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第53話 バレンタインデー【番外編】
今朝からそわそわしている色が僕の顔色を窺っているのは、今日がバレンタインデーだからだろう。昨日、こっそりと買いにいったことを知っているんだと思って僕は知らない振りをした。こういうモノは母さんや父さん、星玻がいない色とふたりきりのときにだけに渡したいから。
「ん?どうしたの?」
惚けてそう訊くと、色は物凄く恥ずかしそうに僕をみつめた。ああ、ココでいますぐ渡せというアレだなと僕が物凄く困った顔をしたら。
「──あの、これ、つきはに……」
と、いきなり色が声をあげて、その両手で差しだされたモノに驚く。
「えっ?僕に?」
色が僕に差しだしてきたのは、薔薇の花束だ。花束を貰ったことがない僕は色をみた。
うんうんと恥ずかしそうに顔を赤らめて、色は何度も頷く。そういえば、外国では男性が女性に花束やプレゼントを贈って愛を告げる日だったなと、僕は差しだされた薔薇の花束を受け取る。
「ありがとう♪色♪」
僕がそういってにこりと笑うと色は僕の身体を引き寄せて、ちゅっとおでこにキスを落とされた。そうして、耳元では。
「つきは、あいしてる」
と、囁かれるのだ。こういう甘い告白は、色とちゃんとつき合いだしたあの日のことを鮮明に思いだすから、とても恥ずかしくなる。色はお構いなく、ごそごそとズボンのポケットから小さな箱を取りだすとこういった。
「これは、こんやくゆびわ」
だと。
僕が目を大きく開いて驚くと、「ごめん、おどろかせちゃった………」と色はくすくすと笑って、今度は僕の唇に軽いキスを落とす。
謝罪としては申し分ない。申し分ないんだけど、ソレを母さんがみている前でされると、どう反応をしてイイのか困る。
「………………っ!!!」
赤面しているだろう顔を上から覗き込まれて、僕はさらに困惑する。
「………きげん、なおら、ない……?」
キスが軽かったんだと思った色はもう一度僕の唇にキスをしようとする。そんな色を慌てて制止させて母さんをみると、やはり般若の面を被った顔がソコにあった。
「ちょっと、朝っぱらから盛ってんじゃないわよ、月坡!」
おたまを振りかざした母さんが、なぜか僕に文句をいう。そして、盛ってんのは色の方なのに色にとても甘い母さんは僕を詰るような白い目でみた。悪いことはぜんぶ僕のせいだといわんばかりにおたまを振り廻すから、もっとタチが悪い。
「どうして、こう何度もいわせるの!そういうことは、自室でやりなさいっていってるでしょうが!万が一、星玻が暴走しら母さんひとりじゃ止められないのよ!解ってるの!!」
母さんは色が星玻の弱みを握っていることも、ソレで星玻が実質上色に逆らえないことも知らないようで僕にガミガミと説教をしだす。ココに父さんがいたらこんなことにはならなかったと落胆すると、色は僕が不機嫌なのは自分のせいだとまた勘違いして僕にキスをしだす。ソレがまた悪循環で、母さんの怒りは家中に轟くばかりで、色も僕の機嫌を治そうと奮闘するばかりだ。
コレでは、長期休暇でアメリカから帰ってきた星玻が起きてきてしまう。幸い、時差で夜と昼が逆転している星玻はいまは就寝中だ。
兎に角、母さんの怒りを沈めないことにはと僕は母さんではなく、色をみる。
「色、たんま!」
犬に伏せを命じるようにキツい口調でいうと、ソレまで好き勝手していた色の手が止まった。物凄く悲しそうな顔をして僕をみるが、僕はキッと色を睨みつける。すると、色がいまにも泣きそうな顔をして母さんをみるから、母さんは急に黙りだして顎を僕に差しだした。どうにかしろという合図だ。
仕方がないなとちらっと色をみると、色は僕を抱きしめながら、こういう。
「…つきは、…おれのこと、…きらい…?」
と。
僕は色の腕の中で首を振った。そんなことないよといった瞬間、色は僕の唇を塞いだ。バードキスではなく、深くって甘いキスだ。
「……んっ、………はぁん………だぁ、んめ……っ!」
色、母さんがみてると胸板を叩くが、色はびくともしない。母さんは呆れるが、色の機嫌が治ってよかったわと味噌汁をお碗に注ぎだす。
「キスが終わったら、さっさとご飯食べなさい」
後ろを向いたまま、振り向こうとしない母さんはやはり色に甘いようだ。そういいつつも、色の気が済むまでキスにつき合って、その首に腕を廻しす僕も母さんと一緒で色に甘いようである。
「────あああああああああああああっ!!兄さんばっかりズルい!」
ボクもとばかりに寝ていたハズの星玻がキッチンに入ってきて、そう怒鳴る。半年振りの生の僕を堪能するように僕にしがみつく。
そんな星玻は僕にキスをして欲しいのか、唇を尖らせて僕に差しだしてくる。ココで拒否ると後が大変だから、僕は軽く頬っぺたにキスを落とした。いまは唇にする気分ではないというシラっとした顔で星玻をみると、案の定、膨れた顔をしていた。
だが、僕がもうイイでしょと僕にしがみついている星玻を僕から引き剥がそうしたら、僕のズボンのポケットに入れてあった色へのバレンタインチョコが床に落ちてしまう。あっ、しまった!という暇もなく、星玻にソレを拾われてしまい、僕は物凄く苦笑いをする。
「────ねぇ、コレって……」
やはり星玻の低音ボイスがキッチンに轟く。コレは非常にヤバい。星玻の闇スイッチを押してしまったと僕は一歩後ろへ下がって色を庇おうとすると、色は僕の腕を掴んで色の後ろへ隠した。その間、僅か二秒。
そして、ゆっくりと立ち上がる星玻はもう怖いとしかいいようがないが、ソレも僅か二秒という短い時間だ。振り返るまでの時間なんてコンマのあっという間の世界なのに、やたらゆっくりと感じた。母さんも尽かさず、僕らに応戦するかのように持ったおたまを大きく振りかざして振り返る。が。
「──もう、コレってボクにでしょう♪月坡、恥ずかしがらずに直接ボクに渡してくれたらよかったのに♪ありがとう、月坡♪チュッ♪」
星玻は嬉しそうに拾ったチョコを抱きしめてソレにキスをして、色の後ろにいる僕にすり寄ると僕の唇にもチュッとキスをした。そして、振りかざしたおたまを持った母さんに向かって、首を傾げる。
「母さん、なにしてんの?ああ、ボク、水飲んだらまた寝るから、ご飯は要らないよ?」
ルンルン気分で星玻は冷蔵庫から水を取りだすとごくごくと飲む。そんな星玻は、「じゃ、兄さん、おやすみ♪」と色だけに挨拶して、キッチンからでていってしまった。嵐が去ったように気が抜けた僕は床に座り込む。母さんは大きな息をついて、振りかざしたおたまを下げていた。
「もう、アンタ、母さん、物凄く生きた心地しなかったわよ!もう二度と自室以外でいちゃいちゃするの止めてくれるかしら!」
そう怒鳴る母さんに、僕も素直に頷いた。あの星玻はヤバかった。星玻が引いてくれたから取っ組みあいにはならなかったが、あの。
『ああ、兄さん、コレでさっきのキスはチャラにしてあげる♪だけど、今度、月坡にキスしたら、こんなモノじゃすませないから覚悟しておいて♪』
耳に残るその低音ボイスは、星玻の怒りを諸に顕にしていたからだ。だが、色は平然な顔で、「だいじょうぶ。つきははおれがまもるから」と僕の唇にチュッとキスを落とすのだ。
「うん…………、ありがとう、色……、でも、………無茶しないで……」
僕はしゃがんだ色にしがみつく。色になにかあったら僕は生きていけないから。ソレくらい、僕は色に依存してしまっていた。
すると、色は腰が抜けた僕を抱きあげて、小さな箱から指輪を取りだした。シンプルなプラチナの指輪だったけど、僕は着飾った指輪よりも色のそういう心が嬉しかった。
「ごめん、けっこんゆびわはつきはのたんじょうせきにするから」
色は僕の左足の靴下を脱がすと、その小指に指輪を通した。愛しいとばかりに色にその爪先にキスをされて、僕は赤面する。母さんは「いった矢先から」と僕を叱るが、僕は構わず色の唇に深いキスを返すのだった。
【バレンタインデー】─完─
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