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第80話 ヲ
*
カーテンレールの高い音で目が覚める。日差しが目蓋の裏を突き抜けて網膜を刺激した。
「とっとと、帰れよ」
逆光した荻堂の背中を愛しそうに見つめ、高宮は目を擦る。腰が重いけれど、どこかすっきりしている。自室のベッドとは違う布団の感触にし肌を埋めたまま、荻堂の枕元にある携帯電話に手を伸ばす。視界に、壁の隅にある観葉植物が目に入る。
「俺は部活に行く」
1人にしては大きく2人にしては狭い布団に昨夜は2人で寝た。そして身体を何度も重ねた。ベッドの近くに置いてあるゴミ箱に入った避妊具をみると高宮は頬を染めて視線を逸らす。
高宮は自身の携帯電話に赤外線通信でアドレスをもらう。
「ジャージ貸してよ。荻堂さん」
名前を呼ぶと、不機嫌そうに高宮を振り返る。
「・・・・・そこのタンスに入ってる」
高宮はだるそうにベッドから降りた。タンスに向かってよたよた歩く。タンスの上に乗ったテディベアの漆黒の目と視線がかち合う。
「・・・・・許してくれとは言わない。解放してくれ」
カーテンを握りしめた荻堂の表情は高宮には見えない。
「こうすれば、荻堂さんは強姦罪に問われることは無いんでしょ」
どちらが立場的に優位にあるのか、荻堂にも高宮にもはっきりわかっている。逆転してしまった身分に荻堂は唇を噛んだ。
「弟がもうすぐ朝練から帰ってくる。それまでに、出ていってくれ」
「弟がいるんだね。じゃぁ、あの部屋は弟さんのか」
荻堂の部屋に入ってすぐに別の部屋に続く廊下があった。ひと目で分かったのは、水色を基調とした部屋ということだ。少し子どもっぽいという印象があったが、あまりよく覚えていない。ワンルームの高宮にはうらやましくも思えた。荻堂は否定も肯定もせず部活の支度を始める。「弟さん、何歳?何部?」
荻堂は暫く答えなかった。塗装の剥がれてきたエナメルバッグにタオルや携帯電話、財布を詰めている。
「ねぇってば」
「2コ下。テニス部だ」
高宮は素肌のままジャージを着る。下も裸のまま。
「洗って帰せよ」
荻堂は顔を顰め、冷たく言い捨てる。
「もちろん」
構うことなく高宮は笑って答える。
「あまり、おかしなこと言うなよ。ここで」
きょろきょろしながら荻堂は言った。
「・・・・怒らせるなってこと?」
荻堂は黙った。ゴミ箱に張ったビニール袋を縛って手に持ち、エナメルバッグを肩に掛ける。
「鍵は閉めなくていい。弟が帰ってくる前に出ていけ」
初めて会ったときの明るさが荻堂にはもうなかった。媚薬のせいだったのだろうか。昨夜もあまり活動的ではなかった。荻堂の背中がドアによって見えなくなると、高宮も自室に戻る気になった。
――これで、衣澄が心配する必要はもうないよ。
ジャージの裏地が素肌に当たり、寒気がした。
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