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第103話 エ
西園寺に作ってもらった煮込みハンバーグを夕食に食べ、残りをタッパーにいれて渡された。トマトの味付けで甘味と酸味がハンバーグの味と絡んでとても美味しかった。西園寺との食事は静かだった。点けていたテレビの音ばかりが耳に残っている。そして自分が食べない方がいいと言ってしまったケーキの処分に困っていた西園寺に、自分が荻堂に返してくるように言ってしまった。
荻堂からもらった物でなかったのなら、高級そうな紙箱に入ったケーキを食べてしまいたかったけれど。気分が重い。1人になりたくはなかったが、西園寺の部屋にずっといるのも悪い気がして、高宮は自室に帰ることを選んだ。高宮は携帯電話を取り出して、衣澄に部屋に行ってもいいかメールを打つ。返信を待つ時間もじれったい。背後から誰かが自分を襲って、蹂躙する。そんな錯覚がして仕方がない。まるで1人でトイレにいけない子どものようだと自嘲しながらも高宮は携帯電話を握りしめた。そしてすぐに目に入ったのはまたあの高級そうな紙箱のケーキ。荻堂にならすぐに会える。相手が嫌がってもだ。そして会う動機もある。荻堂相手というのが重いが、今はただ1人になりたくない。あそこになら弟もいるはず。
この部屋で神津に襲われ、傷口や血液を舐めることを強要された。樋口と神津が入口で交わっていた。思い出せば思い出すだけ胃が熱くなる。明日明後日は神津とまたどうなるか分からないのだ。また売られるのだろうか?6万7万と自分に値段が付けられ、動画を撮られ。
高宮は紙箱を手に取って、すぐに部屋から出ていった。
「荻堂さん、荻堂さん」
荻堂は高宮の声を聞くなり、駆け足で玄関に出て、中に引き入れドアを閉める。その表情からは焦りと嫌悪が読み取れた。
「なんなんだよ!」
声を抑えるように荻堂は怒鳴った。弟の、「お客さん?」という声が奥から聞こえると、荻堂は「なんでもねぇ!」っと返事して、高宮を力強く引っ張って自室に連れて行く。
「何しに来たんだよ!」
荻堂は大きく溜息をついて、自室のドアも閉めた。
「ケーキやっぱり返す!それから、泊めてっ・・・!」
「は?ふっざけんな!昨日も泊めただろうが!」
荻堂が掴みかかられる勢いで高宮は後ろに倒れる。ちょうどいいところにベッドはなく、腰を床に打ち付けてしまう。荻堂も重力に従い、尻餅をついた高宮を押し倒してしまう。
「悪ぃっ」
さっと荻堂は身を引く。高宮の顔の両側に両手をついた弾みで肘を強打していたようだが、それに構うこともなく、視界から高宮を外す。
「大丈夫?肘・・・」
すぐに立ち上がって、荻堂の腕に触れようとすれば、寸前で振り払われる。
「構うな!」
「ごめん」
倒れるときに手放した紙箱を転倒していた。
「ケーキ、返しにきたのに・・・」
すぐに紙箱に駆け寄ってまだ開けられた形跡さえなかった開け口のシールを開いた。ケーキは横に倒れて箱を汚していた。
「要らない。西園寺に渡しただろ!そうだ・・・!それになんでお前、西園寺のとこ泊まらないんだよ!」
「だって、何か入ってるかもしれないって思ったからっ・・・!」
荻堂は弟のことを忘れているのか、普段のトーンで高宮を怒鳴った。
「それは神津にもらった。変なモノ入ってたら嫌だろ」
「だから西園寺さんに渡したんだ?」
「ああ。お前とそういう仲だと思ったからな」
「西園寺さんとはそういう関係じゃないよ。荻堂さんとだけ」
「ふん。嘘だな。神津はそうは言ってなかったぜ。お前は誰とでも寝るって」
荻堂の言葉に身体が熱くなる。脳裏を過る神津の姿に、拳を強く握りしめた。
「オレはそんなんじゃない!」
「どうだか!初めて俺とヤったときだって、あんなにアンアン喘いでたじゃねぇかよ!しかもこうして今も、自分を犯したヤツのところに来て、被害者ヅラして俺を脅して、楽しいかよ?」
「違うったら!」
今度は高宮が荻堂に掴みかかる。
「じゃぁどうすればいいんだよ?オレは!アンタに動画まで撮られて!アンタのこと学校に言ったら、バスケ部が活動停止になっちゃうじゃないか!!」
高宮が怒鳴るという反撃をみせたことに荻堂は戸惑いの色を見せた。ずるずると力が抜けて、座り込む。
「バスケ部って・・・なんで・・・」
「大切な友達が、バスケ部なんだ。部活のこと大事に思ってるみたいだから・・・」
「どうすればいいんだよ、オレ。荻堂さんと新しい関係作っちゃえば、衣澄だって納得してくれる。そう思ってたのに」
自分で言えば言うほど惨めになってくる。荻堂の言うとおりだ。この身体は穢いのだ。
「オレは、荻堂さんと」
荻堂は黙った。黙ったままで、動かない。
「荻堂さんのこと、今でも怖い」
「怖いのに、なんで今まで俺のとこに来たんだよ」
荻堂は呆れたようだった。溜息をつきながら口を開く。
「1人は怖い。でも西園寺さんも衣澄も、オレのこんな部分は知らないはずなんだ。知られたくないんだ」
「俺には弟がいる。お前より大切だ。いずれこのことが露見するんじゃないかと思うと怖い。弟への被害を考えるとな」
一度荻堂は区切った。それからまた口を開く。
「でも一番怖いのは、結局俺のしたことが弟にバレることだ」
「俺はきっとお前のことを好きになれない。勝手な言い分だとは思っている。でもお前がどうにかなろうと、俺は弟を守らなければならない」
「うん」
涙が落ちそうになる。理由は高宮自身分からない。
「お前に償いはできない。退学も考えた。でも家族に迷惑は掛けられない。卒業を望んでいるしな」
「うん」
荻堂に背を向けた。涙は見られていないはず。拭うわけにもいかない。くすぐったさに耐えた。
「お前と一緒にはいられないし、神津とも関わりたくはない。でもいずれ分かってしまうなら退部しないとな」
「うん」
声が震えてしまう。しゃくりあげたい気持ちを抑えると、喉が潰れたように痛くなる。
「本当に、悪かった」
高宮は首を振った。
「荻堂さんも、神津の被害者なんだよね。オレが神津の標的になっちゃったばっかりに」
荻堂が謝った。それが荻堂とはもう会わないというのをリアルに感じさせ、胸にどこか穴が空いてしまったような感覚がする。
「荻堂さん」
「出会いがあんなんじゃなかったら、オレと荻堂さんの関係に可能性はあった?」
荻堂は自分を犯した酷い奴なのだ。
「いいや。俺はもともと、そっちの気はないからな」
「・・・そう。分かった。じゃあもう、ここには来ないよ。苦しめてごめん。脅して、利用して、ごめん」
荻堂は自分を犯して、自分を拒む、ひどい奴だ。けれど何故か、何か失ったようなそんな気分だ。
「荻堂さんと話せてよかったよ。いきなり押し掛けてごめん。もう帰るから」
自分はここに何しに来たのだろうか。高宮は無理に口を引き攣らせて笑った。目元の筋肉が動いて、ぼろぼろ涙が落ちた。荻堂には背を向けているから、どんな表情をしているかなんて分からないだろう。
1人が嫌で、ここに来たつもりが荻堂を苦しめただけだった。もとはといえば、荻堂だって自分が原因で神津に利用された被害者ではないか。
「どんな事情だか知らねぇけど・・・他にアテはあるのかよ」
今になって優しくするなんて、荻堂はひどい奴だなぁ。どういって誤魔化すのだ。
「あるよ」
荻堂も被害者なのだから、荻堂だけを責めるなんてお門違いなのだ。
よろよろ立ち上がって高宮は荻堂に背を向けたまま荻堂兄弟の部屋から出ていった。
荻堂はただの一方的なセックスフレンド。でももとをただせば強姦の被害者と加害者。失ったところで何が変わるのだろうか。そう頭で分かっていても涙が止まらない。やっと目元を拭って、廊下を走った。途中で何人かとぶつかりそうになりながら自室に戻った。
部屋が見えるところまでくると、隣室に有安が入ろうとしていた。有安も高宮の姿に気付いて声を掛けようとしてから、目を見開いて驚いていた。
「けいた、どうしたの?」
すぐに有安は高宮に駆け寄って背中を撫で始める。高宮は首を振って、自室までもう少しというところでしゃがみこんでしまった。
「けいた・・・・?」
「なんっでもないからっ」
有安が高宮に寄り添うように座って、有安が深く追求してこないことをいいことに、しばらく泣いていた。
「なぁに?腹痛 ?」
呑気な声が降ってくる。
「アリスちゃんさぁ、生徒会長候補のなんだっけ、衣澄くんだったっけ?探してるんだけど、アリスちゃんのとこにいる?」
天城だ。有安は顔を上げながら高宮の背を撫で続けている。
「いないけど・・・まだ帰ってないのかな?お姉さんのとこに行ってるとか?」
天城は大きく溜息をついて、高宮と有安と同じように座り込む。
「マジかー。メアド知ってるならちょっとどこにいるか聞いてくれる?」
有安が分かったといって、携帯電話を出すとメールを打ち始める。
「成田センセーからいっぱい資料もらったからさ。クラス委員に渡しておけっていうし。うーん、なんだかなぁ」
天城がメール画面を見ている有安に話し続け、高宮もやっと落ち着いたところだった。
「小田桐せんせにはちょっと軽蔑したけど。ま、前から胡散臭いで有名だったし」
「今送ったよ。ここ電波悪いなぁ」
電波アイコンを見ながら有安は携帯電話を高く掲げたりしている。電波が届くような気がするのだろう。
「もう8時だぜぇ?あの優等生染みてるのが8時過ぎまで帰ってこないってあるのかねぇ」
あくびをしながら天城は後頭部を掻いた。
「姉弟 いたし、離婚してたっていうから、会うのも久しぶりなんじゃない?実家に泊まってくるとか」
高宮には何の話だか分からなかった。
「アリスちゃん、今日ワタぼうのとこ泊まりにこない?かおりんの姿見たら、なんか、ちょっと怖くなってきた」
「え・・・うん、分かった。・・・でもけいたも1人にしておけないくて」
「んじゃそいつも一緒に来いよ。布団は夏用の1枚掛ければいいだろ」
「オレ、大丈夫だから・・・っ有安さん、オレに遠慮しなくて大丈夫だから」
「ホントかぁ?腹痛 は油断できないぜ」
返事は天城だった。
「うん。気遣いありがとう」
立ち上がって、有安に笑いかけると、高宮は自室に戻った。
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