3 / 10

恋するストーカー(北川綾人)

 突然ですがこんにちは。  北川綾人です。  俺は今。 (っ……いた!)  恋人、鈴木圭介のストーカーをしています。  自分でもバカな事してると思う。  圭介の事、信用してないわけじゃない。  でも。 「あ―――、悪ぃ、今日は、ちょっと……」  いつものように一緒に帰れるのだろうと、そう思っていたのに、圭介が歯切れ悪くそう切り出した。  何の用がある時だって、はっきりものをいう圭介だから、それがすごく気になったのだ。  わかった。  そう返事をしたものの、気になって。  気になって、気になって。 (ううっ……完全に、ストーカーだよっ……)  圭介はまっすぐ、家のある大津まで向かって、駅で降りた。その様子に、ただ単に用事があるんだろうと、自己嫌悪に陥りながらも、引き返そうと駅の方を向いた時だった。  圭介のスマートフォンが鳴る。 「もしもし」  その様子に、ドキリとして、もう少しだけ、と遠目から様子をうかがう。 「ああ、今から向かう」  圭介の言葉に、心臓が鳴った。  誰かと、約束しているんだ。  ――――俺に、言えない相手と……?  そう思って、急に不安になる。 「うん、いや、まっすぐ行く。―――すぐ会いたいからさ」  圭介の言葉が、耳を掠めた。  意味が一瞬呑み込めず、思考が停止する。 (え)  目の前が真っ暗になっていく。  体が震えて、泣き叫びそうになる。 (うそ……)  そう思うが、電話を切った圭介の表情は明るくて。 (そうか……)  俺は唇をかみしめて、圭介の背中を見た。  その時が、「来た」んだ。  圭介が、他の誰かを、選んだ、その時が。  好きだっていう、圭介の言葉を信じてないわけじゃない。  でもそれは、「約束」じゃない。  俺は。  圭介が好きだから。  ――――圭介が、一番幸せになる方法を、選びたい。 「っ……」  泣かない。  そう決めて、俺は駅の方に身体を向けた。  その時。 「あれ? アヤっち?」  その声に、ビックリして顔を上げる。 「牧、島」 「どうしたの? こんなところで」  牧島はきょとんとした様子で、それから俺の目が赤いことが気になったのか、眉を潜めた。  俺は。  泣かないって、決めたのに。  牧島の顔を見た途端、緊張の糸が切れてしまって。 「牧島―――…っ!」 「ちょ、どうしたの? アヤっち!」 「うっ……け、圭介、がっ……」  思わずしゃくりあげる俺に、牧島が何か悟ったように「ああ」と答えた。  それから、ニッコリと微笑んで、俺の肩を叩く。 「アヤっちも、一緒に行こうか」 「え? どこに?」  牧島は俺の背をさすって、それから促すように歩き出す。 「広瀬の家」  その言葉に、俺は思わず涙が引っ込んで、首をかしげた。 「アヤト――――」  バツの悪そうな圭介に、俺は目を丸くして、それから腕の中に抱きしめた存在に、目を細めた。 「―――圭介、それ」 「うっ……」  圭介は視線をそらして、それから口ごもる。 「可愛いだろ、茶太」  牧島がそう言って紹介したのは、茶色い毛並みのうさぎで。  何もわかっていないうさぎは、ただきゅるん、と黒い瞳で俺を見上げた。 「この子、広瀬のうさぎ?」 「そうだよ」  広瀬はそう言って、先日圭介たち四人で行ったという、うさぎカフェで気に入って引き取ったのだと教えてくれた。 「う、うさぎカフェ?」  男子四人で行く場所かな? と考えつつ、黙ったままの圭介に対して、広瀬が説明を加える。 「そう。本当は猫カフェに行きたかったんだけどね―――シノが、猫アレルギーだから、うさぎカフェにしたんだよ。まあ、行きたい行きたい言ったのは、そこでうさぎ抱っこしてる人なんだけどね」 「え」  思わず圭介の方を振り返る。  広瀬からの思わぬリークに、驚いて圭介を見ると、圭介の方は広瀬を真っ赤な顔で睨んでいた 「カッコつけてるけど、圭介は甘いものと可愛いものに関しては、病気みたいに好きだから」 「オイ、ヒロ!」  ようやく口を開く圭介に、俺は半分呆れた気分になった。  そうなら、そうと教えてくれればいいのに!  そう思ったが、圭介は圭介なりに、俺には言いたくないという気持ちがあるらしく。 「さっきアヤっち、悲壮な顔してたぞ、鈴木」 「え」 「まー、想像ついた。俺もおんなじことしたし」  牧島が苦笑いする。  圭介が俺の方を見た。  俺は唇を尖らせて、それから茶色いうさぎの鼻をツンツン、と突っついた。 「―――俺、もう少しで圭介に別れを切り出すところだったよ……」 「はっ……あ!?」  驚く圭介に、俺はジト目で見返す。 「だって、他に好きな子できたんでしょ。俺に言えない」 「ちょ、誤解だって! うさぎだぞっ!?」  圭介が慌てて俺の方を見る。圭介の懐から、うさぎがするりと逃げて牧島の方へ走って行った。どうやら、牧島に懐いているらしい。 「俺はうさぎ以下ですよ」 「アヤト――――」  慌てる圭介がめずらしく、また面白くもあるので、ついそう言って拗ねてみる。 「痴話げんか、外でやってくんない?」  広瀬のその声に、圭介がバツが悪そうな顔をして、それから俺に小声で言う。 「アヤト、機嫌直せって」 「ん―――」 「……頼むから」  困り果てた様子の圭介に、俺はじぃ、と圭介を見つめた。 「じゃあ」  そういって、条件を提示する。 「一緒に、うさぎカフェ行こう?」 「――――」 「俺とは、嫌なの?」  圭介は一瞬考えて、それから真っ赤になって畳に突っ伏した。  どういう反応なの、それ。 「北川、ああいうところに行った時の圭介のテンション、おかしいから。触れないであげて」 「ヒロっ!!」 「フォローしてあげてるんじゃない」  圭介は真っ赤な顔のまま、「本当に勘弁して」とつぶやいた。  良い考えだと思ったのに、圭介は俺とは行ってくれなさそうだ。  俺、もっといろんな圭介の顔、知りたいのに。 「まあ。おいおいね」  俺のつぶやきに、圭介は渋い顔をした。  

ともだちにシェアしよう!