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第93話 ゐ

 いきなり現れたヤツが引き金になって、大事な人がいなくなっていく。原因が自分だと分かっているつもりでも、その憎しみをどう消せようか。遠めに神津は、西園寺と高宮が歩くのを見つめた。  西園寺は施設での、兄貴分だった。そして、高宮に奪われた柳瀬川は長い時間行動を共にした相棒であった。それなのに、お前はそんな過去を無視するかのように平然と奪っていく。  衣澄もそうだ。幼い頃に引き離された幼馴染と、今、まるで親友のように慕っている。さらに中学時代に淡い想いを寄せた有安に恋人のように接して。  神津は身体が熱くなって、汗ばんでくるのを感じ始める。世界が壊れる。壊される。     思ったらすぐに始末するべきじゃないのかね  煩わしい義理の兄の声が聞こえる。幻聴だ。気にすることはない。けれど、本当に高宮を始末しなければならないかもしれない。一度は死んでいた命だ。遊ぶように生きるつもりで、碌なことはなかった。2度目の人生を高宮を不幸のどん底に落とすために使ったって構わない。そのためなら、どんな駒でも使う。  西園寺に笑う高宮。これから彼の顔に悲しみと憎悪しか浮かばないと思うと口元が緩む。待っていろ。待っていろ。待っていろ。高宮にかける犠牲は厭わない。   「神津様」  中庭を見下ろせる廊下に立っている神津に、赤いスーツの女が声を掛けた。神津家が雇っているメイドだ。だからといって、漫画やアニメ、コスプレで見られるような、エプロンやゴシック調の格好をしているわけではない。 「監視カメラを、回収致しました」  プレゼントを渡すかのような持ち方で、漆黒の瞳が縫い付けられているテディベアを神津に渡す。 「ご苦労。千歳」 「明後日は荻堂カケルのお誕生日だそうですよ」 「・・・・そうか」 「誕生日ケーキの手配はどうなさいますか」 「そうだな。考えておこう。いい駒になればいいが」 「そうだ、千歳。体育館を来週の土曜日、貸し切れないか島原にかけ合ってくれないか」  島原とは、体育教師だ。知性の欠片も無い暴力的な教師だが、頭が弱いところもあり、扱い易い。 「ええ、分かりました」 「何をなさるおつもりで・・・・?」  眉を寄せ、心配の2文字を浮かばせる表情に、神津は面食らう。 「最近、様子がおかしいな、千歳」  神津の言葉に、赤いスーツの女の眉間の皺はさらに深くなる。 「最近様子がおかしいのは、神津様、貴方です。実家にお帰りになるのはいかがです」  召使いにそう言われ、真っ先に浮かぶのは高宮の笑顔。潰す。 「実家には帰らない。父上に連絡しておけ。縁を切るなら今のうちだとな」      奪われる人生はもう終わったのだ。これからは奪って生きていく。    高宮が座っていたベンチを見下ろす。微かに芽生え始めている罪悪感を摘むよう、自分に言い聞かせる。  そして、それから桐生のもとへ向かう。  部屋の扉を開けると、背を向けるようにソファに座っていた桐生が、驚いたのか肩をびくりと震わせて、神津の方を見た。神津は、桐生が背中に何か隠したのを見逃さなかった。感じの悪い沈黙が流れた。 「前の女のだな」  鼻で笑うようにそう言うと、桐生はこくりと黙って頷いた。 「怒らないのか」  桐生が諦めたよう聞いた。言葉を返さずゆっくりと歩み寄り、乱暴に桐生をソファに押し倒した。怯えた表情。後悔。美しい顔に似合ってはいるのだけれど。 「怒って欲しいのか」  唇が触れそうな程顔を近づける。首を振る桐生に、何故か愛しさが沸く。 「青間総合病院に、行くぞ。準備しろ」  

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