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第85話 レ

「・・・・・・・ハッキングって犯罪ですよ」  ハッキングが犯罪なのは知っている。それを生徒にさせようというのか。 「だから君にお願いしたい」  先生の口調は全て見透かしているようだった。不愉快だ。有安はまた不安そうな表情に戻っている。先生に質問攻めでもしようかと考えあぐねる。 「学校の公式ホームページ、いじったろ」  黙っていると先生がまた声をかけてきた。天城は頬をぽりぽりと掻く。随分前のことを掘り返してくるものだ、と思いながら、行き着いた答え。 「どうして、知っているんですか?」  多くは訊き返さなかった。天城は身を乗り出す。助手席のドリンクホルダーにうさぎのぬいぐるみが置いてあるのが目に入ったが意識はいかない。有安の眉間がぴくりと動く。 「普通のサイトより厳重なセキュリティになってますし・・・」 「どうしてワタルは、学校のサイトにそんなことしたの?」  有安が口を開いた。言われてみればもと飾り気のない地味なサイトだった。天城が勝手に派手なサイトにしてしまった。 「ブログ開設したんだよ。管理の仕方がちょっと強引なんだけど」  有安は変な表情をして黙る。 「それで、学校側は・・・?大丈夫なの?」 「だって、できちゃったし」 「立派な犯罪だがな」  ウィンカーの曇った音がふたたび耳に届く。車を持てるようになったら、パーソナルコンピューター以外のハッキングもやってみようと思った。 「それで、本題に戻す。君に、あらゆるアダルト動画サイトをハッキングしてもらいたい」 「非合法的に、ですか?それなら勘弁です。オレ、大学進学するつもりで、もう親に迷惑かけられませんから」  有安は複雑な表情をする。先生は一度は黙った。 「それに、先生がご自身でなさったらいいじゃないですか」 「・・・・そうだな。俺がどうかしていた。生徒にクラッキングしろなんてな」  何故先生はハッキングをわざわざクラッキングと言い改めたのだろう。深い意味はないかもしれない。天城は先生の言葉を反芻する。 「かおりんは、動画を完全に消す方法をオレに訊いてきました。それと関係がありますか?」  先生の頭が動くのが見える。頷いた。 「高宮、もしくは樋口の動画や写真だろうな」 「もう、ネットに流れてるんですか!?」  信じられないという口調で有安が身を乗り出す。車体が揺れた。 「神津に情けは通用しないってことは、君が一番知っているんじゃないか」 「なおさら、オレには出来ません。同級生が、そんなことされてる動画、見なきゃなんて・・・・」 「・・・・ワタル・・・・」  有安が俯いて天城のサッカー部のジャージを引っ張った。 「ボクにハッキング教えてよ・・・・」  声が震えている。動画が流出してしまっていることは、最悪な形だったのだろうか。 「アリスちゃん。オレのハッキングも全能じゃないんだ。一度流れた動画は誰が保存して持ってるかも分からない。完全に消すことなんて出来ないんだよ」 「なんで・・・?」 「保存先がパソコンから離れてた場合は出来ないし、転載されてた場合の特定まで、オレには出来ない」 「そんな・・・・」  天城のジャージが力強く握られる。もともとおかしいのだ。学校から軽い罰を受け、自身の将来と進学を脅かすハッキングを使わせようなどと。それでも天城は学校のサイトの内部へは入り浸るつもりだが。 「着いたぞ」  タイミングよく、車が止まる。

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