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第3話
夏休みも中盤に差し掛かり、アルバイトも多忙を極めていた。8歳の俺が引き取られた当時、おじさんは食堂をオープンさせたばかりだった。無農薬の野菜を出す店が少なかったせいか、とても繁盛したのを覚えている。
俺は寂しい思いをしたことがない。学校から帰ったら食堂で宿題をして、夕方に徒歩15分の家へ一緒に帰る。1日の出来事を話しながら晩御飯を食べ、共にお風呂へ入り、同じベットで眠った。おそらく俺が眠ってから再び食堂へ戻っていたのだろう。朝起きたら完璧な朝ごはんと共に優しいおじさんの笑顔があった。学校の行事も欠かさず参加してくれたし、進路も真剣に悩んでくれた。
だから、早くおじさんの助けになりたくて、アルバイトのお許しが出るまで待ったのだ。
バイト代はいらないと何度言っても聞き入れて貰えず、いつかおじさんの為に使うべく貯金をすることに決めた。
今日は朝から遠くの農家さんへ仕入れへ行っていて、正晴おじさんは不在だった。渋滞にハマっているらしく、帰りも遅くなると連絡があった。店内は相変わらず混んでいて、慌ただしい時間が過ぎてゆく。
「……あの……中島正晴さんは、ご出勤でしょうか……」
店の裏口でゴミを纏めていると声を掛けられた。やけに丁寧に聞いてくる声色に一体誰かと顔を上げると、見覚えのある顔だった。おじさんと同じ30代半ばで、ちょっとくたびれた白いワイシャツを着ている。
「中島は出掛けてます」
「そうなんだ。久しぶりに近くまで来たから会えるかなと思ったら外出か。タイミング悪いな。もしかして、君はいつきくん…………?」
「失礼ですが、あなたは誰ですか」
俺の名前を懐かしげに呼んだので、せり上がってきた不快感に強い口調で聞いてしまう。
「覚えてないかな……私は河内と言います。正晴さんの友人です」
「残念ながら記憶にありません。今日はもうこちらへ来ることは無いと思います。中島に用があるなら出直して頂けますか。すみません」
「…………じゃあ、また来ます」
忘れる訳がない。この人は正晴おじさんの元恋人だ。俺が小学生の頃、度々家へ遊びに来ていた。訪問の度に浮き足立っていたおじさんをよく覚えている。中学に入る頃には来なくなってしまった。二人の間に何があったのかは知らないが、それっきりだ。
「今更何なんだよ……クソっ」
去っていく白い背中を見送る。俺はザワつく心を落ち着かせるため、店の裏口前に腰掛けた。
都会の繁華街から星は何一つ見えず、不鮮明で濁った夜空しかなかった。燻し出された昼間の暑さに身体中が汗ばんでくる。垂れる汗が容赦なく不快度指数を上げ、体験したことの無い暑さにイライラした。
ポケットの携帯を取り出し、おじさんに直接聞こうかと思ったがやめた。おじさんと俺は別に付き合っている訳でも何でもないのだ。可愛い、可愛いと言われ、身体に快楽を教えこまれたが、俺たちは家族なのだ。家族とは付き合ったりしない。プライベートに入るのも憚 られた。
引き取ってもらった負い目なのか、おじさんがいくら俺の生活に口出ししても、俺はおじさんの生活を問い質すことはなかった。大人には大人の付き合いがあると思う。
悶々としたまま家へ帰り、風呂へ入って早々と就寝した。言っておくが、同衾ではない。寝室は別である。
自分が正晴おじさんにとってどういう存在なのか、今更ながら知りたくなる。おじさんが誰と何をしようが俺には関係ないのだろうか。自分の立場がよく分からず、途中で考えるのをやめた。程よい疲れが眠りの世界へと俺を誘い、気が付いたら朝を迎えていた。
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