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第95話 オ

「嫌よ!どういうこと!?」  高い声が耳に煩い。気まぐれだった。気まぐれでこの女と付き合って、気が向いたから今、別れを告げている。 「別れるって言ってんだよ」  買ってきたサンドウィッチを投げつけるように渡し、杏里から目を逸らす。 「なんで?あたしの何が気に入らないの!?」 「そういうんじゃない。オレが勝手に冷めた」  奏詞は頭をがりがり掻く。片想いのまま付き合うメリットはない。奏詞がこのまま付き合い続けて杏里を好きになりそうにないと分かっている。嫌悪感しかないのだから。 「誰か他に好きな人でも出来たの?」  女は鋭い。姉も、誰それと別れたことを察する。 「ああ。そんな感じだな」 「誰なの」 「さぁ」 「とぼけないで」  奏詞はまた頭をがりがりと掻いた。目障りだ。煩い。面倒くさい。 「名前も知らねぇヤツだよ」  杏里は怪訝な顔をした。 「一目惚れだよ」  ついさっき会ったばかりの女。気が弱そうで、穏和しそうな女。 「信じらんない!」 「信じらんないのはオレだっつの。お前何股だよ」  常日頃から思っていたことがある。この女が奏詞以外とも関係を持っているということ。杏里の表情が一瞬固まった。 「な、なによ、それ・・・・」 「知らないと思ってたのか。残念、察してた」  不思議と悲しいとか、むかつくとか、そういった感情は沸いてこない。嬉しいとも思わなかった。この女も、所詮は動物と同じなのだ。1人の異性に貞操を誓うなんて動物としておかしい。 「別に、オレ達、結婚してるワケじゃねぇんだし、いいんじゃねーの。ただ、お前がほいほい他の男について行っちまってるってのに、オレだけお前一筋でいろってのもなかなか現金だろ」  杏里は俯いた。    毎日あのコンビニに行けば、また会えるだろうか。それとも、学校で待ち伏せようか。   「絶対に、後悔させてやるんだから」  女という生き物に、つくづく同情する。自分を好かない男を傍に置いてどうするんだ。ああ分かった。オレはブランド品。タグなのか。そう理解してから吹き出し笑う。 「おいおい、お前みたいな量産型に、オレは似合わないっての」  顔は確かに違う。化粧は同じ。髪型も同じ。髪色も同じ。同じ系統の奴等と群がって、  自分には同じ顔が、あと2つある。この女と同じ顔は、おそらくない。量産型は自分か。奏詞はくくく、と低く笑う。家族以外に見分けが出来たのは、いとこだった薫くらいなものだ。幼少期はまだ、兄の髪も暗い色をしていたから。 「本当に、許さないから」 「おう、期待してんぜ、女の恨みってやつをよ」  はたからみれば、女を振っている図だけれど、この女、複数の男と関係を持っている。奏詞は当てもない何かに問う。悪いのはどっちだ?  

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