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第12話 悪夢の終わり
再び消毒液のキツい臭いで僕は目を覚ました。だがしかし、その手足や身体にはあの革紐らしきモノはまったくついていなかった。唯一、手の甲に突き刺さった点滴の針があるだけで、アレが夢だったのではと思うくらいになにもなかった。とはいえ、そのかわりにという感じに、僕の手首や足首には痛々しいほど分厚い包帯が巻かれていたが。
そして、耳奥からしんしんと雪がつもるような音がして、無音の世界が続いていた。僕が身体を起こしてもシーツの滑る音も、ベッドが軋む音さえも聞こえてこない。外のネオンに照らされた音も聞こえなければ、風の流れる音も聞こえてこない。心の病気でそうなったのか、そうでないのかも解らない。
不安が一気に押し寄せて、心が冷たく凍ったようになってぎしぎしと軋む。身体からも温もりが抜け落ちて、酷く冷たくなっていた。
どくどくと心臓が早打ちし、目の前が一瞬で真っ暗に染まって息苦しくなる。過呼吸なのか、頭がぼんやりしてきて、意識が遠退きそうになった。
同時に目蓋を綴じる前にみた色の姿を思いだし、僕は色の姿を探した。
外のネオンに照らされる病室に、ソレらしい人影は見当たらない。色のことだから僕のことが心配で病室にいてくれている可能性があると思ったのだ。
声をだして色を呼べば、くるかもしれない。しれないが、無闇に声をだせばまたあの看護師がくるのは間違いなかった。僕はだしかけた声を自分の手で塞いでなんとか堪えた。
なんせ、看護師がきたらあの医師もきて、色を探せなくなるのは確実だからだ。
暫く闇に身体を潜めて、時間が過ぎるのを大人しく待つ。その頃には過呼吸も治まって、早鐘のように打っていた心臓も穏やかになっていた。
僕は点滴台を引いて歩くのも不便で、手の甲に突き刺さった点滴の針をゆっくりと抜いて、ベッドから静かに降りた。床は思ったよりも冷たくなく、素足の儘おぼつかない足で歩く。
暗闇の中で、チカチカと光るネオンを頼りに扉に向かおうとすると、足元になにか膨らみがあることに気がついた。よくみると簡易ベッドで誰かが眠っている。頭から毛布を被っているから、完全に眠り込んでいることが解った。
体躯からして色ではないことは確かで、僕はその儘病室をでた。巡回の看護師の姿も患者の姿も見当たらないことを確認して、静かに廊下にでる。待ち合い室のソファや休憩所のソファが並ぶ場所をくまなく探して、色が家に帰ったなら家に帰ろうと思ったとき、廊下の片隅にある自動販売機の前で佇んでいる色の姿を発見した。
色だと声をあげそうになって、踏み止まる。その隣に母さんの姿があって、一気に心が凍りついた。あのときのように身体の芯から凍りついて、ガタガタと身体が小刻みに震えだしたのだ。
僕はその場から一歩も動けなくなって意識がふつりと途絶えてしまう。ソレからどうなったのか、解らないが、再び目を覚ましたときは消毒液臭くない自分の部屋だった。横には色がいて、死ぬほどぎゅっと抱きしめて寝た。
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