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第5話

それから数日後、待ちに待った行事がやってきた。地元の花火大会だ。 普通に観客として行く訳ではなく、店の前に小さな露店を出す。いざ花火大会が始まるとお客さんが減るので、椅子に座り、頭上の花火を愛でながら小さな宴会をするのが楽しみだった。最も、俺は宴会のみ参加していたが、今年からは店番もやる。 今年は、おじさんお手製の無農薬野菜のフリッターやスムージーが予想以上に売れた。キッチンで慌ただしい作業に追われている俺は、表で店番をしている並木に手招きで呼ばれる。 「ちょっとこっちを手伝って欲しい。手が足りないんだ」 「……えー……他の人にすれば」 「忙しいんだ。足でまといの奴は外で店番したほうがいいだろう」 「なっ!!酷い。益々やる気が無くなった。1人でやって」 あの日から並木とは喧嘩友達みたいに、顔を合わせては憎まれ口を叩いていた。いつも琴線に触れるような嫌味を言うので、俺も遠慮なく反論している。並木の要請に嫌な顔をしたら、やり取りを見ていたおじさんに叱られた。 「もう、君たちは、いい加減喧嘩をするのやめなさい。罰として配達を2人で仲良く行ってくること。ったく職場の雰囲気が悪くなる」 配達場所はここら300メートルほど離れた和菓子屋さんで、そこの女将さんから大量のスムージーを注文されたのだ。 「…………えええ……なんでぇ……」 言い渡された並木は反論もせずに黙々と保冷バッグへスムージーを詰め始める。奴は、腑に落ちない俺の腕を強引に引っ張るどころか優しく取り、ついてくるように促した。 「配達を早く終わらせないと、楽しみにしている花火が始まるぞ。行こう」 「一槻。仲良く行ってらっしゃい。怒らないよ。スマイルスマイル。並木くん、よろしくね」 「はい…………行ってきます」 店の外へ出ると、ムワッとした夏の湿気がまとわりついてくる。商店街の街灯に並んで付けられた提灯が柔らかなオレンジ色の光を放っていた。 みんな川沿いを目指し列をなして歩いていた。日は沈み、段々と暗闇が迫っている。 雲がちぎれた和紙のように広がり、端がほんのり橙色に染まっていた。 「待って。歩くの早すぎ」 両肩に保冷バッグを持った並木は歩くのがとても早く、俺は小走りで追いかけた。 途中、浴衣を来た女の子にぶつかる。彼女達からは花弁のようないい匂いがして、俺とは全く違う世界の生き物に感じた。 「並木、俺も荷物持とうか」 「いいよ。こんなの持ってたら上手く歩けないだろう。こっち来い。近道を通るから」 俺だってそれくらいできる。何も出来ない訳じゃない。と再びムッとしていたら、手を引かれ裏道へ入った。目指す光月庵はすぐそこなのに、近道とはどういうことか。疑問に感じながら暗い隙間を抜けて視界が開けた時、川沿いの土手へ出た。既に周りは真っ暗で、土手に座っているまばらな人影を確認することができた。 ドーーーン、パラパラパラ………… 突然、大音量と共に大輪の花が夜空へ一斉に咲き乱れる。 圧倒的な熱量と美しさに目を奪われて微動だに出来ない。それが花火大会のオープニングだということに暫くして気付いた。 「間に合った……」 「知ってたの?」 「ここは穴場なんだ。どうせ見るならここへ連れてきてやりたかった。食堂の空から見るのとは全く迫力が違うから」 また花火が上がった。あまりにも巨大で視界いっぱいに広がったので、怖くなった俺は繋いだ手をぎゅっと握り返す。同時に身を竦めると、並木がそっと肩を抱いてくれた。 心地よく吹く夜風が火薬の香りも連れてきて、空の花に酔いしれてしまう。 「…………きれい…………連れきてくれてありがと」 「ああ。喜んでくれてよかった。やっぱりお前には笑顔が似合う」 「な!!そのセリフ、彼女に言ったら?」 「悪いが、彼女はいない」 「………………性格悪いから?」 「そうかもな。否定はしないよ」 そう言って並木は眩しいように目を細めて笑った。 花火のせいで大幅に配達が遅れたため、おじさんに大目玉を食らったのだった。

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