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第52話 兄弟【星玻side】番外編
月坡はボクが好き───。
ソレは、ずっと変わるハズがないことだと、ずっと思っていた。
───いや、そう思うしかボクにはできなかったから──、そうしていただけなのかも………。
──────
──……
月坡と兄さんがつき合うようになってから、兄さんの態度が益々厄介になってきた。自信を持ったことが大きく変化させたんだと思うが、あの惚けた感じの行動力にはさすがに負けた気がした。
「兄さん、ボクとの協定を覚えていてそうしたワケなの?」
なに様?という顔でボクが兄さんを睨めば、兄さんはなんの話?という顔で、こういうのだ。
「ほしはがおれとおなじたちばだったら、そうしたんじゃないの?」
と。確かに、兄さんのいうことは正しい。正しいが間違っている部分もある。
「ああ、そうだね。だけど、ボクはそんな姑息な手段をとる前に兄さんを捻り潰してるよ」
腕っぷしはボクの方が上だといい張ると、兄さんはたいりょくならまけないよとまったく聞く耳を持とうとはしなかった。ストーカー歴がボクよりも長い分だけあって、他人の意見なんかあってないようなモノだった。
「ネクラのクセに、ほんとうこういうときだけプラス思考だよね」
月坡、なんでこんなヤツ好きなんだろう?ボクの方が数倍も月坡のこと考えてんのに。
後半の部分は口にだすつもりはなかったが、余りにも納得がいかなかったみたいで心の声がその儘漏れていたらしい。だが、兄さんはソレを良しにしているのか、タダのやっかみとして聞いているのか解らないけど、ソレはもう当然のようにボクをみてしんみりと顎を引いた。
「ほしはのかんがえてるは、だいぶいみがちがうでしょう?」
兄さんのこういう態度が気にくわない。でも、ボクもボクでしまったともいう顔をせず、しれっとした顔で返した。
「だいぶって、月坡のことどう抱こうか四六時中考えてる兄さんにいわれたくないよ」
ボクがそう呆れたら、兄さんはココぞとばかりにすぱんと斬り返してきた。
「あのね、おれのばあい、つきはをどうきもちよくさせたいかなの?ほしはといっしょにしないで」
本当、こういうところも嫌いなんだよねとボクは頭をかいて、見下すように兄さんをみる。
「どう違うっていうの?」
ボクには解らないと異様なまでに強気にでたら兄さんは少し怯んだのか、汐らしい口調でモゴモゴと応えてきた。
「……どうって、…ほしははじぶんがしたいことやしてほしいことばっかりじゃないか。………そんなんじゃ、……つきは、……つかれちゃう………」
なんでココまで怯んだのか解らなかったボクは、おろおろしだす兄さんを一気にたたみかける。敵に塩をおくるような生ちょろいことなんか、いっ切しないからだ。
「疲れちゃう?ボクと一緒にいて、そんなことあるワケないじゃん!」
そして、笑わせないで!とボクはさらにキツい言葉を投げつける。投げつけた後に、ボクはようやく気がついた。冷たい空気の中にひときわ目立つこの生暖かい空気で。ああ、絶対にそうだと確信するこの殺伐な間合いで。完全に出遅れたと解るこの敗北感の中で、ソレは轟いていたから。
「笑わせないで!って、星玻、まだ月坡を困らせているのか!」
ほら、やっぱり………と思う間もなく、ぬお~んとボクの背後から現れた父さんに、ボクの表情筋があっという間に固まった。思わず逃げ腰になるのは父さんにはまだ敵わないからだ。
「げっ!!父さん!!」
飛び退くように兄さんの方に逃げるボクに、父さんは大袈裟に叱った。ボクは当然のように兄さんの後ろに隠れる。
「げっ!!とはなんだ。げ!!っとは!」
星玻、父さんは悲しいぞ!と嘆く素振りをする父さんだが、手の隙間からみえる目はいつものようにニコニコと笑っているからだ。
「どこが悲しいんだよ。蔓延な笑みで笑ってるじゃないか!!」
ボクが尽かさず、前にでてそう噛みつくと父さんはココぞとばかりにボクの両手首を掴んだ。なにするんだよ!とめいいっぱい抵抗するボクをよそに、馬鹿力の父さんはビクともしない。しかも。
「心外だな。心の中では泣いているんだぞ!」
コレでもとつけ足すようにいうのだが、とてもそうとはみえなかった。いや、そうみたいとも微塵も思わないが。ソレなのに、父さんはボクに必要以上に心が痛いのだよと訴えてくる。
ボクはもう勘弁して欲しくって兄さんに助けを求めるようにちらりとみるが、こういうときの兄さんはソレはもう容赦がない。
「ほしは、ひろのぶさんかわいそう………」
きょういちにちかいほしてあげたら?たまにはおやこうこうもひつようだよと、ソレはもうさらりとボクを売った。どんだけ腹黒なんだよと睨んでも、兄さんはしれっとした顔でボクの背中を力強く押し出すのだ。
父さんも父さんで掴んでいた両手首を離すと、ボクにがっしりと抱きつく。とはいえ、父さんのハグは卍絡めだから凶悪だ。
「父さん………!離じで……!!」
息苦しさから、そう訴えるが即で却下される。なんなの!とひとり喚いていたら、父さんがおもむろに兄さんの方に視線を向けた。
「ああ、なんて色羽くんは優しいんだ♪コレは、私からのお礼だよ。月坡とふたりきりで観にいっておいで♪」
そう、父さんは兄さんに甘いのだ。そして、胸ポケットから映画のチケットをだすと兄さんにソレを手渡していた。
「あ"っ!ズルい!!」
ボクも一緒にいくと兄さんに飛びつこうするが、父さんに「星玻はダメ。星玻は父さんと一緒にイチゴパフェを食べにいくんだから」とさらに力強く抱き締められた。
「痛い〰、離じで〰!」
そう叫ぶボクをよそに父さんはもういち枚のチケットをだしてきて、「星玻、いまからいくぞ!」というのだ。
「いやだ〰ぁ!!ボクは映画を観にいくの!!」
ボクがめいいっぱいそうごねると、いつもなら遠い目をしながらボクを見送る兄さんなのに、今日は物凄くニコニコと笑って「わかったよ。ほしははえいがをみてきて」とボクに映画のチケットをあっさりと譲るのだ。ボクは思いもよらないことに、パアッと顔を明るくさせて、手にある映画のチケットをみて信じられないと目を輝かせた。
「イイの?」
ボクはまだ信じられずおそるおそるそう訊くと、兄さんは「うん、いいよ。どうぞ♪」と応えて父さんが持っている方のチケットをみる。瞬時に、物凄く嫌な予感がした。コレはハメられた!と兄さんを睨んだが、ソレはボクの思い過ごしだった。
「あの、ひろのぶさん、きょうはおれとでーとしませんか?」
おれ、いちごぱふぇがたべたいと父さんにいう兄さんに心から救われる。ぉよっしゃ~!今日いちにち月坡とデートだ!!とひとりニヤけていたら、「そうかい?じゃ、チケットを交換するかい?」と父さんがそう申しでするから、ボクは慌てた。
「と、父さん、兄さんは父さんとデートしたいっていってるでしょう!なのに、父さんはソレを断るっていうの!」
断固として月坡とのデートを死守するためにそう叫んだら、父さんはハッとして「ゴメン、ゴメン、そういうつもりじゃなかったんだ」と兄さんに甘い父さんは兄さんの頭を撫でて、「じゃ、今日は宜しくな、色羽くん♪」と頭を下げていた。同時に、ボクも父さんから解放される。
そんなボクはうさぎが跳び跳ねるようにスキップをして、月坡の元にいこうとしていた。すると、廊下の影から月坡の方から姿を現す。コレは、グッドタイミング♪とボクは月坡に飛びついた。
「月坡~♪」
大ジャンプで抱きつくボクを月坡は軽々しく受け止めると、首を傾げる。
「星玻、どうしたの?」
嬉しそうにニコニコするボクにそう訊くが、ボクの手の中にある映画のチケットを目にして、月坡は一瞬でああ、なるほどと察した。だが、ソレはボクの予測を大きく覆すモノだった。
「あ、その映画、とっても面白かったよ」
先週、色と一緒に観てきたんだ♪とソレはもう嬉しそうにそう応える月坡は、「そういや、母さんもその映画観たいっていってたよね♪」とボクにではなく兄さんに向かってそういう。
兄さんはうんうんと頷いて、父さんにはごめんなさいと謝っていた。父さんはそうだったの?という顔をするだけで、怒ってはいなかった。
月坡は月坡で父さんの手にあるチケットをみて、ソレに喰いつこうとしている。コレは、ひじょうにヤバい。
「ゴメン、星玻。そういうことだから、母さんと一緒に観てきたら?母さん、とても喜ぶよ?」
月坡はやんわりと断ったつもりなんだろうが、ボクはソレを許さなかった。
「──でも、ボクは………」
そう月坡に喰いつこうとしたら、誰かにボクの手を掴まれた。ココまできたらもう母さんしかいないと振り返ったら、やっぱり母さんだった。
「あら、コレって観たかった映画のチケットじゃないの♪」
どうしたの?という割りには強引にボクからチケットを奪いとる。そんな母さんは、月坡をみて父さんの手にあるチケットをみて、兄さんをみた。
「もう仕方がないわね。コレ、月坡にあげるから母さんにこのチケットの半分、譲りなさい」
母さんが差しだして来たのは、父さんが持っているチケットの半分。つまり、ひとり分のイチゴパフェのチケットだ。ボクはピンときた。コレはチャンスだ。兄さんは邪魔だけど、月坡とデートできるなら多少は目を瞑ろう、と。
「あ、じゃ、ボクも父さんとかわってあげるよ。父さんとふたりきりでデートしてきたら?」
ボクがそう気を廻したように譲ろうとすると、兄さんはこういうのだ。
「なにいってんの?ほしははえいががみたかったんでしょう?」
だから、取り換えてあげたのに、と。ボクはなんてことをいうんだと兄さんを睨むのだが、その横にいた父さんまでが苦笑いをした。
「ああ、悪いな。実は父さんもその映画、観てきたんだ。同僚がどうしてもっていって、昨日………」
父さんが兄さんを叱らなかったのはソレもあったのかと舌打ちをして、ボクは母さんをみたら楽しみだわ♪ととても喜んでいる。コレはもう観にいくしかない。
「わ、解ったよ!観にいけばイイんでしょう!観にいけば!」
半ばキレ気味にいえば、月坡が母さんから受け取ったチケットをボクに差しだしてくる。
「星玻、イチゴパフェ食べたいんでしょう?僕が代わりに母さんと映画にいってくるから、色たちと食べておいで」
兄さんとのデートを蹴ってまでボクとかわってくれる月坡はなんて天使なんだとこのときは物凄く思ったが、よくよく考えてみたら、野郎三人でイチゴパフェを食べにいくって、なんなの?だった。
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────……
「色、イチゴパフェ美味しかった?僕がもっと甘いモノ平気だったら、一緒に食べにいってあげられたのにゴメンね」
リビングのソファで兄さんに凭れてそういう月坡は嬉しそうだが、申しわけなさそうだった。
「ん?かまわないよ。いちど、ひろのぶさんとはでーとしてみたかったし」
兄さんはそういって月坡を自分に引き寄せて前髪にキスを落とす。恥ずかしそうに目を伏せるが、その顔は兄さんの方に向けられていた。柔らかい唇の上に落とされる兄さんの唇が悔しくって、ボクは握りこぶしを握って下唇を噛んだ。
──相変わらず、兄さんのことが大好きな月坡。だけど、ボクはやっぱり月坡が好きで──……
───星玻、愛してる………そういってくれる月坡を願わずにはいられなかった───
【兄弟】─完─
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