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第3話

◇◇ 花火大会当日。 会場は、思っていたより遥かに沢山の人で溢れ返っていた。 隣にいるかなり華奢な彼女を、はぐれないようにと抱き寄せる。 取り敢えず座る場所を探そうと、辺りを見回してみるも、花火を最前線で楽しむ為にかなり早い時間から場所取りをしている人達ばかりで、もはや後ろの方しか空いている場所はないようだった。 仕方無しに後ろの方へと移動する波に入れば、横からくん、っと服の裾を引っ張られる。 「あ、あの……どう?この浴衣…」 由佳は頰を赤らめ、目を伏せて、恥ずかしげに聞いてくる。 お世辞ではなく、桃色を基調としたその浴衣は、童顔の彼女にはよく似合っていた。 可愛いよ、と言ってやれば、由佳はぱっと顔を明るくして、嬉しそうにはにかむ。 「ありがとう。…航一もその黒の浴衣、すごく似合ってるよ」 「…そう?ありがとう」 かなり後ろの方ではあるが、何とか座ることが出来た。 そう、ほっとしていたのも束の間、すぐに花火が始まる。 間髪入れず、次々に夜空に打ち上げられる花達は、とても幻想的で美しい。 しかし、一つだけ我慢出来ないことがある。 …暑いのだ。酷く。 凄い数の人が密集しているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、終わるまで耐え切れそうになかった。 取り敢えず水だけでも確保しないと、と隣に座る彼女に声を掛ける。 「ごめん、ちょっと飲み物買ってくる」 「え…うん、分かった。すぐ戻ってきてね」 無事彼女の了承を得たところで、少し離れたところにあった屋台へと、駆け足で向かう。 脱水症状なのだろうか、少し頭がくらくらする。 屋台には、サイダーやらスポーツ飲料やらお茶やらが沢山並んでいたが、どれも少し高めの値段だった。 これならば、少し走って近くのコンビニで買った方がいいだろうか、なんて貧乏くさいことを考えていれば、屋台のお兄さんが声をかけてきた。 「…迷ってる?お兄さんカッコいいし、少しなら負けてあげてもいいよ」 「え、本当?…んー、どのくらい負けてくれる?」 お兄さんはそうだなあ、と考え込むように俯くと、おもむろに顔を上げ、氷水の中に使っていたラムネの瓶を二本、持ち上げた。 「…これで、百五十円。…どう?」 「百五十円?」 思わず、聞き返してしまった。 普通安くても一本百円はするのに、二本で百五十円は余りに安すぎる。 そんな安くて商売成り立つのか、なんて言いそうになったが、折角その値段で売ってくれると言うのだから、とぐっと喉の奥に押し留める。 懐の中から財布を取り出し、その中から銀色の硬貨を二枚摘んで、お兄さんに渡す。 「どうも」 お兄さんはにこりと綺麗に笑うと、硬貨と引き換えに、冷えたラムネの瓶を二本、手渡してくれる。 本当なら彼女の所へ行ってから、軽く乾杯でもして飲むべきなのだろうが、喉が酷く渇いて我慢出来なかった。 ラベルを取り、ラムネの蓋を利用してビー玉を瓶の底に落とし、飲み口を唇に当ててーーそこで、ふと思う。 なぜあの人は、自分が誰かと二人で来ていると分かったのだろう。 二人で来ているなんて、言っていないのに。 「…ま、いいか。どうでも」 今は、渇いた喉を潤すことが最優先事項だ。 ぐっとラムネの瓶を傾けると、渇ききった喉に、爽やかな甘い味が、しゅわしゅわとした炭酸が、染み渡る。 ラムネってこんなに美味しかったのか、なんて少しの感動さえ覚えていればーー突然、手足にぴりっとした小さな痛みが走った。 それはとても小さな痛みだったから、最初は気の所為かとも思ったが、体の痺れは段々と強くなっていき、途中で気の所為ではないことに気が付く。 が、気が付いた時にはもう遅かった。 痺れは手足の先まで広がり、頭痛や目眩までもが現れ始めていた。 立っていられなくなり、堪らずその場に倒れ込む。 手から滑り落ちた瓶が、パリンと割れる音が聞こえたが、すぐに花火の音に掻き消されてしまう。 朦朧とする意識の中、最後に聞いたのはーー誰かが耳元で笑う声だった。

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