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第101話 フ
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西園寺の部屋に高宮は案内された。西園寺の部屋は生徒たちの部屋と違い孤立していて、少し大きめだった。入ってすぐに目の前に3メートル弱の廊下があり、そこにトイレと風呂がついている。この廊下の先に部屋があり、カウンターキッチンがある。部屋に足を踏み入れると、壁が花の絵で埋め尽くされている。ポストカードサイズの葉用紙に水彩絵の具や色鉛筆で写実的な花が描いてある。在学中の借り部屋であるために、壁に穴を開けることは禁止されていた。そのためか、マスキングテープで綺麗に貼ってある。
「貰った・・・・、水彩色・・・・・鉛筆も・・・・使っている」
部屋の中心に置かれた黒いテーブルの上に以前西園寺に渡した古びた水彩色鉛筆が置いてある。
「すごいですね!花好きなんですか?」
キラキラした瞳で高宮は部屋を見回した。100枚はとうに越え、200、いやもっと300だろうか、壁という壁に貼ってある。
「毎日1枚、描いて、・・・・いる」
西園寺は目を輝かせている高宮を見て、珍しく驚いた。
「毎日ですか?」
「ああ・・・・・。貼りきれないのは・・・古いのから・・・・しまってある」
高宮は絵を見渡して、あ、と言って一枚の絵の前に寄った。
「これ、庭に生えてたな」
青が強い紫色の大きな花弁に、白い雄しべと黄色の雌しべ。長い蔦に葉が茂っている。鉛筆の薄い線画に水彩で描かれている。
「テッセンと、いう」
「詳しいんですね。目に映っても、全然そういうこと今まで気にしたことないや」
「ゲームだの、漫画だの、買える・・・・・・・・環境になかった、からな・・・・・・・」
厳しい家柄なのだろうか。西園寺をじっと見つめながら高宮は思った。
「家族が・・・・・・事故で、・・・・みんな死んでしまってな・・・・・」
西園寺は顔を高宮から背けた。高宮はどう返していいか分からず黙ってしまう。下手なことを言える話題ではなかった。
「施設から、引き取られた・・・・。だから西園寺は、・・・・生まれたときの名前では、・・・・・ない」
西園寺は話したままカウンターキッチンに向かった。
「え、じゃぁ、本当の名前は、なんなんですか?」
カウンターキッチンで隠れ、西園寺の肩から上だけが見える。何か用意しているのか俯いていて、表情は読めない。顔を見ても、表情は読み取れないけれど。
「藤原、だ」
「藤原、ですか」
「ああ。だが・・・・今は・・・・、西園寺だ。西園寺家には・・・・とても・・・・世話になった。とても・・・な。なくなった筈の・・・・・幸せを、くれた。西園寺家はな・・・・。これからも・・・・・ずっと、藤原姓は使わないし、教えることもない。ただ、なんとなく」
途切れ途切れ、苦しそうに話す西園寺に高宮は眉を顰めつつも何も言わず聞いていた。
「お前に、だけは・・・・・言っておきたかっ・・・た・・・・・」
何と返していいか分からず、黙ってしまうと返事のタイミングをついに失い、沈黙が流れてしまう。西園寺ががちゃがちゃとカウンターキッチンで作業をしている。高宮は壁に貼られた花の絵を見渡していた。
「そう・・・・いえば・・・・後輩の誕生日にケーキを・・・・買ってきたのだ・・・・・渡しにいってくる・・・が・・・共に・・・・くるか・・・・?」
西園寺がお洒落な紙箱を持ち上げて高宮に見せる。薄い桃色に白抜きで花のシルエットが描いてあるが、高宮には見えない。
「後輩と仲、いいんですか?」
高宮の意識していないうちに身に着けていたエプロンを外しながら西園寺はカウンターキッチンから出てきた。
「荻堂とはな」
ドクンと大きく心臓が鳴った気がした。荻堂という名前は高宮には珍しく感じる。同姓ならそれでいい。眦が切れそうなほど目を大きく見開きながら、脳裏を占める男の顔を、西園寺の中に見る。
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