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恋するストーカー(北川綾人)
突然ですがこんにちは。
北川綾人です。
俺は今。
(っ……いた!)
恋人、鈴木圭介のストーカーをしています。
自分でもバカな事してると思う。
圭介の事、信用してないわけじゃない。
でも。
「あ―――、悪ぃ、今日は、ちょっと……」
いつものように一緒に帰れるのだろうと、そう思っていたのに、圭介が歯切れ悪くそう切り出した。
何の用がある時だって、はっきりものをいう圭介だから、それがすごく気になったのだ。
わかった。
そう返事をしたものの、気になって。
気になって、気になって。
(ううっ……完全に、ストーカーだよっ……)
圭介はまっすぐ、家のある大津まで向かって、駅で降りた。その様子に、ただ単に用事があるんだろうと、自己嫌悪に陥りながらも、引き返そうと駅の方を向いた時だった。
圭介のスマートフォンが鳴る。
「もしもし」
その様子に、ドキリとして、もう少しだけ、と遠目から様子をうかがう。
「ああ、今から向かう」
圭介の言葉に、心臓が鳴った。
誰かと、約束しているんだ。
――――俺に、言えない相手と……?
そう思って、急に不安になる。
「うん、いや、まっすぐ行く。―――すぐ会いたいからさ」
圭介の言葉が、耳を掠めた。
意味が一瞬呑み込めず、思考が停止する。
(え)
目の前が真っ暗になっていく。
体が震えて、泣き叫びそうになる。
(うそ……)
そう思うが、電話を切った圭介の表情は明るくて。
(そうか……)
俺は唇をかみしめて、圭介の背中を見た。
その時が、「来た」んだ。
圭介が、他の誰かを、選んだ、その時が。
好きだっていう、圭介の言葉を信じてないわけじゃない。
でもそれは、「約束」じゃない。
俺は。
圭介が好きだから。
――――圭介が、一番幸せになる方法を、選びたい。
「っ……」
泣かない。
そう決めて、俺は駅の方に身体を向けた。
その時。
「あれ? アヤっち?」
その声に、ビックリして顔を上げる。
「牧、島」
「どうしたの? こんなところで」
牧島はきょとんとした様子で、それから俺の目が赤いことが気になったのか、眉を潜めた。
俺は。
泣かないって、決めたのに。
牧島の顔を見た途端、緊張の糸が切れてしまって。
「牧島―――…っ!」
「ちょ、どうしたの? アヤっち!」
「うっ……け、圭介、がっ……」
思わずしゃくりあげる俺に、牧島が何か悟ったように「ああ」と答えた。
それから、ニッコリと微笑んで、俺の肩を叩く。
「アヤっちも、一緒に行こうか」
「え? どこに?」
牧島は俺の背をさすって、それから促すように歩き出す。
「広瀬の家」
その言葉に、俺は思わず涙が引っ込んで、首をかしげた。
「アヤト――――」
バツの悪そうな圭介に、俺は目を丸くして、それから腕の中に抱きしめた存在に、目を細めた。
「―――圭介、それ」
「うっ……」
圭介は視線をそらして、それから口ごもる。
「可愛いだろ、茶太」
牧島がそう言って紹介したのは、茶色い毛並みのうさぎで。
何もわかっていないうさぎは、ただきゅるん、と黒い瞳で俺を見上げた。
「この子、広瀬のうさぎ?」
「そうだよ」
広瀬はそう言って、先日圭介たち四人で行ったという、うさぎカフェで気に入って引き取ったのだと教えてくれた。
「う、うさぎカフェ?」
男子四人で行く場所かな? と考えつつ、黙ったままの圭介に対して、広瀬が説明を加える。
「そう。本当は猫カフェに行きたかったんだけどね―――シノが、猫アレルギーだから、うさぎカフェにしたんだよ。まあ、行きたい行きたい言ったのは、そこでうさぎ抱っこしてる人なんだけどね」
「え」
思わず圭介の方を振り返る。
広瀬からの思わぬリークに、驚いて圭介を見ると、圭介の方は広瀬を真っ赤な顔で睨んでいた
「カッコつけてるけど、圭介は甘いものと可愛いものに関しては、病気みたいに好きだから」
「オイ、ヒロ!」
ようやく口を開く圭介に、俺は半分呆れた気分になった。
そうなら、そうと教えてくれればいいのに!
そう思ったが、圭介は圭介なりに、俺には言いたくないという気持ちがあるらしく。
「さっきアヤっち、悲壮な顔してたぞ、鈴木」
「え」
「まー、想像ついた。俺もおんなじことしたし」
牧島が苦笑いする。
圭介が俺の方を見た。
俺は唇を尖らせて、それから茶色いうさぎの鼻をツンツン、と突っついた。
「―――俺、もう少しで圭介に別れを切り出すところだったよ……」
「はっ……あ!?」
驚く圭介に、俺はジト目で見返す。
「だって、他に好きな子できたんでしょ。俺に言えない」
「ちょ、誤解だって! うさぎだぞっ!?」
圭介が慌てて俺の方を見る。圭介の懐から、うさぎがするりと逃げて牧島の方へ走って行った。どうやら、牧島に懐いているらしい。
「俺はうさぎ以下ですよ」
「アヤト――――」
慌てる圭介がめずらしく、また面白くもあるので、ついそう言って拗ねてみる。
「痴話げんか、外でやってくんない?」
広瀬のその声に、圭介がバツが悪そうな顔をして、それから俺に小声で言う。
「アヤト、機嫌直せって」
「ん―――」
「……頼むから」
困り果てた様子の圭介に、俺はじぃ、と圭介を見つめた。
「じゃあ」
そういって、条件を提示する。
「一緒に、うさぎカフェ行こう?」
「――――」
「俺とは、嫌なの?」
圭介は一瞬考えて、それから真っ赤になって畳に突っ伏した。
どういう反応なの、それ。
「北川、ああいうところに行った時の圭介のテンション、おかしいから。触れないであげて」
「ヒロっ!!」
「フォローしてあげてるんじゃない」
圭介は真っ赤な顔のまま、「本当に勘弁して」とつぶやいた。
良い考えだと思ったのに、圭介は俺とは行ってくれなさそうだ。
俺、もっといろんな圭介の顔、知りたいのに。
「まあ。おいおいね」
俺のつぶやきに、圭介は渋い顔をした。
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