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第74話 ヘ

*  昼のルームメイトの部屋は日当たりがいいが、どこか陰鬱な気分にさせた。  天城はダンボールにルームメイトの荷物を次々と入れていく。状況はいまいち掴めていなかったが、ルームメイトの担任の成田先生から連絡があり、荷物を纏めるよう頼まれたのだ。ルームメイトでクラスが違うというのは珍しいらしかった。  ルームメイトはよく無料の動画サイトに動画をアップしている。それはアニメやゲームのタイアップの音楽で踊る内容で、撮影にも協力していた。さすがダンス部だと思う。さらにパーソナルコンピュータに詳しい天城はよくそのルームメイトに訊かれたものだ。家電製品については取扱説明書を暗記出来るほどに得意だ。 ――かおりん、学校辞めちゃうのかな?       何かやらかしたのだろうか。天城は天井を見つめた。見慣れない模様だ。この部屋の構造は2人部屋であるため自室が別々だ。玄関を開けてまっすぐ行くと天城の部屋、玄関を入ってすぐ横の短い廊下を辿るとルームメイトの部屋だ。スタイリッシュな内装だが、どこか憂鬱だ。  自室で点けっ放しのバラエティ番組の声がルームメイトの部屋にまで届く。 「ふぅー」  成田先生から頼まれたのは、簡単に衣類とか生活品をダンボールに詰めて保健室に持って来い、だ。簡単に、の定義がよく分からず、タンスに綺麗に整頓されたシャツやジャージをダンボールに詰めた。机の上に置いてある目覚まし時計や歯ブラシセットなども入れる。 「こんなんでいいかなー?」  今、ルームメイトがどんな状況にあるのかくらいは説明が欲しかった。ルームメイトの個人情報だと学園の公式ホームページを漁っても何の収穫もない。この荷物整理で今日の部活は潰されたのだ。休日1日を使った練習試合で、共学の高校にお邪魔できるはずだったのだが。ルームメイトを心配しつつ、頭をがりがりと掻き毟って溜め息を吐く。 「ノックしたんだけどさー」  ドアが不意に開き、天城は一瞬息を忘れ、肩を震わせた。 「はいぃいっ!」  色素の薄い、ストレートの髪に光が反射して輝いているのを天城は見つめ、溜め息をまたつく。有安だ。 「アリスちゃんかよー。心臓吐き出すかと思った」  胸を撫で下ろし、天城は顔に笑みを浮かべた。有安は天城の手が入っているダンボールを見る。 「どうしたの?」  有安の目はダンボールから空になったタンスに映る。 「うん?なんか成田先生から頼まれちゃってさ。アリスちゃんはどうしたの?」  有安は腕組みをして何か考え込んでいるように見えた。天城はダンボールのフタを閉める。それにしてもこの部屋は綺麗だな、と思う。 「うーん。なんか、気になるんだよね。最近」 「は?」  言おうか言うまいか考えている様子であるのは天城にも分かった。何の話だかは分からない。 「ワタ坊?」  天城は自身を指で差す。変わった一人称だ。ふざけているときはいつもこうだ。有安は肩を竦め、首を振った。 「違う」 「?」  天城はこの部屋を指して首を傾げる。 「ここが柳瀬川の部屋なら、多分」 「・・・・・それはあれ?神津とか桐生くんとかとまだ一緒にいるかってこと?」  天城はいつも通りの表情だったが有安は愛くるしい顔に険しさを滲ませている。有安は口を閉じたまま頷く。 「もしかして、聞いてた?柳瀬川から」 「柳瀬川が神津たちとツルんでるのは有名だからね。そのせいであれだよね。いいヤツなのに周りから変な目で見られてるよね」 「・・・・・なんで柳瀬川は、神津と一緒にいるのかな?」  有安にそう訊ねられ、ふと頭に浮かんだのはルームメイトの背中に刻まれた火傷だ。 「なんか・・・洗脳?かな」  天城はどこかで聞いた精神学者の研究を思い出す。それがフィクションからの知識なのか、ノンフィクションからの知識だったのかは覚えていない。内容は、度重なる肉体的な暴力が精神に影響し、自身を奴隷と錯覚させてしまう、というものだ。 「桐生も、きっとそうだよ」  有安は呟くようにそう言う。天城は首を傾げる。桐生の話はよく分からない。もともと関わりがないのだ。ルームメイトと2人だけでよく一緒にいるのは見たことがある。 「ボクは、桐生を助けたいんだ」 「・・・・?」 「でもボクは、桐生とは関われない」  独白めいた有安の視線は天城に突き刺さる。固い意志が窺えるが、どこか消極的でもある。天城は眉根に皺を寄せた。 「頼みがあるんだ」 「・・・・アリスちゃんみたいなカワイイ子に頼まれたら大抵のことは断れない・・・・・よね・・・・」  有安から視線を外し、天城は苦く笑う。 「柳瀬川に会いたいんだ。居場所は、聞いてないの?」 「別に、教えちゃまずいってことはないんだろうけどさ。実はワタ坊も知らないんだよね・・・・」  

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