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第108話 ユ ※
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高宮のいるクラスのこの時間は化学の授業だった。黒板に書かれた化学反応をノートに書いていく。問題の内容も読まず考えず、ぼーっと授業を受けていた。
衣澄も柳瀬川もいない。席が2つ空いているだけでいきなりクラスの人数が減ったような気になった。有安に言われて衣澄のことは少し心配になったけれど、高宮の思考は荻堂のことしかなかった。恋愛感情と思えるものではない。だが離れていくということに、複雑な気分になる。以前借りたジャージもまだ返していない。別れた男に貸した物なんて使いたくないだろうか。別れた男。付き合ってもいない。身体を繋げたことはあるけれど、付き合ってなどいなかった。高宮は思い出す。身体を繋げるだけで付き合っているというなら、自身は何人と付き合っているのだ。見ず知らずの集団に輪姦 されたし、樋口とも寝てしまった。
「高宮、ボケっとしてないでノートとれ」
化学の担任に注意され、高宮は我に返る。
「すみません」
クラス内は静かだった。シャープペンの音がノートを擦る音と教科書をめくる音、誰かが何か落とした音だけが聞こえる。窓から入る風がカーテンを揺らし、髪を撫ぜ、心地よい。
化学の担任はよろしいと言って、また黒板に向き、長い化学反応式を書いていく。担任の字が下手で歪んでいる。ちらりとだけ衣澄の席を見た。日光が反射して光っている。帰りに衣澄の部屋に寄ってみよう。自分のことだけ悩んでいたけれど、衣澄は大事な友人なのだ。
「お?救急車だな」
化学担任の先生が突然そう言って、風で踊るカーテンを掻き分け窓を見る。高宮には化学担任が言った時は気付かなかったが、段々サイレンの音は大きくなっている。
「どこだ~どこだ~?」
悪趣味だなと思いながら高宮は板書を続ける。視線がノートと黒板を往復していたせいで、担任の顔が訝っていく様も、サイレンが大きくなっていることにも気付かなかった。段々大きくなっていくはずのサイレンは、至近距離だと思うくらいに大きくしかも一定。まさか。
「おいおいまじか」
先生が趣味の悪い笑みを浮かべている。引き攣っている笑みのようにも思える。
「ひと月に何人救急車で運ばれるんだよ。2人目だぜ」
サイレンが止まる。誰だろう。急病だろうか。高宮は救急車に大した興味も沸かず、やたら長い化学反応式をノートに書き写す。生徒が板書する時間を取って、その間先生は廊下から保健室の方を見に行ったようで、血相変えて戻ってくる。
「授業はここまで!各自復習しておくように!」
早口で捲し立て、走って教室から出ていく。
「もしかしてあいつんとこのクラスだったんじゃね」
後ろの方で聞こえた話し声。皮肉だ。救急車の野次馬のつもりが、まさか自分の受け持つクラスの生徒を迎えに来ていたなんて。
かわいそうだな程度に思って、次の移動教室に備える。衣澄とばかり仲が良かったせいで同じクラスでも他の生徒とはあまり仲が良くない。
体育着に着替えながら教室から出ていくクラスメイトを見つめていた。衣澄と柳瀬川の机だけどこか寂しげだと思った。幼少期からの内部組にはやはり入り込める隙などなく、仕方ないと思っていたし高宮自身誰かと一緒にいないと嫌だということは、クラスの中ではない。寮に戻ると孤独感や寂寥感、不安に耐えられなくなることがあるけれど。
てきぱきと準備する衣澄がいないせいか、のろのろと着替えていると教室はすでに自分だけ。短パンに、胸元までチャックの被らなければならないジャージを着て、教室の電気を消した。体育館に向かうには、A組B組の方よりもD組やE組の方から行ったほうが近い。何やらF組が騒がしい。ここの授業担任は何を考えているのか。F組からする怒鳴り声や大きな音に怯えながらF組の前を通った。それがいけなかった。視界に入れる気がなくても入ってしまうものはある。転校してきて間もなかった頃と同じ、あの光景がF組にあった。真っ赤な首輪を付けた、裸の生徒。見て見ぬふりもできたはずだし、絶交を告げた生徒だった。別に構う必要なんてなかったはずだけれど。
「ユウ?」
考えるより先に生徒の名を呼んでしまって。
席をすべて教室の前につめ、空いた後ろ半分の空間でクラスメイトが囲う中に倒れているのは樋口だった。真っ白い肌に赤い痕がたくさんつけられている。
「高宮君・・・」
よろよろと身体を起こして、廊下にいる高宮を樋口は見上げた。殴られたのか顔が赤い。焦点は合わず、まともに意識を取り戻していないまま高宮を呼んでいるようだ。
樋口と何があったかなんて頭になかった。高宮はF組に入り込み、樋口の元に寄る。肩に触れると、ぬるっとして手を見る。この匂いをしっている。男の体液。
「なんだお前?」
「どけよ。外野が邪魔するんじゃねぇよ」
排他的な言葉を投げつけられ高宮は戸惑う。C組にはない野蛮さ。どういうクラス分けなのだろう。F組にだけ素行不良を集めたのだろうか?高宮は手が汚れるのもかまわず樋口を支える。緊張して身体が震えだす。
「な・・・んで、こんなこと」
口も声も震え、やっと抗議の言葉が出てくる。誰に、と決めて言ったわけではないが、囲いの1人が答える。
「神津さんがいねぇから?」
「神津さんいねぇし、こいつもう捨てられたから、俺らが拾ってやってるわけ」
力なくぐったりしている樋口の頭を腿に乗せてやる。短パンに、染みができた。樋口の瞳からぼろりと涙が落ちたのを高宮は見た。
「捨てるとか・・・拾うとか・・・何言って」
震える樋口を見ていると、胸が締め付けられる。
「あ、思い出したわ、どっかで見たことあると思ったら神津さんに6万で売られたやつだこいつ」
ふと誰かの言葉に肩が震えた。あの時のことを他に知っている人がいるなんて。
「え?何それ?金出せばヤらせてくれるってこと?」
「まじか!ヤらせてみろよ!金ならやるぜ」
金持ち学校はやはり違うのだ。頭の中でふと思った。金で人なんて買えてしまうのだ。現にそうだったではないか。6万が8万になって、神津は自分を売ったではないか。視界が真っ白になった。
「ヤらせろよ。9万出してやる」
「じゃあ俺10万出すから最初にやらして~」
高宮が返事をする間もなく、一斉に両手を力づくで拘束される。もう身体を開かされることは大前提なようだった。樋口が高宮の背に腕を回し、ジャージをぎゅっと掴んだ。
「ユウ。立てる?」
樋口は頷いた。身体中傷だらけ。色が白い分余計に目立って見える。赤い首輪が蛍光灯を怪しく反射させた。
「見ないで。お願い」
樋口はこくこくと何度か頷いた。よろよろ立ち上がって、覚束ない脚で席がつまっている方へ歩いていく。
数人で高宮を裸に剥き、欲を秘めた目でじろじろ見た。にじり寄ってくる1人目に、急に現実感を取り戻し、恐ろしくなって後退 る。
「逃げるんじゃねぇよ」
背に当たったのは、教室の後ろにあるロッカー。
冷たいスチール製だ。逃げ場などないと宣告されているようで、涙が浮かんできてしまう。
「どうせ何人もとヤりまくってんだろ?」
「慣らさなくっていいよな?」
野次が飛ぶ。腕を取られて立たせられ、身体の前面をスチールロッカーに押し付けられる。他の生徒に手首を持たれ、スチールロッカーに縫いとめられた。
「いや・・・慣らしっ」
臀部に当てられた熱い杭。額を冷たいスチールロッカーに押し当てた。身体が強張ってしまって、尻を叩かれる。
「い・・ぁああああああっ!」
内部を削り取られるような感覚に腰が震える。背後から聞こえる熱い吐息が気持ち悪い。
「はいはい、さっさとやんないと37人分終わんないよー?」
高宮は目を見開いて叫んだ。37人。今まで一度に相手したのは6人程度。その6倍近く。軋むスチールロッカーの音に恐怖を覚える。
「ぅあっ・・・!むりっむりぃああああっ」
腰を掴んで犯していた1人目が、喚きだした高宮の髪を掴んでスチールロッカーに押し付ける。
「うるせぇ、黙ってろ肉便器」
乳首を抓られ、高宮は唇を噛んだ。背筋が凍るような感覚と痛みだけ。
「ぃったい!んんあっ」
スチールロッカーの音がとてもうるさい。頭に響いておかしくなりそうだ。
「ちょー気持ちよさそーじゃん」
「早くしろよ」
周りの声に1人目の腰が激しくぶつかる。
「ぃ・・・やぁ・・・はげしっ・・・!」
頭を振って耐えた。気持ちが悪い。怖い。
「今からそんなんでどーすんだよっ!」
1人目の手が高宮の前にきて、性器を握る。
「やだっ!やめぇ・・・!はぁあっ」
弱いところを扱かれて、1人目の杭を締め付ける。体積を増したソレが高宮の中を強く擦って、頭がおかしくなりそうだった。これが現実なのか悪夢なのかも分からない。
「イケよ!ほら、イケ!」
強く頭を振る。顔が熱い。ぼうっとしてしまいながら、早く終わるようにと杭を締め付ける。嫌悪感と恐怖で溢れだした涙が散る。
「うっいく」
1人目がスチールロッカーで潰すように高宮に密着し、止まった。繋がったところから鼓動がする。鼓動がそのまま熱になって広がる。直腸から杭が抜けていく感触、下腹部の熱が爆発する。
「は・・・ああっ・・・あ・・・あ・・・」
快感はなかった。ただ先端から粘着質な白濁が垂れる。頭が沸騰するような暑さと頭痛。胃の辺りが気持ち悪く、今にも吐きそうだ。
「2人目はやくしろ~」
「こいつも出してね?」
「うっわ、淫乱かよ」
2人目は高宮をスチールロッカーから剥がし、床に寝転がせた。顔を見なければならない体位に、頭を振ると気を悪くした2人目に顔を叩 かれる。
「いやっ!やだぁ!いやああああああ」
泣き叫んだ後に吐いた。顔を横に背け、胃の中が空になるまで吐いた。腰を掴まれ、揺さぶられても、お互い構うことはない。
「きたねぇな」
胃酸の匂いが届く。またそれに吐きそうになる。2人目は目を閉じ、汗を垂らしながら杭をぶつけてきた。
「やめでええええ」
口の端から吐瀉物を滴らせながら高宮は喚いた。
「ああっ・・・!いやああああ!」
2人目の性器が、高宮の内側の弱点に触れた。2人目にそのつもりはなかったようだが、むくむくとまた勃ち上がる高宮のソレに好奇の目が向き、気色悪がるもの、おもしろがるもの、罵倒するものの声が耳に届き、胸を切り裂かれたような痛みに襲われる。
高宮の後孔などただの道具だったのだ。他の男の象徴を慰める性玩具に過ぎなかったのだ。人並みの体温を持ち、生きているように動く穴があれば、それでよかったのだ。視界が真っ暗になる。真っ暗がいきなり真っ白になって、途端に色がなくなる。教室の床が背中を擦り、少しじゃりじゃりするのはおそらく掃除がきちんとなされていないのだろう。
「あ、あああ、んああああ」
2人目の手が高宮の性器に伸びた。酷い耳鳴りがするが、周りの野次が遠くの方で聞こえる。
「ん、ん、要らなっ・・・・いい!」
快感なんていらない。自分はただの穴で、はやく37人を慰めるだけの存在。身体が勝手に拾っていく、直接的な前の快感ともどかしい後ろの快感。喉を焦がすように漏れる嬌声が悔しく、惨めだ。
「首絞めると気持ちいいって本で読んだぜ」
耳鳴りが、心電図の音のように聞こえた。2人目の汗ばんだ手が首に回る。
高宮の脳裏には平和だった名桜高校時代の自分が浮かんだ。
盛り上がりを増したF組のクラスメイト達の狂宴に、樋口は教室の隅で制服を抱きしめながら泣いた。
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