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第77話 リ

*  空が明るくなって、小鳥が囀る頃に静夏は再び衣澄のもとを訪れた。  歯ブラシを銜えながら、寝癖の目立つストレートの樺色の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、衣澄は玄関のドアを開けた。 「おはようございますわ」 「・・・・・・・・」  寝間着であるロングティーシャツは大きめで鎖骨が見える。それを静夏はちらりと見てから、「だらしがないのね」と呟いた。 「部活があるんだ。すぐに帰ってもらうことになる」  そう言ってドアを閉めようとすれば、静夏は割り込んでくる。 「昨日泊まったホテルで、薫くんのご両親にお会いしましたわ」  衣澄は静夏の言葉を聞いた。休学届けを昨日の昼頃に伯父夫婦が成田先生に提出したらしい。何故本人ではないのか気にはなったが、柳瀬川の性格的なものだろうかと納得させていた。 「挨拶はしましたわ。とても驚いておりましたけれど・・・とても深刻そうで・・・」 「それは、息子の休学を憂いてか?」 「そういう感じではございませんでしたの。なんていうか・・・お葬式の帰り・・・みたいな」 「まさか。息子の葬式なワケはないだろう。時間的にも普通でない」 「不謹慎ですわ!」  非難するような口調と表情に衣澄はたじろぐ。朝だというのに手入れの行き届いたストレートで腰を越すほど長い黒髪が艶やかだ。シフォンの薄い水色のワンピースの裾が揺れている。こんな姿で男子しかいない寮を徘徊しているのかと思うと心配だ。 「とりあえず、帰った方がいいと思うんだが。俺はすぐに部活に行かなければならないんだ」 「・・・・・わたし、結婚なんていやなのです。高等学校にも通わせて頂けなかったわたしは、やはり結婚しかないのでしょうけれど・・・」 「高校、行ってないのか」  衣澄は肩を落とす静夏を見る。 「お前は学業なんていいんだ、とお父様がおっしゃっておりましたわ。わたしは行きたかったのですが・・・・」  衣澄は記憶の彼方にいる実父の姿を思い浮かべる。言いそうだ。 「・・・・それなら、大学進学も出来ないな。大卒取らないと。やはり結婚しかないのではないだろうか」  家のことを考えればそうなるだろう。父にはまだ男女差別の精神が残っている。実の娘ということではそれなりに静夏に愛情を注いでいるようだが、高校進学については否定的だったのだろう。 「この3年間は最悪でしたわ。裁縫、お料理、着付け、乗馬・・・ピアノもありましたわ・・・。他にも・・・」  静夏は指を折って数える。 「仕方ないだろ。あの人は静夏さんに期待しているんだ・・・・。静夏さんしかいないから・・・・」 「それが嫌なのです。高等学校にも通わせて頂けなかったのに・・・利用なさるだけ利用なさっているんですわ・・・・」  弟のことを衣澄は思い出す。素行不良で成績も悪い。彼が跡取りになるのは実父とて心許ないのだろう。この際はおそらく、静夏とどこかの育ちの良い御曹司と結婚させ、跡取りにするつもりなのだろう。 「・・・・・それでも、やはり俺がどうこう出来ることではないんだ。すまないが、帰ってくれ」  静夏は衣澄を見上げる。そして頭を振った。

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