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第83話 ヨ

 一般家庭に養子にいくのか、見るからに大金持ちのところへ養子に行くのか、当時はどちらが幸せなのかというのは明白だった。両親の多額の借金で人生が狂った神津にはなおさら。 「やっぱ分からないッすわ。当時は嬉しかったッすけど。大金持ちのとこにもらわれる方がいいに決まってる」  実際はそんなことはないと、神津は身を以って経験している。 「俺には、・・・・どちらでも、よかったこと、だ。存在意義があるなら」  西園寺は俯く。反対に神津は顔を上げた。 「神津家の息子は、意地が悪かったッすよ。とてつもなく。養父(おやじ)はそこそこまともに接してはくれた。養母(おふくろ)はもともといなかったみたいだけど」  人と話すのは、こうも楽しかったのか。自分は思ったことをぺらぺら話すタイプだっただろうか。神津はゆっくりと流れる雲を見つめる。形が変わっていく。  西園寺は黙り、神津も口を閉じたまま空を見つめる。 「今日は、1人、なんだな」  沈黙を破ったのは西園寺だった。そしてその言葉が胸を強く抉る。神津は返事をしなかった。どうぞ肯定と受け取ってください、という意味を込めてだ。 「あの綺麗なヤツも、背の高い、すらっとしたヤツも、小さいヤツも、いないな」 「・・・・学園でみるのは初めてって言ってたじゃないッすか」 「噂には、聞いている、ということだ」  神津はふいっと顔を背ける。 「何やってるのか、もう自分でも分からないッすよ」 「そう、だな。今話しているお前と、噂のイメージが結び、つかん」  左手に痛みを感じる。ただそれだけが、今落ち着いている状態という証拠。精神が安定しているという証拠。  いずれはまた高宮に対する理不尽な怒りに身体が燃え、樋口に暴力を振るうのか。 「藤原さんの俺のイメージは、大須賀(おおすが)(こう)でいろってことッすよ――・・・・・・」    恭介と慕っていた藤原の漆黒の瞳も、症状が悪化してる話し方も、もう自分が大須賀昴ではないと感じさせた。  

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