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第6話

「労災の休業補償がもらえるように、手続きはしておくから。石場くんの代わりは忙しいときに手伝いに来てくれてた、あの若い男の子に入ってもらうわ。仕事のことは心配しないで。しっかり休んで治してね」 「いろいろ、すんません」  口では謝りながらも仕事の心配はかけらもしていない悟は、せかせかと去っていく事務員の後姿を見送ると窓の外に目を向けた。  それからぼんやりと、左足を吊られた格好で空を見ている。 (ヒマだな)  することがないと、ケガの原因となったことばかり考えてしまう。 ――最近の和臣のことはなんにも知らないんですね。 (なにもってことは……ないはずなんだがな)  しかし店の準備をしていたとは、ちっとも知らなかった。とすると、そういうことになるんじゃないか。 ――和臣とは、シたことがあるんですか?  翔太は本気で聞いていた。つまり和臣はそういうことだ。  そう思うと、和臣を目当てに店に来た客たちにムカムカした。腹の奥がモヤモヤとして、吐き気に似た怒りが湧いてくる。  ムッと顔をしかめていると、人の気配が飛び込んできた。 「悟!」  必死に走ってきたらしく、息を切らした和臣に飛び込まれて、悟は思わず腕を伸ばした。ベッドわきにすがりついた和臣の蒼白な不安顔にニヤリとする。 「そんなにあわてて、学校はどうしたんだよ」 「なに、くつろいでんだよ。骨折ってなんで」  問いながらギプスに目を向けた和臣が、痛そうに顔をゆがめた。 「おまえがそんな顔をすんなよ。とりあえず、開けっ放しのドアを閉めてくれ」 「あ、ああ」  個室にしておいてよかったと、和臣の背中を見ながら思う。こんなふうに取り乱した和臣をひとりじめできるのだから。 (あれ? なんか妙じゃねぇか)  自分の思考に首をひねった悟は、気を落ち着かせた和臣に頭をはたかれた。 「痛てっ」 「ったく。なにやってんだよ。なんで骨折なんて――」 「店には出られるから安心しろ」 「は?」 「ギプスしてても厨房には立てるからよ」 「そういうことを心配してるんじゃない」  紙袋を腹の上に置かれて、悟は目をまるくした。 「なんでぇ、こりゃあ」 「着替えとか、いろいろだよ。とりあえず一週間、入院なんだろ?」 「土曜には出るからさ。迎えに来てくれると助かるんだけど」 「医者がいいって言ったらな」  ゴソゴソと袋をさぐった悟は、片側をひもで結ぶタイプの下着に「うへぇ」と奇妙な声を出した。 「なんだこりゃ」 「ギプスしてるから、これじゃないと着替えらんないだろ」 「まあ、そうだけどよ」  ふうっと息を抜いた和臣がイスを引き寄せて落ち着いた。居心地の悪い沈黙が訪れる。翔太とのことは誤解だと言いたいが、きっかけがつかめない悟は袋の中を確かめ終えると脇に置き、じっと和臣を見つめた。 「なんだよ」 「いやぁ……学校は?」 「休んだ」 「いいのか」 「いいも悪いもないだろう」 「悪い」 「いいよ」  ふたたび沈黙が落ちる。  うつむいた和臣の首筋に視線がいって、男のものとは思えぬなめらかさに悟の喉が鳴った。頭の中で、女装姿の和臣と目の前の和臣とが重なる。不安げに見上げてくる顔や、青ざめて翔太と悟をながめる顔が次々に浮かぶと、なぜか胸と股間が熱くうずいた。体の奥から得体の知れない力強い気持ちが、ふつふつと湧いてくる。 (なんだ、これ)  理解できない意識をよそに、悟の体は高揚した。 「……翔太は、やめといたほうがいい」 「え」  ぽつりと落ちた和臣の声を拾おうと、悟は身を乗り出した。 「なんだって?」 「だから、翔太はやめておいたほうがいい」 「どういうことだよ」 「どういうって……その」  ギュッと膝上で握られた和臣の手を掴みたくて、悟は腕を伸ばした。その手はわずかに届かずに、和臣の前で止まった。指を伸ばして頬に触れる。顔を上げた和臣の揺れる瞳に心をわしづかまれて、悟はベッドから体をずらした。 「お、わ……っ」 「悟」  立ち上がった和臣に支えられる。そろそろとベッドに戻され、情けなくなりつつも「ありがとな」とつぶやくと、泣きそうな目であきれられた。 「ったく。なにやってんだよ」 「ん。悪い」  ベッドに戻された悟は、しっかりと和臣を抱きしめた。和臣は身じろぎすらせずに腕の中で落ち着いている。女とは確実に違う体を手のひらに感じながら、悟の肌はふわふわと熱くなり、暴力的な欲に弾んだ心が理解できない感情に揺れた。  せわしない自分の変化についていけない悟の腕を、和臣がそっと叩く。惜しみつつ腕の力を緩めると、離れた和臣がギプスを持ち上げ吊り布に戻した。 「ああ、悪い」 「ん……ぁ」  うなずいたままうつむいた和臣の顔が強張る。彼の視線の先には悟の下肢があった。浴衣タイプの寝間着の裾が割れて、股間のふくらみを見せている。 「あ、いや……これは」 「バカ野郎」 「うっ」  思い切り平手で股間を叩かれて息を詰めた悟は、真っ赤になりながら涙目でにらんでくる和臣に胸を突かれた。 「カズ……なに、おまえ」  すべてを言い切る前に、和臣はふいっと出て行った。閉まったドアの向こうで、遠ざかっていく和臣を心で見つめる悟の股間が脈打っている。 「……なんなんだよ」  はぁっと盛大に息を吐いた悟は、己のムスコを恨めしくにらみつけた。 「どうすんだよ、これ」  つくづく個室でよかったと、悟はため息をつきながら背中をベッドに落とした。  することもなく、暇を持て余した悟が差し入れの漫画雑誌を読んでいるとノックがされた。 「はーい」  間延びした返事をしつつ上体を起こすと、現れたのは女装をした翔太だった。 「うえっ? どうしたんだよ、おまえ」  うふふと肩をすくめた翔太が、かろやかな足取りで枕元に来る。 「退屈をしているだろうなと思って、お見舞いに来ました」  翔太の手には、差し入れの菓子や漫画の入った紙袋があった。 「おう。つうか、なんで知ってんだ」 「昨日、悟さんが骨折したって連絡が着たんですよ。お店には出られないって」 「俺は行くって言ったんだけどな」 「心配しているんですよ」  わかってると胸中で返事をした悟は、楽しげな翔太を探る目で見た。 「なんですか?」 「なんで女装で来たんだよ」 「こっちのほうが、お見舞いと看病に来たって感じがしていいでしょう?」  ハッと鼻先で笑った悟は、気になっていたことを口にした。 「なんで、あんなことをした」  かわいらしく首をかしげた翔太は、まばたきで「なんのことですか」と言っていた。 「挑発するようなマネだよ。おまえ、和臣と仲が悪いのか?」 「いやだなぁ」  アハハと軽く笑った翔太がベッドの足元に腰かけた。ふわりとプリーツスカートの裾が舞う。 「こんなところにいたら、すごく退屈だし不便ですよね」 「ん?」  唐突な言葉にけげんな顔をした悟の寝間着の裾を、翔太の指がつまみはだける。その手を股間にかぶせられて、悟はギクリとした。濃艶な気配が翔太から放たれている。 「おい……翔太」  しぃっと人差し指を唇に当てた翔太が、悟の脚の間に収まった。 「こんな姿を誰かに見られたら困るでしょう? だから、声は出さないでくださいね」 「なにをする気だ」 「わかっているくせに」  クスクス笑う翔太に、悟はグッと喉を詰まらせた。翔太の指は王手をかけている。その上、片足を吊られていては逃げられない。 「すっごく、気持ちよくさせてあげます。だから、おとなしくじっとしていてくださいね」  言いながら、手慣れた様子でタオルを取り出した翔太は、悟の尻の下にそれを敷いた。 「ずいぶんと準備がいいじゃねぇか」  頬を引きつらせながらも余裕を演出する悟に、見抜いていると言いたげな笑みを翔太が返す。悟の下着の紐を解いて下肢をむき出しにした翔太は、続いてローションを取り出すとそれを垂らした。 「タオルを敷いていないと、シーツが濡れてしまいますからね」 「おまえ、これ目的で来たのか」 「あのとき、途中だったでしょう?」 「べつに俺は、しないままでかまわないんだがな」  遠まわしな拒絶を聞き流した翔太の手が、ローションに濡れた陰茎に触れる。両手で包まれ、ローションを塗りこまれると、悟のそこはあっさりと興奮した。自分の一部ながら素直すぎると舌打ちをした悟に、翔太が心底楽しそうな顔で舌なめずりをする。むせかえるほどの色香を感じて、悟はめまいを覚えた。 「んっ、ぅ」  翔太はたくみな指使いで、悟を硬く熱くしていく。先端をこねられて根元を探られ、蜜嚢を揉みこまれた悟は全身をこわばらせ、快感と緊張にちいさく震えた。 「ふふ……気持ちがいいんですね? かわいい」 「こんなオッサンの、どこがかわいいってんだよ」  薄くあえぎながらも余裕を見せれば、そういうところですよと翔太が返す。完全に手玉に取られているなと、悟はあきらめた。 (まあ、ヌかれるぐらいなら……人に見られなきゃ悪くはねぇか)  そう考えることにしようと腹を据えた悟をからかうように、蜜嚢にあった翔太の指が落ちて尻の谷に触れた。 「うえっ?!」 「こっちをいじられるのは、はじめてですか? うれしいなぁ」 「いや、ちょ……なんっ、え、ええ」 「怯えなくてもいいですよ」 「怯えてなんかねぇよ。なんで、そんなとこ触ってんだ」 「知りませんか? おしりって、すごく気持ちがいいんですよ」 「いや、そりゃあ聞いたことはあるけどさ……けど、そんな」 「聞いたことがあるのなら、試してみたいと思ったこともあるんじゃないですか? いい機会です。こっちの味を覚えたら、クセになりますよ」 「いい、いらねぇ……っうぅ」  つぷんっと濡れた指先を押し込まれて、悟はあわてた。 「ちょ、翔太……あぅっ」 「ここ、いいでしょう?」  無遠慮に入り込んできた指に一点をまさぐられると、腰から脳天にかけて稲妻みたいな悦楽が駆け抜けた。 「ぅあ……そ、こ……っ」 「前立腺。聞いたことありますよね? ここが、それですよ」 「うはっ、ぁ、あんっ、ぅ、うう」 「思った通り、かわいい声で啼くんですね」 「なに、言って……ぁ、う」  敏感な部分を刺激され、声を上げた悟は慌てて手首を噛んだ。声を必死に抑えようとする悟をあざわらうかのごとく、翔太の指は彼の未開の内壁をまさぐり広げ、ほぐしながら敏感な部分をもてあそぶ。 「ふっ、ぐ……ぅうっ、う、むぅ」 「ああ、いい反応ですね……すごく、いいです」 「んぅうっ」  ヒクヒクと悟の秘孔が刺激にうごめく。それを巧みになだめつつ、翔太の指は内壁を媚肉へと育てていく。悟の陰茎は脈打ちながら先走りをあふれさせ、翔太はそれを指の腹で全体に塗りつけた。 「ん、ふぅうっ、う、んっ、んん」 「すごくかわいい姿ですけど、あんまり強く手首を噛んでいるとケガをしますよ。看護師さんに、どう説明するんです?」  クスクス笑う翔太はハンカチで手を拭うと、悟の寝間着の帯を取り、身を乗り出した。 「ケガをしないように、しておきましょうね」 「なに……んぁっ、は、ぁ」  グッと膝で股間を押し上げられた悟が快感に震えている間に、翔太はすばやく彼の手首を帯で縛ってベッドの頭にくくりつけた。 「さあ、これでいい」  ゾッとするほど艶麗な笑みを浮かべた翔太が、もとの位置に戻って愛撫を再開する。手首を戒められた悟は乱暴に暴れて逃れることもできずに、奥歯を噛みしめ全身に力を込めて快感に耐えた。 「ふふ」  妖しく淫らな息をもらした翔太が身をかがめて、悟の陰茎にキスをする。 「ふぁっ」  そのまま口内に陰茎を吞み込まれた悟の視界が、快感にチカチカした。 (あ、もう……イッちまう)  尻と脚の付け根に緊張をみなぎらせた悟に気づき、翔太はあっさり口を離した。 「あ……は、ぁ」 「イキたいですか? それなら、僕にしゃぶられたいって言ってください」 「んっ、誰が」 「こんなに熱く硬くして……もう、限界が近いんでしょう?」  翔太の言う通りだが、屈するものかと悟は胸をあえがせつつ余裕を笑みで演出した。 「悟さんのそういうところ、好きですよ」 「は、ぁあう」  根元を握られた悟は、甘く声を震わせた。あとすこしで放てるはずが、うまく絶頂をかわされる。腰のあたりにうずまく獣欲が意識を侵食し、ここがどこだかわからなくなってくる。視界が揺れて、意識が性欲を追いかけはじめた。 「あっ、は、ぁう……んっ、う」  わずかに揺れた悟の腰に、翔太が舌なめずりをした。  そこに――。 「な、に……してんだよ」  押し殺した声が差し込まれた。  淫蕩に濁った目で、悟はドアを見る。そこには目を見開いて青ざめている和臣がいた。 「カ……ズ」  かすれた声で悟が呼べば、和臣はしっかりとドアを閉め、硬くぎこちない足取りでベッドに近づいた。 「なにしてんだ」  低くうなる和臣に、翔太は軽く肩をすくめた。 「見ての通り、入院生活でいちばん不便なことをしてあげているんだよ。もうちょっとだから、入り口で見張っておいてくれるかな」 「ふざけんな」  怒気を孕んだうめき声に、翔太はつまらないと唇を尖らせる。和臣は指が白くなるほど強くこぶしを握って、翔太をにらみ上げた。 「帰れ」 「そっちが帰れば?」  さらっと返した翔太の瞳が氷のように冷ややかに、怒りの炎に燃える和臣の視線を受け止める。一触即発の雰囲気に、悟が割って入った。 「帰れ」  荒い息を抑え込んだ悟の声に、翔太は勝者の顔になった。 「ほら。悟さんも帰れって言ってるよ」 「違う。帰るのは、おまえだ。――翔太」 「え」 「帰れ」  驚いた翔太は悟が本気だと知って、不機嫌に鼻を鳴らすとベッドから降りた。身支度を整えるとカバンを乱暴にひっつかみ、怒りもあらわな足取りで出て行く。  ドアの閉じる音が空気に溶けて余韻も消えたころ、和臣は床に視線を落としてぽつりとつぶやいた。 「いつから」 「ん?」 「翔太と」 「いつからもなにもねぇよ」 「なにもないって恰好じゃないだろう」  眉間にしわを寄せた和臣は戒められた悟の手首に視線を投げて、隆々とそびえている腰のものを横目で見た。 「ちっとばかし油断したっつうか、あいつが勝手にアレコレやっただけだ。逃げるに逃げられなかったんだよ」  しかたねぇだろと不機嫌に、悟はギプスにおおわれている左足を顎でしゃくった。じっと悟をながめた和臣が、おもむろに手を伸ばして悟の股間を掴んだ。 「っ、おい」  陰茎を握られて焦る悟に、和臣は表情のない顔を向けた。 「このままじゃ辛いだろ」 「いや……そりゃそうだけど……っ、カズ」  ためらいもなく、和臣は悟の陰茎を口に含んだ。強く吸われて、あっけなく放った悟の蜜を和臣がすする。 「んっ、ぅ……はぁ、カズ」 「うしろも、いじられたんだ」 「それは……ぁ、ちょ、待て」 「待たない」  ほぐされた秘孔に和臣の指が沈む。まさぐられてのけぞる悟を見つめる和臣の目尻に、哀傷の涙が盛り上がる。それを静かにこぼしながら、和臣はベッドに上がった。 「翔太には、もう入れられたのか」 「んなわけ、ねぇ……だろ、っ、は……ぁ」 「そっか」  それじゃあと、和臣は悟の右ひざを持ち上げた。 「翔太に奪われる前に、俺がもらう」 「へっ?!」  状況を把握できない悟の尻に、取り出された和臣の陰茎が触れた。まさかと青ざめた悟は、迷子の子どもみたいな和臣の表情にドキリと心を震わせた。 (なんで、そんな顔をしてんだよ)  うろたえる悟に、薄く唇を開いて想いを細く長く吐き出した和臣は、ゆっくりと深く沈んだ。 「がっ、ぁぐ……う、はぁ……っ、あ」 「ああ、悟」 「くっ、ぅう」  指とは比べ物にならない質量に悟はうめいた。グイグイと腰を進めた和臣は、根元まで埋まると悟の荒く上下する胸に唇を落とした。 「は、ぁ……悟」 「う……カズ、う、ぁ」  和臣の腕が悟の首にまわる。しがみつかれた悟の心に、なぜか庇護欲が湧き上がった。 「悟は、俺のものだ」 「――え」 「誰にも渡さない」 「おい、カズ……っあ、まっ……待て、あっ、は、ぁあう」 「声、抑えて」 「ぐっ、んぅ」  懇願してくる和臣は涙を流したままで、悟はやめろと言えなかった。必死に求めてくる和臣の姿に、幼いころの彼が重なる。 ――さとにぃは、俺のお嫁さんになるんだ。  子ども特有の性別のわからない高い声で、きっぱりと言い切った和臣の真剣なまなざしと、目の前の和臣の泣き顔が悟のなかでひとつになる。 「カズ」 「悟、ああ」

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