、頬を片手で摘ままれた。
「かおるの名前なんて出してみろ。公衆便所に縛り付けてやるからな」
スラックスをベルトも抜かず乱暴に下ろし、片足を持ち上げる。樋口が肩を震わせた。襲ってくる痛みに備えているのだろう。
「よかったな。もう少しでお前の大事な高宮くんを犯すところだったぜ」
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