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第90話 ラ

「こんなもの、食えるか!こんな畜生女の兄弟の、薄汚いクソガキの作ったもんなんか!」  タッパーが背後から奪われる。傷んだ畳の上に、歪なスイートポテトがばら撒かれて、潰れた。タッパーが破片になって飛ぶ。 「ま、汚いお前等のエサには、ちょーどいいかもな?」  蹴り倒されて、潰れたスイートポテトが顔につく。頭部を踏まれ、「食えよ」と楽しそうな声が降ってきた。  自分は、この日が終わり、明日が始まる深夜、アパートに火を点ける。両親は離婚。父親に姉と弟が引き取られた。  父方の家系は財閥。ただ自分の父は勘当していたが、離婚後紆余曲折を経て復縁。自分と母は父方の家系・六平家から改名することを強いられた。改名する上で法律が邪魔になったようだが、六平のおかげで「衣澄 貴久」が存在している。 「君は、いずれ六平の頂点に立つ奏詞くんの、代わりなんだ」  父は次男だったが、六平の長男つまり自分の伯父は子どもが出来ない体質だと聞いた。そうなると継ぐのは奏詞になる。復縁の理由は、そういうことだ。 「君は、代わりなんだ」  同じ顔をした、弟の代わり。弟に何かあったときに、自分が「負」を背負う。  父親は物心着いたことから母親を殴った。そして物心着いたころから自分は母親を庇った。それが弟は気に入らなかったのだろう。父親に心酔していた弟は、父親同様自分を罵った。そして幼少期に母親を奪っていた自分を、彼はきっと恨んでいる。    静夏の手が衣澄の手の甲の上に乗った。「ごめんなさい」と小さく聞こえた。 「わたしは、奏詞も、貴方も、大切ですわ」  大切だとか、心配だとか、愛してるとか、好きだとか、そんな言葉にどんな重さがあるのか。口を動かす作業で、人は喜ぶ。何も言わず、衣澄は静夏の手を払った。 「代わり、として生きてきた。学級委員、いとこ。その役柄にしがみつかないなら、俺はただ、弟の代わり、以外の何者でもない」  降りる駅に着いたと、アナウンスが流れた。静夏の表情が歪んでいた。

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