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第4話 ※

◇◇ 螽斯(きりぎりす)の鳴く声で、目が覚めた。 ぼんやりと霞む視界に映ったのは、灰色の天井。 全く見覚えのない景色に、夢心地だった気分が、少しずつ落ち着いてくる。 取り敢えず、上半身だけでも起こそうとしてみる。 けれど、出来なかった。 全身に軽い痺れがあり、手足に全く力が入らないのだ。 身体を動かすことは諦め、目だけを上下左右に動かし、辺りの様子を伺ってみる。 が、辺りはかなり暗く、窓から差し込む月光だけが唯一この部屋を照らす光で、殆ど何も見えない。 ーーふと、足音が聞こえた。 これは、革靴だろうか。コツコツという高めの音は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。 闇の中、すぐ側に誰かの気配を感じた。 その誰かは、上に跨ると、そっと顔を近づけてくる。 窓から差し込む月の光が、誰かの顔を照らし出す。 その顔を見て、はっと息を呑んだ。 だってそれは、……花火大会で自分にラムネを売ってくれた、あの男の人だったから。 目が合うと、男は綺麗に微笑んだ。 「…ずっと、君のこと見てたんだ」 骨張った冷たい指が、太腿をするりと撫でる。 「……君のことなら、何でも知ってる。好きな物も、趣味も、交友関係も、…全部」 男の色素の薄い瞳が、月明かりに照らされて、きらきらと光る。 本能的に、力の入らない身体を必死に動かし、後退りすれば、その薄く開かれた唇が半弧を描いた。 「…逃げたって、無駄さ。君はとっくのとうに、囚われているんだから」 「ん、っ…⁉︎」 男の舌が、口内に入ってくる。 驚きと気持ち悪さから、何とか逃げようと藻搔いてみるも、全く効果はなかった。 男は俺の顔を抑え付けると、生温かいそれで、歯、歯茎の裏、口蓋と、隅々まで舐め回した。 「……最初はね、逆恨みだったんだ」 男は口を離すと、服の中に手を差し込んできた。 そして腹に手を這わせ、円を描くようにして、ゆっくりと撫でてくる。 「…あの時は、本気で彼女、由佳が好きだった。だから、突然好きな人がいるからって別れを切り出された時は、それこそ腸が煮えくりかえりそうな思いだった」 男の手が、腹を離れ、そっと上へ滑っていく。 「…僕は、彼女を付け回して、その好きな人とやらを散策した。そして、分かった。その好きな人が、君ーー赤井(あかい)航一君だってこと」 「いっ、…‼︎」 きゅう、っと親指と人差し指で、右の乳首を思い切り抓られ、痛みに思わず声が漏れる。 男はそんな俺の反応を楽しむように、もう片方の乳首も同様に、強く抓った。 「…憎かった。彼女を奪われた痛みに耐え切れなくて、君を殺してやりたいとさえ思った」 「い、ってえ、…‼︎…ッ、ん…」 余りの痛さに顔を歪めれば、男はくすっと笑って、両方の乳首を人差し指で、ぴんっと軽く弾いた。 「でもね、君を見ているうちに、……なぜか、憎悪が段々好意に変わっていったんだ。そして、君のことをもっと知りたいと思うようになった」 男はふっと笑うと、片方の手で乳首を捏ねくり回し、もう片方の手を下へと滑らせる。 「だから、…君の家に入った。君の匂いが残るものに鼻を押し当てて、キスをした。君が口をつけたグラスに、僕も口をつけた。飲みかけの飲料水を、僕も飲んだ。そして、君宛に手紙を書いた。…ただ見て欲しかったんだ、僕を。…僕だけを」 「っ、…」 耐え切れず、涙が零れる。 男はついに泣き出した俺を、愛おしげに目を細て見つめ、浴衣の帯に手をかけた。 「…嬉しいよ。君の瞳を僕だけが独占出来る、そんな日が来るなんて」 男の手によって軽く引っ張られると、帯はいとも簡単に解けてしまった。 男は俺の浴衣の前をはだけさせると、下着へと手をかけ、一気に下へとずり下ろす。 露わにされた自分のモノに、顔が羞恥で赤くなるのを感じた。 「…っ、あ…!」 男が俺の膝を立て、くっと横に押し開く。 秘部を思い切り見せつけるような姿勢に、恥ずかしさと惨めさで、瞳に滲んだ涙が、ぽろぽろと頰を伝って零れ落ちた。 「…っひ、ぁ…」 男の舌が、後孔を這う。 円を描くように周りを舐められ、先を尖らせたそれを捻じ込まれ、ぞわっと一気に肌が粟立つ。 「…やめろ、…ッや、…離せ…」 痛みに、生理的な涙が溢れる。 「離せよぉ、っ……嫌だ、…ッあ、誰か、っ由佳…!」 脳裏に、はにかみ笑いを浮かべた、浴衣姿の彼女が浮かぶ。 由佳なら、自分がいなくなったことに気付いて、警察に行ってくれるに違いない。 そうなれば、きっと……。 「ーー残念だけど、助けなら来ないよ」 「え…」 男の酷く冷たい声が、そんな淡い希望を打ち砕く。 「花火大会の会場に、沢山の爆弾を設置しておいたんだ。…君が起きる前に全て起爆したから、今頃君の彼女は火の海の中なんじゃないかな」 目の前が、真っ暗になる。 何も、言葉が出てこない。 唇から、か細い息が漏れる。 「…僕と君を邪魔する者は、もういなくなったんだ」 ーーああ、狂ってる。 窓から差す月光に照らされた彼は、子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。

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