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第35話 キズ
ソレから、数日後星玻は無事日本に帰国することができた。
母さんと父さんはぐったりした顔で帰ってきたから飛行機の中で、星玻となにかあったようである。
「たっだいま♪月坡♪」
明るい声とともに僕の胸にダイブしてくる星玻に驚いていたら、色が物凄い勢いで星玻から僕を引き離した。
「チッ、ほんとう、兄さんってそういう勘も鋭いよね」
色の腕の中にいる僕の腕に絡みつく星玻は、無邪気な顔でそういう。どういう意味か解らない僕は、色の方に顔を向けるといままでみてきた中でもみたことがない一番怖い顔をしていた。
僕は色にそう怖い顔をしなくっても大丈夫だからといおうとしたら、星玻がやたら僕の腕をぐいぐいと引っ張るから仕方なく星玻の方に顔を向けたら、ちゅっと唇にキスをされた。
なに?と吃驚した顔で僕が星玻の顔をマジマジとみると、星玻は舌をだしてこういうのだ。
「ただいまのキスだよ。月坡はボクのこと嫌いだと思うけど、ボクは月坡のことが好きだからイイでしょう?」
と。
もしかして色が警戒していたのはコレなのか?と思う反面、どんな心境の変化だと終始大きな衝撃を受けたのは仕方がない。ほんとうにあの星玻なのかと疑うほど、星玻は僕にベタベタとしてきて色のようなのだ。ソレに、星玻の口から僕が好きだという言葉がでるとは思いもよらなかった。
「なに?ボクが月坡のことが好きだっていっちゃダメだった?」
「そ、んなことないけど、星玻は僕のこと好きじゃないんじゃないの?」
星玻は眉根を潜ませて、口を尖らせる。
「ソレは、月坡が兄さんのことばっかり構うからでしょう?」
「構うって………」
僕が困った顔をしたら、星玻は頬っぺたを膨らませて捲し立てる。
「もう!月坡はそう!昔っから兄さんばっかりじゃん!ボクのことまったく構ってくれなかった!」
剥き出した牙を色に向かって噛みつこうとする星玻は、まったくの別人だ。僕が訝しい顔で星玻をみると星玻は、ボクの方がずっとずっと前から月坡のことが好きだったのにと、僕の腕を引っ張って離そうとはしない。そして、身体をくねくねとさせてこういうのだ。
「月坡、まだ怒ってる?」
多分、僕をぼろ雑巾のように蹴りまくったことをいっているんだとは思うんだけど、僕がソレで生死をさ迷ったことは悪いと思っていないようである。なぜなら。
「ボクさ、月坡を殺したいくらい愛してんだ。ほかの誰かに堕ちるくらいなら、この手で殺したいくらいにさ♪」
あのときの恐ろしい星玻の顔になって、冷たく笑うからだ。さらに僕の腕を引っ張って、「あの儘、死んでくれたらボクも後を追って死んであげたのに」と耳元で囁くのだ。
僕は身体の奥から冷たいなにかが押し寄せてきて後退りをするが、星玻は僕に覆い被さるように抱きついてきて、「もし、ボクの好きを拒んだら月坡を殺してボクも死ぬ。そうしたら、兄さんどうなるんだろう♪ボクらを追いかけて死ぬかな?ソレとも、また心を閉ざして廃れちゃうのかな♪」とソレもう艶めかしく僕を誘うように耳元で囁いた。
「ふふっ、月坡が兄さんのことを好きでも全然構わないよ。でも、そのかわり、ボクの好きも受け入れて。そして、兄さんのようにボクも愛してよ……」
星玻は僕の手術痕を知っているかのように服越しでその場を指先で撫でて、「コレは、ボクが月坡に刻んだボクの証。月坡はもうボクからは絶対に逃げられないから♪」と僕の唇にキスを落とした。
どういう経緯でこうなってしまったのか、まったく理解できない僕は星玻をみる。コレもまた星玻の気まぐれなのかと思うと、不思議と怖さが引っ込み自然と僕の口から言葉が前にでていた。
「星玻、意味が解んない。星玻は自己愛者なんでしょう?気まぐれな猫のようにころころと心変わりなこといわないでくれる?」
意外な応答に声をあげる星玻は、もうあの怖い顔をしていない。
「なに、ソレ!ボクは猫じゃないし、気まぐれでもないよ!ボクが好きなのは昔から月坡だって、いったじゃん!」
星玻は噛みつくように僕にしがみつくが、僕の口からでる言葉は冷淡で、非情なモノがあった。自分でも驚くような低い声に、冷たい対応。
「でも、ソレは、僕が星玻にそっくりだからでしょう?」
見開く大きな瞳が揺らいでいる。酷く動揺していることが僕でも解った。
「違うよ!なにいってんの!ボクがボクを好きなのはボクが月坡にそっくりだからでしょう!」
星玻の言葉に戸惑うよりも先に驚きが表にでる。だから、僕は拍子抜けの間抜けな顔で固まった。
「へぇ?」
挑発的な星玻の瞳がしゅんとして、月坡、兄さんばっかりでボクのことみてくれないから、ボク、月坡そっくりなボクの顔で、星玻好き♪星玻大好き♪っていって気を紛らしてたんだよと涙ぐむ。さらに、別の家に住むことになったとき、月坡からキスをねだってくるとは思わなくって、でも、このキスをしたら月坡はボクのこと忘れてしまうんじゃないかって思うと怖くって、だけど、ボク、月坡のことが好きだからキスしたのにと目を伏せるのだ。そして、極めつけは母さんがコレから一緒に暮らそうっていたときも死にそうなくらい嬉しかったのに、月坡、兄さんばっかりでボクのことみようとしてなかったと泣きだすのだ。
あんなに僕らを振り廻していた星玻なのに、星玻自身は不安で不安で仕方がなかったらしい。
「………ゴメン、星玻の気持ち、解らなかった」
誰よりも独占欲が強くって、誰よりも僕のことが好きだったなんて知らなかった。もし、もっと早くに星玻の気持ちに気がついてあげていたら、星玻と僕はちゃんと好き合えていたのかも知れない。
だけど、いまの僕は色に傾いて色を好きでいる。星玻は大事な家族で、大事な兄弟。好きとか愛してるの狭間で蠢いていた。
「だったら、ボクのこと好きになって!コレからもずっと好きっていってよ!!」
ボクのこと、愛してよ!!という星玻の言葉は嘘でもはったりでもなかった。ソレは、僕の身体に刻まれたキズに似て、僕は一生星玻から離れられないんだと思ってしまうくらいに。
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