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第12話
「ーー付き合ってねぇし、始まってねぇか…………」
浴槽にゆっくりと沈み、顔まで完全にお湯に潜って息もできない。狭い湯船の中じゃまともに身動きもとれないが、ただ自力で起き上がれば良いだけだ。
ーー……でも、起き上がる力も出なかったら?
「ーーッ! ぷ、あっえ? 晴矢さん?! 何してんだ、こんなとこで」
「何してんだは、こっちのセリフだ。声掛けても反応ないし、ドア開けて見たらこれだ……風呂で潜水なんかするな。幾つなんだよ」
「いやっだからっていきなり引っ張り上げんじゃねぇよ! ビビってちょっと水飲んだし!」
晴矢は「ごめん、ごめん」と、言いながら洗濯機の上に置いてあったバスタオルを取り、俺の頭の上に乗せてきた。
「ーー長湯し過ぎるなって、ミチさんから伝言。早く出ろよ?」
「出る、けど……だからなんで晴矢さんが家 にいるんだよ」
そのまま立ち去ろうとする、晴矢の背中に問いかけたが、不自然ではなかっただろうか。
家 にいる理由なんて、どうでもいいが咄嗟の事でそれしか思いつかなかった。
少しでも一緒にいたいーー俺の下心は伝わってしまっただろうか。
「ーー昼間、お前の事聞いた時誘われた。夜飯一緒にどうか、って」
晴矢は浴槽の縁に腰掛け、髪を拭いてくれた。バスタオルをかぶされている為、表情までは読み取れないが、声音はいつも通り穏やかだ。
ーー……ウザくは、なかった、のか?
「…………でも、さっきはなんも言ってなかったーーよな?」
我ながら上手いところで軌道修正出来たと思う。
先週読んだ本『大人の恋愛講座(総集編)』、に書いてあった『間違った対応其の五』だ。
『相手ばかり責めるのはNG。それは子どもがする事であって対等な関係とは言えない。一方的に言い放つのではなく、問いかける様に心掛け、相手の意見も聞くようにしよう!(語尾に?を付けるイメージですればOK)』
晴矢の間 が少し気になるが、間違ってはいないはずだ。
「ーーーーサプライズ、的な?」
晴矢の手が止まったと同時に見上げると、小首を傾げた姿が目に入った。
やはり、大人は疑問符を乱用するのが正解らしい。
「……なんだそれ」
ーーあっ……。
ここはやはり、疑問符で返すべきだったか、と自身で添削しているうちに晴矢はドアの前まで移動していた。
「濡れたし、一旦帰るわーーお前も早く出てこいよ?」
背を向けたまま、俺を引き上げた時に濡れたであろうシャツを、絞りながら言った。
たくし上げられたシャツの隙間から見えた素肌に、見蕩れてしまい一瞬、反応が遅れてしまう。
ーー……一旦、て事は戻ってくるよな?
と、言うつもりだったが声は出ていなかった。
もう意識は完全に、晴矢の素肌へと向いていたからだ。
昼間のお預けがまだ尾を引いている。
ーーやべぇ……勃ちそう。
濡れたならもう一緒に入ればよくないか、とも思うがこれは完全に下心丸出しで言えない。
何か言わないと、と焦る程言葉は出てこず振り返った晴矢につられ立ち上がっていた。
「また、後でな?」
小さく頷く俺を見て、いつも通りの柔らかい笑みを残し、晴矢は風呂場を後にした。
いや、もうひとつ置き土産があるーー最後晴矢は問いかけていた。
「…………どっちの意味なんだよ」
ーーてか、やっぱエスパーじゃね?
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